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この結婚式の大舞台で、私の夢見た最高のセリフ「婚約を解消する」を!!
(ああ、神様! ありがとう! 私の空回りの日々は無駄じゃなかったんだわ! ついに私は、悪役令嬢として断罪のステージに立っているのよ! さあ、スパダリ共、旗を掲げよ! 戦利品は自ら赴くわよ!!)
私は今にもガッツポーズをキメそうになるのを必死に抑え、震える声で(嬉し泣きのフリをして)答えた。
「で、殿下……! それは、どういう意味でしょうか……!? 私というものがありながら……っ!」
(どうだ私の完璧なリアクション! さあ殿下、私を冷たく突き放しなさい!)
私が涙ぐみながら(歓喜)彼を見つめると、ヴィクラマ殿下はふっと優しく目を細め、私の両手をさらに強く握りしめた。
「どういう意味か、だって? 当然のことだろう」
ヴィクラマ殿下は、ホール全体に響き渡るような、力強く、そして限りなく温かい声で宣言した。
「――今日、この瞬間から。君を私の『婚約者』としてではなく、『生涯の伴侶』として、私の正式な妻、そしてこの国の共同統治者として迎え入れるのだから」
「………………は!?」
「これまでの『婚約期間』という仮の絆はここで終わりだ。これからは、未来の王、王妃として、いや、一人の男と一人の女性として、永遠の愛と信頼をこの身に刻み込みたい。君の類まれなる知性、国を思う情熱、そして何より、その深く美しい心を、私は心から愛している。共にこの国を、民を、導いていってくれないか。……私の最愛のアーディティ」
ヴィクラマ殿下はそう言って、私の手の甲に深く、熱い口づけを落とした。
静寂。
数秒の沈黙の後――。
「わああああああああああああああああっ!!!」
「素晴らしい!! なんという愛の宣誓だ!!」
「殿下ーーーッ! アーディティ様ーーーッ!!」
大聖堂を揺るがすような、割れんばかりの大歓声と拍手が巻き起こった。
参列していた貴族たちが涙を拭い、サンプリティは「最高です! 最高のパートナーシップです!!」と叫びながらハンカチを振り回し、シュリーダラ卿率いる騎士団は感動のあまり号泣しながら剣を天に突き上げている。
(………………)
私は、王子の手の中で、完全に思考を停止していた。
『婚約を解消する』
その言葉は、私を捨てるための断罪の言葉ではなく。
「婚約者というステージを終わらせて、完全なる夫婦になる」という、回りくどいが最高にロマンチックな(しかも法的に何の問題もない)プロポーズの演出に過ぎなかったのだ。
「アーディティ……? どうしたんだ、泣いているのか?」
ヴィクラマ殿下が、私のヴェールをそっと上げ、心配そうに私の顔を覗き込んできた。
私の瞳からは、本当に、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「でん、か……」
「ああ、すまない。少し驚かせすぎたね。だが、どうしてもこの想いは、皆の前で、私の口から直接伝えたかったんだ。君は私の誇りだ。君がいてくれて、本当に良かった」
殿下の瞳には、一切の偽りもない、私への深すぎる愛と信頼が溢れていた。
(ああ……)
私は、その温かい瞳に見つめられながら、ようやく、心の底から悟った。
(乙女ゲームの幻想世界なんて、最初から、どこにもなかったんだ)
私を理不尽に虐める悪役もいない。
私の地位を奪おうとする卑劣なヒロインもいない。
私を非合理的な理由で捨てるバカな王子も、私を強引に奪い去る危険なスパダリもいない。
ここにいるのは、どこまでも誠実で、国と民と、そして私を何よりも大切に思ってくれる、一人の不器用で真面目な男だけだ。
そして、私の能力を正当に評価し、支えてくれる、温かい者たちだけだ。
私が夢見ていた「泥沼劇逆転復讐」なんて、この堅実で美しい世界には、最初から必要なかったのだ。
「……ヴィクラマ殿下」
私は、鼻をすすりながら、殿下の首に両腕を回した。
「私、あなたのこと……ずっと、誤解してました。……あなたは本当に……ただの、超絶真面目な仕事人間で……私の、最高の旦那様です……」
「アーディティ? 仕事人間というのは誉め言葉か?」
「誉め言葉です……! もう、一生ついていきますよ……! 予算案でも、税制改革でも、なんでも徹夜で付き合ってやりますわよ!!」
私がヤケクソ気味に叫ぶと、ヴィクラマ殿下は目を丸くし、それから、今まで見たこともないような、心底嬉しそうな笑顔を弾けさせた。
「ありがとう、アーディティ! ああ、君はやはり最高の妻だ! では、さっそく新婚旅行の馬車の中で、来期の公共事業予算のすり合わせを行おう!」
「……えっ。新婚旅行の馬車で?」
「もちろんだ。視察も兼ねているからね!」
大聖堂に響き渡る祝福の鐘の音と、参列者たちの割れんばかりの拍手の中。
ヴィクラマ殿下は私を引き寄せ、優しく、甘い誓いのキスを落とした。
◈◈◈
「王妃殿下、お疲れ様でございます」
数時間後。
結婚披露宴の裏側、王室の控室にて。
ウェディングドレスから少し身軽なイブニングドレスに着替えた私の前に、山積みの書類を乗せた台車を押して、サンプリティが現れた。
「……サンプリティ。これは、何かしら」
私が引きつった笑顔で尋ねると、彼女は満面の笑みで答えた。
「はい! ヴィクラマ殿下から申し付かりました、新婚旅行(という名目の地方インフラ視察・治水工事の最終承認・および近隣領主との意見交換会)のための事前資料と決裁書類の山でございます!」
「…………」
「殿下が、『私の妻は天才だから、移動中の馬車の中でも完璧に処理してくれるはずだ』と、大変誇らしげにおっしゃっておりましたよ! あ、それと、シュリーダラ副団長からは『道中の護衛体制と野営時の労働安全基準確認書』をお預かりしております!」
「…………」
私は、その天井に届きそうな書類の山を、静かに見上げた。
前世の私よ。
「転生したら楽で華やかな悪役令嬢になって、ドラマチックな恋を楽しむんだ!」と夢見ていた、愚かな私よ。
現実は甘くない。
いや、ヴィクラマ殿下からの「溺愛」は確かにあった。彼は私の言葉を何よりも尊重し、私を愛し抜いてくれている。それは間違いない。
ただ、その「溺愛」の表現方法が、全て『国政への共同参画』という形で出力されているだけなのだ。
「……アーディティ様?」
心配そうに覗き込んでくるサンプリティに向かって、私はフッと笑みをこぼした。
「……いいわ。やってやるわよ」
私はペンを手に取り、一番上の決裁書類にスラスラとサインを書き入れた。
「サンプリティ。第一領地の治水工事の件、予算の三パーセントを予備費に回すように修正しておいて。それから、シュリーダラ卿には『野営時の交代勤務は四時間ローテーションを厳守すること』と伝えてちょうだい」
「は、はいっ! さすがはアーディティ様です!」
サンプリティが尊敬の眼差しでメモを取る。
乙女ゲームの攻略本は、もう私の頭の中にはない。
破棄される婚約も、断罪のステージも、ざまあする相手もいない。
あるのは、この途方もなく現実的で、クソ真面目で、でも愛すべき人々が生きる、狂いのない日常だけだ。
「はあ……。やっぱり私、前世からずっと、社畜の運命からは逃れられないのね」
私は小さくため息を吐きながら、しかし、決して嫌ではない温かい気持ちを胸に抱いて、王妃としての第一歩を踏み出したのだった。




