第72話 最強の味方
駅前のファミレス。冷房が効きすぎているほど涼しい店内は、終業式を終えた解放感に浸る学生たちで賑わっていた。
俺たちは、一番奥、入り口からも他の席からも死角になるボックス席へと陣取った。
対面には、ドリンクバーのメロンソーダを一口飲み、満足そうに目を細める一ノ瀬咲希。
俺の隣には、さっきから膝の上で自分の指をいじり、借りてきた猫のようにおとなしくなっている東雲凛。
沈黙。
ストローが氷を鳴らす音だけが、やけに大きく響く。
一ノ瀬さんが重い(?)雰囲気を打ち破るべく口を開いた。
「……さて。佐藤くん、凛りん。二人とも、咲希が何を聞きたいか、分かってるよね?」
一ノ瀬さんが、グラスを置いて身を乗り出してきた。
その瞳には、いつもの天真爛漫な輝きとは違う、真実を完全に捉えた狩人のような鋭い光が宿っている。
「……一ノ瀬さん。何の話だよ。……。俺たちは、その、……」
「にひひ! カズッチくん、まだ粘るつもり? 今朝の凛りんの顔、見たでしょ? 凛りんが佐藤くんと目が合うたびに、茹で上がったタコみたいに真っ赤になってニヤニヤしてたの。咲希、横で見てて恥ずかしくて死ぬかと思ったんだからね!」
「――――っ!!」
凛が、ガタッと肩を震わせた。彼女は顔を隠すように俯き、消え入りそうな声で「……。……。咲希、声が、大きい……」と呟いた。
「もういいよ、凛りん。……。佐藤くんもさ、校舎裏で咲希にあんな格好いいこと言っておいて、今さら隠し通せるわけないじゃん。それともまだ言わないとこみたいな感じなのかな?それだったらこんな強引な形になっちゃってごめんだけど」
一ノ瀬さんは、いたずらっぽく俺を指差した。
……。
そうだ。俺はあの日、この「天使」に宣戦布告したのだ。
東雲凛を一人占めしたい。一人の男として、あいつを夏祭りに連れて行くんだ、と。
俺は、深く、深く息を吸い込んだ。
もう、誤魔化しは終わりだ。
隣で震えている彼女の肩に、そっと自分の肩を寄せる。
「……一ノ瀬さん。ああ、その通りだ。……俺と東雲さんは……付き合ってる」
言葉にした瞬間、個室の空気が一気に甘く、重くなった。
俺は凛の方を見た。
彼女は驚いたように目を見開き、それから、今までで一番幸せそうな、けれど最高に恥ずかしそうな……そんな、恋する女の子の顔をして、俺の手をテーブルの下でぎゅっと握り締めてきた。
いきなり握られて心臓が飛び出るかと思った。
「…………っ。……。……。……。……うん。……私たち。……お付き合い始めてます」
凛の肯定。何故か敬語。
二人の心が、ついにパブリックな場で結ばれた瞬間だった。
すると――
「………………やったぁっっっっ!!!」
一ノ瀬さんが大きくガッツポーズを決めた。と叩いた。
「にひひ! ミッション、コンプリート! さすが咲希! 咲希のプロデュース、完璧すぎーっ!!」
「……うるさいよ、一ノ瀬さん。……お前、自分が仕組んだみたいに言うなよ」
「えー? だって、咲希が凛りんとの夏祭りのチケットを譲ってあげなかったら、カズッチくんもあんなに本気出さなかったでしょ? あーあ。凛りん、本当に幸せそうな顔しちゃって。咲希、ちょっとジェラシーかも!」
一ノ瀬さんは、冷やかすように東雲さんの頬を指先でつついた。
東雲さんは「もー、咲希!」と赤くなりながらも、繋いだ俺の手を絶対に離そうとしなかった。
「……一ノ瀬さん。その、ありがとな。東雲さんを……凛を……俺に預けてくれて」
俺が真っ直ぐに礼を言うと、一ノ瀬さんは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、それから、ふわりと慈愛に満ちた笑顔を浮かべた。
「にひひ。……。お礼なんていいよ。ただね、カズッチくん。咲希は、ただ凛りんに幸せになってほしかっただけなの。凛りんって、不器用で、わがままで、……。本当は寂しがり屋のただの女の子なのに、学校じゃそれを誰も分かってないでしょ? ……でも、カズッチくんだけは違った」
一ノ瀬さんは、窓の外を流れる夏の景色を見つめた。
「カズッチくん。……凛りんのこと、これからはいっぱい甘えさせてあげてね。……寂しいときは、カズッチくんが真っ先に飛んで行ってあげるの。……約束だよ?」
「…………ああ。わかってる。……命に代えても守るよ」
俺の答えを聞いて、一ノ瀬さんは満足げに頷いた。
「合格! ……さて。……それで? ……ぶっちゃけ、二人はいつから、そんなに『熟年夫婦』みたいな空気だったわけ? ……クラスじゃ全然喋ってなかったはずなのにさ」
一ノ瀬さんの瞳に、再び鋭い好奇心が戻る。
「……そこは、その。……」
「凛りんも、ドラゴンさんのシール! あれだって、偶然にしては出来すぎだって咲希は確信してるんだから! ……ねえ、二人の本当の『出会い』。……。咲希にも教えてよ!」
……。
…………。
俺と凛は、顔を見合わせた。
「恋人」になった今。
もはや、この最強の味方に隠し事をする必要はないのかもしれない。
それに、凛――ハルにとっても、一ノ瀬さんは本当の意味で「すべてを話せる親友」になってほしい。
「……ハル。……いいか?」
「…………うん。……。……カズがいいなら。……。私も、咲希には……本当の私を、知っててほしい」
「ハル……?カズ……?」
首を傾げる一ノ瀬さん。
俺はスマホをテーブルの上に置いた。
そして、これまで誰にも見せることのなかった、あのログイン画面を開いた。
「一ノ瀬さん。……。俺と、……。……東雲さんは。……。……学校で出会ったわけじゃないんだ」
「え? ……。じゃあ、どこで?」
「……。三年前。……ネットゲーム。……『エターナル・レジェンド』の草原だ」
俺たちの「秘密」が、一ノ瀬さんの前で、音を立てて解禁されていく。
学校での天使とモブ。
その裏側で、三年間生死を共にしてきた騎士と魔導師の物語。
一ノ瀬咲希は、俺のスマホの画面に映る二人のアバターをじっと見つめ。
数秒後。
一ノ瀬さんは大きく首を傾げたのだった。
「…………ネットゲーム……?」
俺たちの夏休みは。
この最強の軍師を味方につけたことで、さらに予測不能で、賑やかな祝祭へと変わろうとしていた。




