運気0の従者は……
8月31日 土曜日 20:00。
次なる迷宮が開かれるのは、この時間だ。
様々な騒動や伏線が合間に挟まれ、多くの人達を振り回した迷宮が、遂にこの時開かれる。
現在の時刻は8月31日 19:54。
迷宮が開かれるまであと6分程度。迷宮予定地の前には多くのプレイヤーが集まり、ボスが姿を見せるその時を今か今かと待っている。
張り付く緊張感は肌を焼き、ピリピリとした鳥肌を立たせている。
その渦中……陣形を組むプレイヤー達の本丸に、ジゼルは『ギガントレオ』の面々と共に立っている。
無論『ギガントレオ』内にも緊張感は奔っている。
だが他と比べて、本番前の緊張感に慣れているジェネシスは快活に笑っていた。
「ブハハハハ! おいおいジゼルともあろう者が緊張してんのかァ? 案外臆病なんだなァ!」
「…………」
訂正しよう。ジゼルを上から見下ろして嘲笑っていた。
しかしジゼルはそれに返せるほどの胆力は持ち合わせていない。
ただでさえ一回負けた相手をするんだ。ふざけている余裕はない。
だからギリ……ッ、と拳を握って耐えるしかなかった。
この怒りは後でジェネシスを巻き添えキルすることで解消しよう。そうしよう。絶対ユルサナイ。
「ジ、ジゼル? なんなら後続に付いて来てもいいんだよ? 最前はジェネシスがやってくれるんだから」
「……んーん。大丈夫。今回はわたしが主役じゃないしね。……それより、アヤメの緊張を解いてあげてよ。すごいガチガチじゃん」
今回の作戦の主役であるアヤメ。
彼女は自分が大役を任されている自覚があるせいで、ガチガチに緊張してしまい、先ほどから貧乏ゆすりがすごい。
少し耳を澄ますとカチカチとシバリングが聞こえてくる。
緊張する事は良いことだが、緊張しすぎるのも考えものだ。良いパフォーマンスか発揮出来なくなる。
「ロボットかな?」
「オズの魔法使いのブリキだね」
「くだらねェこと言ってンな。……おいくノ一。そんな気負うんじゃねェぞ。オメェの後ろには俺やジゼルが付いてんだからよ」
ジェネシスがアヤメを諭す。
するとアヤメの目がジェネシスを向いた。
「…………」
そして何も言うことなく視線を元に戻す。
まるでジェネシスの言葉が通じていないようだ。
「……ダメかァ」
「そうでもないよ。緊張してる人は他人に声を掛けられると、少しだけ心が落ち着くんだよ。これ経験則ね」
「おう流石だな。当人が言うと説得力がある」
「喧嘩売ってるね? 買うよ?」
「上等だァ!」
「……まったく、隙あらば喧嘩はやめてください」
喧嘩の仲裁に入ったのはユゥリン。
彼はガラスのように透ける立方体キューブを手に持ち、ジゼルとジェネシスの間を遮る。
「お、帰ったかユゥリン。それで、それが例の……」
「はい。この世界での撮影器具です。どうにか間に合いました」
立方体のキューブカメラ。
おつかいクエスト『箱の中の思い出』をクリアすると貰える特殊アイデムだ。
記録できるのは1時間程度の低スペックカメラだが、簡単なクエストをクリアすれば貰えるので妥当な価値ではある。
「うっかり忘れていました。いやぁ事前準備って大切ですねぇ」
今日も今日とて情報収集の準備。
これからボス戦だってのに……まぁボス戦の機会なんてそうそうないしなぁ……あれ、そういえば。
「ユゥリンが戦ってるの、見たことない……」
「なかったンか?」
「うん。いつも暗躍してるイメージだから……戦ってるイメージが湧きにくいんだよね」
「ああ、確かに。見たことないかも」
ジゼルの言葉にカナデが同調する。
実際、ユゥリンはジゼル達の前で実力を見せた事はない。敵を騙すなら味方から、とはいうが、ある程度の実力を測っておかないと戦力に組み込むこともできない。
是非とも、今回のボス戦で見せてほしいところなのだが……
「僕の戦闘を見たいと言ってもらえるのは光栄なのですけどね……」
「ユゥリンは事務専門だからなァ。ムリに戦わせようとすンなよ? 弱ェからな」
「マジトーンで言わないでくださいよ……」
そう言って苦笑いを浮かべるユゥリン。
当人に正面切って「弱いから」なんて言うジェネシスが殆ど悪いと思うが、その台詞を容認しているような雰囲気を出すユゥリンもユゥリンだ。
お互いに何か思うところはないのだろうか。……ないから今の関係が続いてるんだろうなぁ。
「今回も後ろから援護するので頑張ってください」
「そうするつもりだァ。あんま前に出過ぎるなよ」
「わかってますよ」
……ああ、もしかして、あれがジェネシスなりの気遣い方なのだろうか。
自分よりも弱いから、自分よりも後ろに下げて護る、みたいな。
なんだ割と良いところあるじゃん。脳筋クソゴリラなんて思っててごめんね。今度からは気遣いが出来る脳筋クソゴリラって思うことにするよ。
「気遣いが出来る脳筋クソゴリラ……」
「ぶっ殺されてェのかテメェ!」
「え? あ、ごめん口に出てた」
「実は性格悪ィよなオマエ!?」
腹は黒いけど見た目は白いです。
「……ったく。そんで、他のギルドの状況はどうなってんだァ、ギルドリーダー?」
「うーん……あまり芳しくないらしいねぇ……」
ジゼルとジェネシスが漫才をしている最中、ずっとチャットを覗いていたカナデは不満そうに言う。
カナデの口調はいつもと変わらないが、しかし火を見るよりも明らかな怒りと焦燥が漏れ出ている。
「《信司隊》のメンバーの少数が回線不調、《化身団》の一部がドタキャンでログイン出来ず……ウチは全員ログイン完了してるけど、戦力ギリギリ足りるかなぁ、ってとこらしいよ」
「オイオイ情けねェな。今日は土曜日だろ時間空けとけや」
「……ジェネシス。今何歳?」
「あン? んなもん秘密だ秘密。そう易々と年齢教えるかよォ」
高校生だって土曜8時に帰って来れないこともたまにあるのだ。主に塾とか予備校とか勉学系で。
……あれ、もしかしてジェネシス中学生?
「……へっ」
「絶対失礼なこと考えてるよなァ!?」
「失礼なこと考えさせるジェネシスが悪い」
「いーや絶対オマエが悪い!」
「子供みたいなやりとりしないでよ……」
カナデが溜息を吐いて仲裁に入る。
微かにいつもの調子に戻ったかのように見えたが、しかし先程と同じ頭を抱える体勢に戻る。
「どうしよっかなぁ……ウチのギルドじゃ人数の枠は埋められないし……」
「どの役割の人なの?」
「防御担当しかも第一」
「掲示板張ったら誰かしら来るんじゃない?」
「変な人が入って来たら嫌じゃん」
「確かに」
うーん、とジゼルとカナデはハモって唸る。
そんな2人を見て……
「……では、私の友達を呼ぶのはどうでしょう」
「……あ。アヤメが復活した」
「ご迷惑をお掛けしました」
「いいよいいよ。ジゼルが酷い時なんて色々と壊れるからね。後処理が大変になるよりは全然……」
「やめてカナデ! その話をしないで!」
昔の話を持ち出してくるカナデを必死に抑える。
いつも通りの光景に安心感を覚えると同時に、ジゼルはアヤメの言葉に反応した。
「アヤメの友達?」
「はい。このゲームを一緒に始めた友達です。第一回イベントの時に共に出ていたのですが、彼方も此方も別の方向にゲームを楽しみ始めてしまったのでこの世界で会う機会がなかったのです」
「へぇ……いま何してるの?」
「さぁ……ただ、今もこのゲームの中にいるのはわかってるので」
「実力の保証は?」
「そこは抜かりないです。私の目も肥えているので、実力を見間違えることはないです」
「なるほど」
そこまで言うなら期待しても良いかな、と思うジゼルは、カナデの一言を待つ。
「うん、ダメ」
「…………」
間もなく即答。
だがカナデの言葉は冷静だった。
口から絶対零度の息でも吐いているのか、その言葉一つで場が凍った。
「……なんで、ですか?」
「別のことをやってるってことは、ZDOの他の要素で遊んでるわけでしょ? なら最前線に入れる実力じゃないのは見なくてもわかる。別に一線級の戦力を期待してるわけじゃないけど、それでも期待が出来ない」
「うわぁ、ズバッと言うなぁ……」
ジゼルが感嘆の言葉を述べると、カナデはやや頭を抱えて言葉を返してくる。
「……いい? ジゼルは強いからわからないと思うけど、このゲームってかなり面倒なシステムを積んでるの。判定はミリでもズレれば不発判定。完璧に作戦を組み立てようとすれば秒単位の計算が必要だし、それに付いて行こうとすると頭がいい人でもパンクする。この最前線に集まっているのは、それに付いて来れる人達だけ。一番厳しい席で戦っているアタシたちに、その人が付いて来れるとは思えないんだよ」
「な、なるほど……」
予想以上にしっかりした理論だった。
カナデの理論にジェネシスやユゥリンは同調するように頷いた。
「確かに。この前線の最低ラインは、多分僕ですから。僕よりも弱い可能性があるということは、はっきり言ってしまえば……」
「あァ。邪魔だよなァ」
「……そうですか」
今が戦力として最低ライン。それよりも弱い人が来るなら、その人を切り捨てる勇気が必要になる。
その勇気を求めれるなら応えるが、それに応えてやれるほどの余裕はない。
『ギガントレオ』《千貌化身団》《信司隊》のギルド連盟は精鋭ではあるものの、決して連盟としての戦闘力が高いわけではない。
そこに戦闘以外を楽しんでいる人を呼んでも邪魔になるだけだ。日夜戦闘に明け暮れているジゼルからしても、それは火を見るより明らかな事実だ。
「この世界は仮想でも、数値は仮想に出来ないの。だからアヤメの友達を呼ぶ事はできないよ。提案してくれてありがたいけど、その案は却下かな」
「そうですか……」
言い終えたカナデから視線を逸らしアヤメを見る。
まるで怒られた子供のようにシュンとした。
だがアヤメの目は先程とは変わっている。
もう心配する必要はなさそうだ。




