運気0のクラン発足
色々あったせいで優勝気分を味わえなかったジゼルは、闘技場からログアウトしたその足でカナデとアヤメと合流し、いつの間にかメールボックスの中に入っていた『帝城パーティへの招待』の案内に従って、煌びやかな西洋城のパーティ会場へと赴いていた。
もちろん現実世界の西洋城を丸々借りているわけではなく、ZDO内にある立ち入り禁止の区域に存在している、普段はオブジェクトであるはずの帝城だ。
パーティスタイルは立食形式で、テーブルクロスが掛けられている長方形のテーブルの上に乗っている豪勢な食事は、生まれも育ちも庶民感覚なジゼルには、これを逃したら2度と食べられないと思ってしまえるほどの代物だった。
「ふぉおおお……!」
これに一番興奮しているのは、意外にもアヤメさんだった。いつもクールでカッコいい系女子である彼女が、貴族が食べていそうな豪華な食事の数々に大興奮する姿は純情無垢な少年を思わせる。
もしかして彼女は大食漢キャラだったりするのだろうか。クールでカッコいい系女子なのに大食漢とか、キャラ渋滞にも程がある。
まあ、今回に関してはジゼルも興奮しているので、気持ちは分からなくもないが。
料理を採りにあっちへ行ったりこっちは行ったりするアヤメさんと、それに呆れながら付いて行くカナデに苦笑を浮かべつつ、甲殻類を口に運んでいると、知らぬ間に背後に立っていた巨漢に声を掛けられた。
「――よォ、ジゼル」
「……ああ、ジェネシス。久しぶり。元気してた? わたしは用事があるからそれじゃあバイバイ」
ジゼルが手を振って離れて行こうとすると、ガシッとジェネシスの大きな手で肩を掴まれる。
「……えっ、なに? なんなの? 警察呼ぶよ?」
「おいおィ、なかなかの挨拶じゃねェか。会って早々流れるように離れて行こうとすんじゃねェよ。嫌味露骨すぎねェか? それとゲーム内じゃサツは呼べねェよ。呼ぶなら運営でも呼べ。相手にしてくんねェと思うが」
「いやいや、だからってなんでわざわざパーティに参加してアナタと睨み合わなきゃいけないのかな。嫌な雰囲気作りたくないんだけど」
「それは俺もだから楽しくやろォぜ? な?」
いや「な?」と言われましても……
こっちの睨みを利かせた凄みは条件反射と言うか、もはや脊髄反射の域に達してしまっていると言うか……
そんな内心を知ってか知らずか、ジェネシスはぐいぐいと離れて行こうとするジゼルを引き戻す。
なんの用だはよせい、と言う心底から嫌ぁーな本心を表面上に引き出しているジゼルの顔に、ジェネシスは苦笑しつつ話を振る。
「オメェ、ドラゴンと仲が良かったりすんのか?」
「なに、そんなこと?……アドラは仲が良いって言うか戦友って感じだよ。闘技場に来た理由は知らないけど、なんか姉の仇を討ちたいって言ってたしそれ関係じゃない?」
「アドラかァ……ちなみに姉の名前はなんていうか知ってっかァ?」
「たしかグウィバーだったかな? あの合体した姿が確か一応このZDOのラスボスだったような……」
「マジか。じゃあもしかしてZDOってアーサー王伝説になぞらえてたりすんのか?」
「は?」
まったく意味がわかりません。
ZDOは『ゾディアック・オンライン』の略称。つまり黄道十二星座――つまり『ゾディアック』を大元にした物語が展開されていると、カナデは言っていた。ジゼルもそう思っていた。
十二星座はギリシア神話に由来するものが多い。出典がイギリス本土――『グレートブリテン』にあるアーサー王物語とは切ったらそのままグッバイフォーエバーな感じの関係性であるとは思うのだが。
「まぁ、上辺だけを見ればそうだなァ。だが運営――つまりアスラ社のゲームの殆どは、関係がないと思われてる物に、無理矢理関係性を持たせてるゲームが多くてなァ。これが中々に回りくどく作られてるんだわ」
「クリエイターの性質ってやつ?」
「あァ、そんな感じだな」
クリエイターによって作風が違うのは、元を辿ればここに完結することになる。
概念の押し付け合いと言うか、上乗せ合いと言うか、兎にも角にも『何処まで概念本来の意味合いを構築、改変』することができるかが鍵となる。
「……なるほど。『ラスト・パラダイム』もそうだったもんね」
「なんだお前、結構ゲーム通なのかァ?」
「ううん、そうじゃないよ。ちょっと触りを体感したかっただけだよ。まぁ、よくわかんなかったし、当ては外れたかな」
「触りィ? あァ、アスラのシナリオを、かァ」
「うん、そう」
普通の人間の発想で、ゲームを体感するのに違うゲームをしようなんて考えようともしないだろう。やはり彼女は何処か普通とは違う欠陥を抱えているのではないだろうか。
そうは考えたとしても、それを試す方法なんてないため、これ以上聞き、考え、詮索するのは不粋だろう。ジェネシスは思考を中断した。
「ふん。だったら話は早いだろォ。結局はそういうことだ」
「ふーん……」
要するに発想の転換……いや、発想の置換とでも言うべきなのだろうか。シナリオ監修を行うのはライター。つまり物語の展開としては、決まった法則があるかもしれないと言うわけか。
「類似した物で言えば牡牛座とか獅子座とか? 牡牛座のアステリオスは主人公の直系と言う理由で、獅子座は英雄の敵となるキャラクター。あとは?」
「さあな。実際に会ってみねェとわからねェがァ……、オメェ、水瓶はどうなんだ? 水瓶の近くでお前がCKに狙われたって聞いたぞォ」
「ああ、うん。うーん……どうだろう。よくわかんないや」
「だろうなァ……ああ、気になって腹立つわァ……」
「こんなことで腹立ててちゃ世話ないよ」
呆れ返って目を閉じる。
いろんな想像を膨らませるが、やはりジゼルの知っている語群には、水瓶と伝説を結びつけるような単語は存在しない。今度図書館にでも行って調べてみよう。
今後の日程を決めると同時に、回していた思考に一旦ピリオドを打ったジゼルは、食卓並ぶ長方のテーブルのところではしゃぐ二人の少女に目を向け微笑む。
それに目敏く気付いたジェネシスは、ジゼルの視線を辿って二人の少女に興味を示した。
「……んん? ありゃテメェと戦ったうちの2人じゃねェのかァ? なんだ知り合いだったのかァ?」
「……え、なに、なんで知ってんの?」
素で引いたジゼルに、ジェネシスは苦笑する。
「テメェの試合は全部記憶してンだよォ。今度テメェに勝つための常套手段だァ」
「なにそれ少しキモチワルイ」
「素で引くなよォ。これがプロの日常なんだよォ。超高層マンション級の絶壁をぶち壊すためのなァ」
「ぜ、絶壁……?」
すーっとジゼルの視線は下へと動き、ぷるぷると頭を振って「違う違う、これのことじゃない!」と自己暗示を掛けて、精神的なショックを和らげる。
一連の行動を目にしたジェネシスは、勢いよく息を吹き出して大爆笑した。
「クははははッ! 安心しろよ! テメェの貧相な胸のことを言ってんじゃねェからよ!」
「……っ!」
「そういやSFCの時のアバターも無かったなァ! もしかしてリアルでもそうなの――」
「――【ミストボール】ゥウウッッ!」
「――ごぶべッッ!?」
突如、空気の渦が螺旋を描き、ジゼルの目の前の怪力系変態性ゴリラの腹に小さな嵐を打ち当てた。
そばには、「いいもん! 胸がなくたって別にいいんだもん! 女は見た目じゃなくて中身だもん!」と両手で胸を隠しながら、大仰に、しかし何故か哀愁漂う言い訳を捲したてる今大会の優勝者であるジゼル。
周りの客は皆、取ってきた料理を守ったり、ジゼルの起こした風から身を守ったり、それぞれがそれぞれの方法でドン引きしていた。
(((――一体何があったんだ……!?)))
全ての客が例に漏れず、まったく同じことを考えたのは必然と言っても過言ではないだろう。なにせジゼルとジェネシスの会話によって、自分達のしていた会話が打ち消されていたのだから。
「……お、オメェ……ここまでやるかァ!?」
「やるよやりますとも女の敵め! アナタは触れてはいけない領域に触れてしまったんだ! ぶっ殺してやる!」
「まてまてまてェ! 俺は武器持ってねェんだぞ! ここでおっ始めるにしても不公平すぎるだろォ、魔法使い!」
「不公平? 上等! それくらいのハンデは持ちなさい変態!」
「そこは拳闘士って言えやァアアア!」
始まってしまった最強達による口喧嘩。このまま舌戦から殴り合いにシフトしてしまうかと思われた、理由が醜すぎる争いは、2人の少女の手によって待ったが入る。
「ジゼルストォオオップ!」
「ジェネシス殿も落ち着いてください」
カナデがジゼルの腰に抱きついて止めに入り、少し冷静でいたジェネシスにはアヤメが落ち着くように促した。
「離してカナデ! アイツ絶対ぶっ殺す!」
「待って待ってぇ! このままじゃアンタ出禁喰らうわよ!? ていうか悪目立ちしてることに気付いて!」
「――はぁ? 悪目立ちって……」
冷静になって今の状況を見渡す。
その場にいる観客全員が此方を向いて、奇異な視線でジゼルを射抜いている。闘技場には勝らずとも、大観衆が此方を興味深げに此方を向いていた。
本来あがり症であるジゼルは、大勢の人に見られていることを意識してしまい、頬に朱が差して俯き黙り込んでしまう。
「っ……ぅう」
「やっと気付いたわね、まったくもぉ……」
「主殿はなかなかに感情的なのですね」
ジゼルの奇行に呆れてため息を吐くカナデと、料理の乗った皿を片手に持ちって苦笑するアヤメ。
2人の胸元を見てみるが、平均的な双丘をしている。流石に指摘されたら怒る原因となるだろうが、指摘されなければ気にすることもないだろう。
常に意識してしまっている貧乳みたいな部類の女の子の悩みなんてわからないんだよきっと……
「……」
「ああほら、もう! 拗ねないで面倒くさいから!」
「面倒くさいって言った! 今面倒くさいって言った! うわぁーん!」
「あ、あははは……」
拗ねたジゼルをカナデが宥めにかかるが、ジゼルとはまだ付き合いが短いアヤメは笑うことしかできない。
そうこうしていると周りの観客達から、ジゼル達への興味の視線が逸れていく。普通の会話に戻りつつあるジゼル達よりも、自分達の会話に花を咲かせたいのだろう。
「はぁ……まったく、アナタが話しかけてきたからだよ、ジェネシス」
「いや、お前が勝手に暴走したからだろ」
「なにおう!」
「やんのかァ!?」
「なんで二言目には喧嘩になんのアンタら!?」
間に火花が散る2人にツッコミを入れるカナデ。
元々苦労人気質があった彼女だが、ジゼルの因縁の相手であるジェネシスが接触してきたことで、さらに苦労度が増してしまったようである。なんとも不憫だ。
「あァ、そうだよ。俺はテメェとドンパチしに来たわけじゃねェんだ。他に用があってだな――」
「お断りしますごめんなさい」
「まだなにも言ってないよジゼル!?」
「感情豊か、と言ってもいいのでしょうかこれは……?」
「全然豊かじゃないよアヤメさん! すごく怒りっぽくなっただけだよこの子!」
天然ボケ、参戦。
超天然と未知数と天然ボケが揃った今、ツッコミを止められる者は存在しない。……誰か止めてあげて。
「チッ……俺はテメェにクランを作ろうって話をしに来ただけなんだがなァ……テメェが無駄に話を拗らせたせいで――」
「ク、クラン!? ジェネシスが? ジゼルとッ!? す、すごいよジゼル! ジェネシスが所属するクランに入るってことは、実質プロ入りしたのと同じくらいに――」
「お断りしますごめんなさい」
「決断早いよジゼル!」
即断。そして即決である。
この早さ、尋常じゃない……! とまあ、そんなネタはともかく、ジゼルにはジゼルの事情と理由を持っていた。
「アナタとクランを発足でもしたら、アナタに毎日追い回されるハメになるじゃない。ログインする度に『戦おうぜ!』なんて言われるの、わたしは嫌だよ」
「……否定はできねェな」
「それにプロ入りなんてしたら、自由にゲームできないじゃん。わたしはエンジョイ勢なの。みんなと一緒にゲームがしたいだけなの」
「ジゼル……」
即断即決だったわりに、かなり真面目な回答が返ってきたカナデとジェネシスは、少し戸惑ってしまう。けれどジゼルの伝えたいことは伝えた。これで良いのである。
「一応言っておくが、俺と同じクランに入ったからってプロ入りするわけじゃねェぞ。プロになりてェんなら、色々と契約しなきゃなんねェかんな。まァ、試合の申し込みをするかどうかなんてのは否定できねェし、する気はさらさらねェが」
「でしょ?」
「で、でもジゼル、いいの? せっかくクランに入れるんだよ? クラン限定イベントに参加できるんだよ?」
「なっ……! くっ、や、やりたい……やりたい、けど……」
ジェネシスに追い回される苦悩と、明らかに楽しそうなクラン限定イベントの誘惑に板挟みにされて、ジゼルは息を詰まらせ頭を抱える。結局のところジゼルはエンジョイ勢。楽しそうなことがあったら、参加したい主義なのである。
……あれ、案外チョロい?
幼馴染みの将来に不安を持ったカナデを尻目に、天国と地獄の狭間で苦悩するジゼルは、なんとかしてジェネシスと距離を図ろうとアイデアを次々と考えだす。
「くっ……ならこうしよう。わたしとカナデとアヤメの3人でクランを発足するってのは……!」
「クランは4人からですよ、主殿」
「じゃ、じゃあ他のリア友連れてきて発足するのは、」
「……ごめん。ゲーム好きの友達なんて、アンタ以外知らないや」
「……掲示板なんかで募集をかけるのは、」
「ロクなのが入ってくると思うかァ?」
「ぐっ……」
アレコレ考えて捻り出した提案を、次々と潰していく3人。あまりジェネシスとは一緒にいたくないというか、違うサーバに移籍したくなっているジゼルにとっては、ジェネシスと同じクランになることほど嫌なものはないだろう。
しかも唯一の安全圏であるカナデは、ジェネシスの提案に大賛成。さらにその理由がジゼルのためを思ってのことで、もちろんアヤメもあちら側。ジェネシスは割とどうでもいい。
「……はぁ。で、肝心なことを聞いてなかった。なんで急にそんな話を振ったの? こんなパーティの時にクラン発足の話を振ったんだから、それなりの理由はあるはずだよね?」
「ん、まァな」
首肯する。
あまりにも酷い理由だったら、もう1発今度は高等魔法をぶちかまして、こっぴどく振ってやろうと決意したジゼルは、説明するために口を開いたジェネシスの話に耳を傾ける。
「オメェの話を聞いて思ったことがあるんだが……本来のAIなら人と話をすることはありえねェ。それこそ言葉を交わすなんて以ての外だ。しかもテメェと戦っていた相手もそうだ。この世界でチート行為なんて、ありえるはずが……いや、ありえていいはずがねェ。てことはこの世界では何かが起きてることは明白だ。俺はそれを知りてェし、なんとかしてェと思ってる。これは“元”だがVRゲームのNo. 1としての我儘だ」
「……だから?」
「俺の力だけじゃ役不足だ。俺の力だけで解決できる問題なら、そりゃテメェに協力を煽ぐなんてことはしねェし、したくもねェ話だが、今回は事が事だ。場合によっちゃZDO全体に何かが起きている。だから、テメェの力を貸して欲しい。俺に力を貸してくれ」
「……」
要するに、彼では足りない部分を補ってくれと言っているのだろう。聞き方によってはプロポーズにも聞こえなくもない言葉だ。そんなのお断りするに決まっている。
もう少し雰囲気ほ良いところで言って欲しかった。こんな大衆の面前で話す会話ではないだろう。雰囲気の良いところで、思いっきり断るのはとても清々しいのだろう。
しかし、ジゼルにとっても気になる内容ではある。
前に対峙したトラウマに残るマジュリティーも、それに似たような言葉を発していた。リィアンが持っていたワールドとやらに反応したのか、あるいは元からああいう設定だったのか、もしくは他の者からの干渉があったのかは不明だが、しかし確実にあのマジュリティーは狂っていた。
さらに言えば、おそらくグウィバーも狂っていたのだろう。だからこそ、アドラと2人(1人と1体?)でどうにか勝利を収めようと必死になったのだから。
「――わたしをあそこに転移させた犯人も、か」
「……ジゼル?」
ほとんど忘れていたので触れようともしなかったが、そもそもジゼルがグウィバーのいた谷にいたのは、某かに転移され飛ばされたからなのだ。
ジゼルは転移魔法を使えないので誤作動が起こるはずもない。システムが勝手に一プレイヤーを転移させるはずがない。さらには転移される前の森に、ジゼルの他にプレイヤーらしき人影が見えた。
これが何を意味するかなど、火を見るよりも明らかだろう。
「……わかった。いいよ、手だけは貸す。他は絶対に貸さないけれど」
「ありがたい……けど、他? 他に何があるってんだ?」
「知らない」
ぷいっ。ツーン、とジェネシスに対してはやけに辛辣な態度を取るジゼルは、顔を横に背けながら視線をジェネシスに向け、右手を差し出す。
「まぁ、これから、よろしく」
「なんだよ、素直じゃね――あだだッ!?」
「変なこと言おうとしたら魔法放つから、そのつもりで」
にこりと、良い笑顔で言うジゼルに、ジェネシスは片手に感じたビリビリする電撃のような痛みを堪え、ついでに苛立ちも堪えて苦笑する。これは前金と言うことなのだろう。
「くそっ……面倒な奴誘っちまったかもな……」
「嫌なら今すぐにでも抜けるけど?」
反りが合わない因縁の凸凹最強コンビが、初めて手を取り『仲間』になった瞬間だった。




