第95話 積み重ねコンビネーション
俺たちは騒がしい電子音と色とりどりのネオンが瞬くゲームセンターへと足を踏み入れた。
さっき食べた巨大パフェの糖分が脳に行き渡っているのか、隣を歩く凛の足取りはいつになく軽い。
「にひひ! 来たよ、カズ! 今日のメインイベント会場!」
凛は俺のシャツの袖をぐいっと引っ張り、迷いなくフロアの奥へと突き進んでいく。
辿り着いたのは、以前一ノ瀬さんと三人で来た時にプレイした、あの『協力型アクション・ファンタジー』の筐体前だった。
「これ、ずっとやりたかったんだよね。前回は咲希がいたから、いろいろ手加減しなきゃいけなかったし」
「……。手加減って。お前、あの時も結構ノリノリで奥義ぶっ放してただろ」
「あれでも抑えてたの! ほら、さっさと座って。今日は最初からフルスロットルで行くんだから!」
凛に促されるまま、俺たちは隣り合わせのシートに腰を下ろした。
狭いベンチシート。肩と肩が密着し、彼女の体温がダイレクトに伝わってくる。以前ならこの距離感だけで心臓がパンクしそうになっていたが、今はその熱が、これから始まる「共闘」への最高のバフに感じられた。
チャリン、と硬貨を投入する音が二つ重なる。
画面には、重装騎士の俺と、大魔導師の彼女。
「準備はいい、カズ?」
「ああ。……。暴れ回ってこい、ハル」
俺がいつもの相棒としての呼び名を口にした瞬間、ゲームがスタートした。
――。……。
そこからは、もはや「ゲーム」という枠組みを超えた、一つの『演武』だった。
画面を埋め尽くす敵の群れに対し、俺の騎士が一歩も引かずに最前線を維持する。
敵が攻撃のモーションに入ったコンマ数秒後、俺が盾を構えるよりも早く、凛の放つ氷結魔法が敵の足を完璧に止める。
「そこっ!!」
凛の鋭い声。
俺は彼女の方を見ることさえしない。彼女がどのタイミングで魔法を撃ち、どの位置に安全地帯を作るのか、三年間隣で戦ってきた俺には「視覚」ではなく「感覚」で伝わってくる。
俺が敵のヘイトを一点に集め、空中に打ち上げる。
その落下地点には、すでに凛が展開した最大火力の火炎陣が待ち構えている。
一切の言葉による打ち合わせはない。
ボイスチャットも、キーボードによるチャットも必要ない。
ただ、コントローラーを叩く指先の打音だけが、二人の鼓動と同じリズムを刻んで響き渡っていた。
「……。……。すごい」
いつの間にか、俺たちの背後には人だかりができていた。
けれど、今の俺たちにはそれすらもBGMに過ぎなかった。
視界にあるのは、激しく明滅するエフェクトの向こう側で、俺の背中を完全に預けてくれている、たった一人の魔導師。
「カズ、ラスト! 奥義合わせるよ!!」
「了解!! ――シールド・バッシュ!!」
俺がボスの体勢を大きく崩した瞬間、凛が立ち上がらんばかりの勢いでボタンを連打した。
画面いっぱいに広がる白銀の閃光。
――。
――――ズドォォォォォォォォン!!!
耳を劈くような撃破音と共に、『ALL CLEAR! NEW RECORD!』の文字が眩しく躍った。
「「――しゃあああ!!」」
俺たちは同時に叫び、顔を見合わせた。
そして。
当たり前のように、ごく自然に。
パチンッ!!
高く上げた掌同士を、力一杯合わせる。
前回は指が絡まったことに慌てていた。けれど今は、その掌から伝わってくる彼女の熱を、もっと、もっと感じていたいとすら思っていた。
「にひひ! 勝ったぁぁ! 見た、カズ!? 今の最終フェーズ、私のコンボ完璧だったでしょ!?」
凛は興奮で頬を真っ赤に染め、俺の腕にしがみついてきた。
学校での「東雲凛」しか知らない奴らが見たら、卒倒して救急車が十台は呼ばれるであろう、無邪気すぎる「ハル」の笑顔。
「ああ。……。お前が最強なことくらい、三年前から知ってるよ。……。最高だったわ、ハル」
俺が彼女の頭を乱暴に、けれど愛おしさを込めて撫でると、凛は「あ……」と声を漏らし、少しだけ目を潤ませて俺を見つめてきた。
「…………。バカ。……。……。そういうこと、さらっと言うんだもん」
凛は俺の肩に、こてんと自分の頭を預けた。
周囲のギャラリーたちが「おいおい、あの美男美女カップル、ゲームも上手いし熱々かよ……」と苦笑いしながら散っていく。
……つい興奮してやりすぎてしまった。
三年前。
ただのデータとして、音として、文字として繋がっていた俺たち。
今。
こうして、汗ばんだ掌の温度を分かち合い、アドレナリンで高鳴る心臓の音を隣で感じている。
「親友」を卒業したことで、この「相棒」としての喜びは、これまでとは全く違う、深くて濃密な色に染まっていた。
(……。ああ。……。知っていく喜び、か)
俺は、先程の彼女の指先で確かめた柔らかな髪の感触を思い出し、そしてふと思った。
恋人になったからといって、三年間積み上げてきたものが変わるわけじゃない。
むしろ、その積み重ねがあったからこそ、今、俺の隣で幸せそうに目を閉じている彼女の「価値」が、誰よりも深く理解できるのだ。
「ハル」としての彼女も。
「凛」としての彼女も。
そのすべてを、一秒も逃さずに見ていたい。
「……凛。外、行こ。……そろそろ陽も落ちるぞ」
「…………うん。……ねえ、カズ」
凛は、俺のシャツの裾をギュッと握り締めた。
「……帰り道。……また、あの堤防、行きたいな。……夏休みが始まる前に、一真が私の隣を奪ってくれた……あの場所」
「………ああ。……行こうぜ」
「うん!もちろんアイスも持ってね!」
俺たちは立ち上がり、繋いだ手を一度も解くことなく、夕暮れの街へと踏み出した。
真夏の午後の熱気は、少しずつ夜の静寂へと道を譲り始めていた。
けれど、俺たちの手元にある「約束」は。
どんな季節が過ぎ去っても、決して冷めることのない熱を持って、脈打ち続けていた。
「にひひ! カズ、次はバッティングセンターも行きたいな!」
「……。お前、体力無限かよ。……まあ、いいけどさ」
俺は苦笑いしながら、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。
他人のふりは、本日休業。
俺たちは、自分たちの「本当の姿」を、誰に憚ることなく謳歌していた。




