第46話 突然の連行
それからご飯を食べ終わり、みんなでスイーツやフルーツをつまむ時間になった。
ビュッフェで腹がいっぱいになったはずなのに、甘いものは別腹だと言わんばかりにマリエさんがマカロンを口に放り込む。
だが、その瞳は獲物を狙う猛獣のように、俺と東雲さんの二人をロックオンしていた。
「――さて、と。一息ついたところで、そろそろ『本題』に入ってもいいかしら?」
マリエさんがティーカップをソーサーに置く。そのカチンという音が、戦いの開始を告げるゴングのように聞こえた。
「……本題って、何ですかマリエさん」
俺は、嫌な予感を感じながらも冷静さを装って問い返した。隣では東雲さんが、さっきの「夫婦扱い」の火照りがまだ冷めないのか、自分の頬を冷たいおしぼりでそっと押さえている。
「決まってるじゃない! あんたたち、本当は付き合ってどれくらいなのよ!? 正直に言いなさい。お姉さんは逃がさないわよ!」
「…………。いえ、ですから。俺たちは、ただの親友、相棒です。三年間ずっと言ってきたじゃないですか」
俺が食い気味に否定すると、向かい側に座るシンくんが「プッ」と吹き出した。
「いやぁ、カズ。その言い訳はもう無理だって。さっきのビュッフェ見てたでしょ? あんなに阿吽の呼吸で料理を仕分け合って、しかも距離感がバグってるのに『ただの親友』は、この世の全てのカップルを敵に回すぞ」
「がはは! 全くだな。テツおじさんも驚いたぜ。ハルがこんなに綺麗な嬢ちゃんだってのもそうだが、カズのあのお世話しっぷり。あれはもう、親友の域を超えて『献身』のレベルだ」
テツさんが豪快に笑いながら、俺の肩をポンポンと叩く。その大きな手から伝わってくる熱が、まるで「認めてやれよ」と言っているようで、俺は言葉に詰まった。
「……東雲さんは、その。一人だと危なっかしいところがあるんで、相棒としてサポートしてるだけです」
「危なっかしい!? 私、ゲームの中じゃカズより全然しっかりしてるでしょ!?」
東雲さんが不満げに俺を睨んでくる。その表情は、学校での「東雲さん」としての微笑みではなく、間違いなく俺の知っている「ハル」そのものだった。
「……その言い合いも、マリエさんたちの目にはどう映ってるか分かっててやってるのか?」
「…………っ!!」
東雲さんはハッとして口元を押さえた。案の定、テーブルの反対側ではマリエさんが「ひゃあぁぁぁ!!」と奇声を上げて悶絶していた。
「尊い……っ! あんなに絶世の美少女なのに、カズくんの前だとこんなに表情がコロコロ変わるのね!? ねえマスター、これ録画して学校に送りつけたらどうなると思う!?」
「マリエさん、犯罪ですよ。……でも、カズくん」
ゲンゾウさんが、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、穏やかな瞳で俺を見た。
「君たちが『親友』と呼んでいる関係が、どれほど貴重なものかは理解しているつもりだよ。……三年前、カズくんが初めてこのギルドに来た時のこと、覚えてるかい?」
「……。はい。もちろん」
「あの時のカズくんは、本当にひどかった。装備はバラバラ、スキルの使い方は無茶苦茶。そこに当時から最強だったハルちゃんが、なぜか興味を持って付きっきりで教え始めた。僕たちはそれを見て、『ハルが初心者を拾うなんて珍しいこともあるもんだ』って話してたんだよ」
ゲンゾウさんの懐かしそうな話に、ユキさんも優しく頷いた。
「そうね。ハルちゃんは、あんなに強いのに、カズくんにだけは時々すごく意地悪をして。……でも、月一のギルド討伐のとき、カズくんがいない日だけは、すごく寂しそうにしてたの。あれを見ていた私たちからすれば、今のこの光景は……三年前からの必然なのよ」
「………………」
大人の言葉は、俺たちの防壁を容赦なく崩していく。
三年間。俺たちはただ、「気が合うから」という理由だけで、お互いの時間を共有してきたつもりだった。
でも、外から見ていた大人たちの目には、それは「お互いがいなければ成立しない、特別な結びつき」として映っていたのだ。
「……東雲さんは、学校じゃすごく人気者なんですよ。球技大会でも優勝したし、最近じゃ、他クラスの女子からもチヤホヤされてて……。俺みたいなモブが横にいるなんて、普通はありえないんです」
俺が自虐混じりに本音を漏らすと、隣の東雲さんが、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「カズ、いい加減にしてよ!! 『モブ』だなんて、そんなこと、誰が言ったの!? 私にとっては……ギルドのみんなにとっては、カズは世界に一人しかいない最高の『騎士』なんだよ!?」
つい熱くなった彼女の声が、個室中に響いた。
彼女は顔を真っ赤にしながら、俺の肩を両手で掴んで、真っ直ぐに俺の目を見つめていた。
「みんなが私の表面を見て『天使』だなんだって騒ぐのは勝手だけど……私の色々なこと知ってて、それでも三年間一緒にいてくれたのはカズだけでしょ!? それを、自分でモブだなんて言わないで!!」
東雲さんの剥き出しの感情。学校では決して見せない、相棒・ハルとしての誇りと、少しの……悲しみ。
個室が、しんとした静寂に包まれた。マリエさんさえも息を呑み、今の彼女の気迫に圧倒されていた。
「…………悪かったよ、ハル。……もう言わない」
俺が小さく謝ると、『家族』のような安心感につい感情を顕にしてしまっていた東雲さんは、ハッと我に返ったように俺の手を離し、再び席に座り込んで、顔をテーブルに伏せた。
「…………バカ一真。……。……。大嫌い」
彼女からの『大嫌い』の言葉。
だが、その声の震えも、真っ赤になった耳たぶも、周りから見たら最高に甘い「惚気」にしか見えないようで。
「がははは!! いやぁ、最高だ! ご馳走様!」
テツさんが爆笑し、シンくんも「カズ、お前はもう詰んでるよ(笑)」と肩をすくめる。
マリエさんは目頭を押さえながら、「ちょっと、今の『バカ一真』、録音してなかった私のバカ!!」と悔しがっていた。
「……さて。そろそろ、少しだけ席を外させてもらおうかな」
不意に、マリエさんが立ち上がった。
「え? マリエさん、どこ行くんですか?」
俺が尋ねると、マリエさんはニヤリと笑った。今までの騒がしい彼女からは想像できない『大人の余裕』を感じさせる魅力的な、けれどどこか恐ろしい笑顔だ。
「ちょっと、ハルちゃんを女子トークに連れ出したいのよ。……男の子たちには聞かせられない、秘密の『人生相談』よ」
マリエさんはウィンクを一つ残すと、まだ顔を上げられない東雲さんの手を取り、「行くわよ、ハルちゃん!」と、半ば強引に彼女を個室の外へと連れ出した。
「えっ、あ……。カズ!?」
救いを求めるような彼女の視線。だが、ユキさんも「私もご一緒しますね。カズくん、少しの間、男性陣とお話ししてて」と微笑みながら後に続き、扉が静かに閉められた。
残されたのは、俺と、ゲンゾウさん、テツさん、シンくん。
そして、先ほどから一言も発さず、けれど深く頷いて俺を見つめるクマさん。
さっきまでの甘酸っぱい空気が一変し、男たちの間には、どこか落ち着いた、それでいて真剣な「男の会話」の気配が漂い始めた。
「……カズくん。飲み直そうか。今度は、男同士でじっくり話そう」
ゲンゾウさんが、氷の入ったグラスを俺に差し出した。中に入っているのはただのウーロン茶だが、今の俺には、それがどんな酒よりも重く、大人の味がするように感じられた。
「…………はい。お願いします」
扉の向こう側にいるであろう、大切な相棒の気配を感じながら。
俺は背筋を伸ばし、大人たちが用意した「次のステージ」への一歩を、静かに踏み出した。




