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運気0と淑女

 乙女座の迷宮の解放日。その前日。

 ジゼルは珍しく一人でZDOにログインしていた。

 というのも、迷宮に挑むためにスキルやステータスの調整をやっときなさい、とカナデ師匠からのお達しがあったのだ。


 だがカナデはカナデで他ギルドとの連携で忙しく、

 アヤメはリアルの事情でログイン出来ず、

 カナデやアヤメがいない状況でジェネシスと一緒は嫌、

 ユゥリンはジェネシスの付き添いだから来ない、

 ……と『ギガントレオ』の面々は今日も忙しい。


「えっと……魔力極振りはダメって言われてるから……」


 場所は『ギガントレオ』のホーム『勇士の館』。

 その中に設けられたジゼル専用の個室だ。現実の月花の部屋よりは狭いが、比較的落ち着ける空間となっている。

 もっと広い空間が良かった、と思うのも後の祭り。

 すべては部屋わけジャンケンが悪い。やっぱり運ゲーはクソである。


 ともあれ、この部屋は落ち着ける。

 あの戦闘狂ジェネシスが入ってくることもないし、例えラスボスがやって来てもシステム上耐える事は可能だろう。セキュリティは万全だ。掛かって来いやアドラ。


 ……そんなことを思っていると、コンコン、と扉を叩かれる。誰かログインして来たのか、と思い反応する。


「はーい」

「ジゼル、入ってもよろしいですか?」

「……ん?」


 聞き慣れない声……女声だが、このギルドホームに自由に入れる女はジゼルを除いてカナデとアヤメしかいない。

 しかしどちらの声でもない。……となると、誰だ?

 まぁ、男じゃなければ勝手に入ってもいいんだけど。


「どうぞー」

「失礼します」


 入って来たのは見覚えのある美少女だった。

 街で拾った少女だ。名前は知らない。聞いてる聞いてないの問題以前に、ネームプレートに何も書いてないのだ。


 プレイヤーでは絶対ない。おそらくNPCだ。表記がプレイヤーでもNPCでもないから、そこらは曖昧になるけれど。


 そういえばいたね。ギルド戦争とアストライアに掛かりっきりで完全に頭から抜け落ちてた。

 あれ。でもギルドホームに帰ってきた時にいなかったような気がするんだけど。どこかに出歩いていたのだろうか。


「どうしたの?」

「ジゼルと話したいことがあるのです」

「うん」


 頷いて少女の次の言葉を待つ。


「それが……ぁ」


 不意に、少女は瞳から光を消し、膝からガクンと崩れ落ちた。まるで糸がほつれた人形のようだ。

 わたしは急な出来事に狼狽し、座っていた椅子から立ち上がり、床に膝をついた少女に駆け寄った。


「え。え! どうしたの! 大丈夫!?」

「…………」


 少女は答えない。

 しかし少女から微かな音を感じる。どうやら意識はあるようだ。

 スクッと立ち上がり、ジゼルが立ち上がった椅子へと足を伸ばす。


 その姿は神々しい。

 姿勢を正して座る姿は凛々しく、何処か神秘的な、あるいは神聖な雰囲気さえ感じさせるほどだ。

 


()()()()()。ジゼルさん」

「……ぇ」

「どうかなさいましたか? まるで豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていますよ」


 ふふっ、と淑やかに笑う彼女は嫋やかな素振りで口に手を付け、三日月型に曲がる口角を隠す。

 なんか遊ばれているみたいだ。別に嫌というわけではないが……嘘ついた。少し嫌だ。


「……えっと。何が? というか名前を聞きそびれてるんですけど」

「わたくしは……えぇ、何処で彼女が聞いているかわからない。残念ながら、いま教えるわけにはいかないのです」

「……聞いてる? 誰が?」

「それも、ナイショです」

「はぁ?」


 自己紹介も出来ないのか。

 やむを得ない状態になっているのだとしても、それはちょっとどうかと思うんだけど……


「ごめんなさい。今のわたくしでは、話せることに制限があるのです。ただ、この事件の渦中にいるあなたには、どうしても伝えなければならないことがあるのです」

「……それで、その伝えなければならないことって?」


 問うと彼女は口をつぐむ。

 まるで指定されていない質問コマンドで問われた時のNPCみたいだ。

 いや嘘でしょ。まさか当然のことを質問しただけでそんなこと……


「『白磁の影には闇が差す。

 白き天災終わりし後に神來る』」

「……え?」


 魔法の詠唱をするかのような口調になった。

 詠唱……いや、どちらかというと予言なのだろうか。


「どういう……ああ、ごめん。いい。言わなくていい。どうせ制限されてるでしょ?」

「はい。……ですが貴女がこの世界にいる限り、災害は貴女を狙い続ける。常々、気をつけてください」

「……この世界に、いる限り……?」


 執念深そうなストーカーだなぁ。

 世界の果てまで追いかけてきそうだ。怖いったらありゃしない。是非とも言わずやめてほしい。


「それって、アストライアのこと?」

「…………」


 答えない。沈黙は是なり、とはいうが、何とも言えないきな臭さが残る沈黙だ。


 いまの状況から考えるに、やはりアストライア関連の話だと思うのだが……この少女がストーリー攻略に関連しているのかは微妙な話だ。


 白き災害。その後に来る神。

 神はアストライアなのか……そうだとすると、白き災害って……アストライアの能力?


 だとすると、それは逆でなくてはならないと思う。

 白き災害が来てからアストライアが来るのではなく、アストライアと相対してから攻撃を受けるのが、ボス戦の定石……そうでなくてはクソゲーだ。


 ……ああ、もうダメ。そもそもアストライア戦の話じゃなかったら、この思考は破綻する。

 思考に楔を打つのは危険だ、とカナデから聞いたことがある。情報が少ない状況での推測は、却って身に危険を及ぼすだろう。


 だが少なくとも予言に出てきた『白磁』と『影』という単語は、今のアストライアを明確に指していると思う。

 なら戦いの有用な情報として活用させてもらうとしよう。


「えっと、忠告ありがとう。重々気をつけるよ」

「それが善いでしょう。黒い影にはお気をつけて」

「……はい」


 何が起こるかわからないってのに。

 言われたら言葉を返すしかない。せめてヒントくらいは欲しかったが、この雰囲気は会話を終える雰囲気だ。


「…………あぅ」

「あ」


 椅子に座った少女が横に倒れる。

 今まで眼前にいた淑女のような雰囲気はなくなり、すぅすぅと幸せそうな寝息を立てて寝こけている。


「本当に、何が起きてるの……?」



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