第83話 報告を終えて
ヘッドセットが壊れたかと思った。
マリエさんの鼓膜を震わせる絶叫、シンくんの驚愕の声、そしてテツさんの豪快な笑い声。
俺の耳元は、もはやお祭り会場以上の騒ぎになっていた。
『マリエ:嘘でしょ!? 嘘でしょカズくん!! あのオフ会から一週間よ!? なんなのその爆速攻略!? 嘘って言ってよ!?私の三年間の婚活を返してぇぇぇ!!』
『シン:いや、マリエさんの婚活はカズたち関係ないっすけど……。それにしてもマジかよ。あのハルが、リアルの彼女に……』
『テツ:がははは!! いいぞ! 最高だ! マスター、今日の報酬は全部この二人の祝儀にしようぜ!』
『ユキ:カズくんったら意外と端に置けないわね……』
大人たちの反応は、想像していた以上の大爆発だった。
俺は顔が火が出るほど熱くなるのを感じながら、横にあるモニター――凛のアバターをチラリと見た。彼女の魔導師アバターは、恥ずかしそうに地面をツンツンと突くモーションを繰り返している。
『凛:……も、もう! みんな騒ぎすぎだよ……! 私だって、自分から言うの、すっごく勇気が必要だったんだから……』
凛の声は、ボイスチャットのノイズ越しでもはっきりとわかるほど、幸せな熱を帯びて震えていた。
その声を聞いた瞬間、マリエさんが再び「うおぉぉぉん!」と泣き出した。
『マリエ:今の声聞いた!? ハルちゃんのあの『乙女』な声!! あんなの三年間一度も聞いたことないわよ! カズくん、あんたハルちゃんにどんな魔法かけたのよぉぉ!!』
『ゲンゾウ:マリエさん、落ち着いて。……。でも、カズくん』
ギルドマスター、ゲンゾウさんの落ち着いた声が割り込む。
『ゲンゾウ:……おめでとう。……。オフ会の時、君の目を見て確信はしていたけれど。……こうして、三年間僕たちが守り続けてきた二人の絆が、本当の『形』になったことが、何よりも嬉しいよ』
「……ありがとうございます、マスター。あの時、ゲンゾウさんが背中を押してくれなかったら、俺、まだ『親友』なんて言葉に逃げてたかもしれません」
『ゲンゾウ:ははは。逃がすつもりはなかったからね。……。テツさんも、ユキさんも、みんな二人の味方だよ。これからは、学校での『他人のふり』も、ちょっとしたスパイスとして楽しめばいい』
『ユキ:ふふ。カズくん、ハルちゃん。……。本当によかったわね。……。これから喧嘩することもあるかもしれないけれど、その時はまた、このギルドに戻ってきなさい。……。私たちが、いつでも仲直りのバフをかけてあげるから』
ユキさんの慈愛に満ちた言葉に、俺の胸の奥がじんわりと熱くなった。
画面の向こう側の、顔も本名も知らないはずの大人たち。
けれど、三年間という時間は、俺たちを本当の家族以上に深く結びつけていた。
俺と凛の関係を、誰よりも理解し、誰よりも祝福してくれる場所。
そこが、このデジタルな戦場の中心にあることが、何よりも誇らしかった。
『マリエ:あーあ! 独身組は私とシンくんだけになっちゃったわね! シンくん、こうなったら私たちも――』
『シン:マリエさん、それだけは勘弁してください。俺、まだ二十一歳なんですよ』
『マリエ:なんですってぇぇ!? 年上女性の魅力がわからないガキはこれだから!!』
いつもの、賑やかな言い合いが始まる。
けれど、その空気は以前よりもずっと明るく、祝祭の余韻に満ちていた。
「――凛、そろそろ寝ないと」
俺がプライベート・チャンネルで呼びかけると、凛は小さく「……。うん」と答えた。
『凛:みんな、今日はありがと! 私、世界一幸せな相棒だよ! ……。じゃあ、先におやすみなさい!』
凛が全体VCを抜けると、俺も後に続いて挨拶を済ませ、ログアウトした。
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ヘッドセットを外し、真っ暗な部屋の中で、俺はふぅ、と深い溜息をついた。
静寂。
さっきまでの熱狂が夢だったかのように、部屋には冷房の微かな音だけが響いている。
けれど。
枕元のスマホが、短く震えた。
【凛:一真。……。起きてる?】
俺はベッドに潜り込み、画面を明るくした。
【一真:起きてるよ。……。お疲れ。マリエさんのせいで明日にはスピーカー壊れてるかもな】
【凛:あはは、本当だね。……。でもさ、一真】
届いたメッセージに、俺の指が止まった。
【凛:私、すっごく、嬉しい。三年前、カズに出会えたこと。今日、みんなに恋人だって言えたこと。全部宝物だよ】
【一真:俺もだよ。ハルが俺を拾ってくれたあの日から。俺の世界は、お前を中心に回り続けてるんだわ】
【凛:ズルい、不意打ち禁止! 】
【凛:ねえ、一真】
【一真:なんだよ】
【凛:明日。会いたいな】
心臓が、今日行われたレイドの最終フェーズよりも激しく跳ねた。
明日。夏休みの、本当の始まり。
【一真:ああ。明日、お前の家まで迎えに行くよ。もちろん一ノ瀬さんには、内緒でな】
【凛:二人きりの、秘密の遠征だね!】
【凛:おやすみ、一真】
そして、さらにもう一言。
【凛:大好きだよ】
スマホを胸に抱き、俺はゆっくりと目を閉じた。
学校では、ただのクラスメイトを装うスリル。
ギルドでは、祝福された最強のペア。
そして。
俺の腕の中(想像だけど)には、世界で一番可愛い俺の彼女。
(………最高の夏になりそうだな、マジで)
俺は、彼女との「これから」という名前の新しいクエストに、胸を躍らせながら、深い眠りへと落ちていった。
窓の外。
7月の終わりを告げそうな夜空には、二人の未来を祝うように、満天の星が輝いていた。




