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誘魔の香り





「ここを好きに使え」

私は腕に抱いていた令嬢を部屋のソファに下ろした。


「こ、ここは?」


「私の寝室だ」

今私たちがいるこの部屋は簡単な書斎だが、置いてあるものはソファと机のみで殺風景な部屋だ。隣の続き部屋である寝室はキングサイズのベットが置いてある。


「しっ!?!?」

寝室と聞いた少女はその深い青色の瞳を大きく見開いた。


「他に使える部屋がない。私はいつも研究部屋のソファで寝起きしているから好きに使ってくれて構わない」

実際にこの他の部屋は先程少女を通した研究部屋を除き、手付かずの掃除もしていない物置か魔術道具の保管庫となっている。


私は少女の向かいのソファに腰を下ろした。


「お前は魔術についてどの程度知識がある?」

せめてこの屋敷にある物で触ってはいけないものの区別がつくくらいには知識はあって欲しいところだが…。


「えーっと…並…くらいですかね?」

並以下確定だな。

私から目線を外す彼女を見て頭を抱えた。


「この屋敷には危険なものもたくさんある。特にお前は魔力量が多いから触れるだけで何らかの影響を与える可能性もある」

光精霊の心と呼ばれている琥珀石は光精霊が住むと言われる鉱山で取れた魔石だ。彼女の強い魔力に当てられて容量オーバーとなり、破裂したのだろう。琥珀石は照明器具にも使われる一般的な魔石だが、彼女の反応を見る限りそのことも知らないと見える。


「危ないからあまり出歩くな。何かあれば…」

私は机の上にポツンと置いてあるベルを鳴らした。

そのベルには双子石という魔石が組み込まれており、遠く離れる対となる石にベルの音を届ける事ができる。このベルは小さな双子石と簡単な魔術を組み込んだ私がお遊び程度に作った試作品だ。意外と便利なのでヤツを呼ぶ時に使っている。


少しして、扉をノックする音が聞こえてそこからピンク色のアイマスクを頭につけた眠そうな少年が現れた。


「…なんですか旦那様…ってあれ?お客様ですか?珍しい」

目を擦る蜂蜜色の髪と瞳の少年は令嬢と侍女を見て首を傾げた。


「あら…先程使用人はいないと仰っていませんでしたか?」


「こいつはアレン、使用人ではなく私の助手だ。わからない事があればこいつに聞いてくれ」


「アレンです」

へらっと笑うアレンは寝起きでまだ頭が回っていない様子だ。


「申し遅れました、わたくしはリディアーヌ・ロレンス。彼女は侍女のメアリーです。そしてわたくしはコンラッド侯爵様の婚約者ですわっ」


「あ、はぁーい婚約者様ですね…婚約者…こんや…婚約者!?」

眠そうだったアレンは目を見開いて私に視線を向けた。


「あの女を抱かずに魔術を抱くと言われている変人魔術師の旦那様に婚約者!?」


「おい、なんだそれは」


「まぁまぁそれは置いといて…なんでまた急にそんな…ん?」

アレンは令嬢に少し近づくとその魔力の異質さに気付いたようだった。


「色々あった」

面倒臭いからそれで説明を終えるとアレンはぐぬぬと唸った。


「変人魔術師は変人魔術師だった」

私が令嬢の魔力に目を付けたことに気付いたアレンは残念そうに項垂れる。


「なにか言ったか?」


「いえ、何も」


「私は研究部屋に戻る。後は任せた」


「丸投げですか!?」


「では失礼する」


「ダンナサマァア!?」


私は叫ぶアレンを残して部屋を後にした。


廊下を歩きながら彼女の事を思い出す。銀色の髪に青色の瞳の黙っていれば少し冷酷そうに見える少女。口を開けばその印象とは真逆であったが、彼女の魔力には気になる点が多い。まずその多すぎる魔力量、精霊の魔力に近い可能性がある魔力の質、そしておそらくその魔力の影響によるあの僅かな甘い香り。


自身の魔力量が乏しかったクライブは魔力を溜める魔石や魔華を集めてそれぞれの魔力の性質の違いなどを直で見てきたからこそ気付いた普通では気付かないほどの薄く微かな香りだった。


「これは一度しっかり調べる必要がありそうだな」

クライブはまだ自分が知らない魔術の未知の世界に興奮を覚えながら研究部屋へと戻っていった。








「えーっと…改めましてアレンです。気軽にアレンとお呼び下さい」


「ありがとうございますアレン様。アレン様も魔術師様でいらっしゃるのですか?」


「ええ、研究職を主に魔術道具の開発などを行っています」


「まぁ、すごいですわ!!」

魔術師は難関の実技と筆記の試験を受けて合格しなければ名乗ることができない国家資格であるというのは聞いたことがある。


「いえ、僕なんて全然下っ端です。旦那様は一級魔術師ですし…」


「一級!?」

一級魔術師とは宮廷魔術師と並び立つ役職で、試験を百人受けて二十人合格、その合格者が二級の試験を受けて五人合格者、更にその合格者が最難関の一級の試験を受けて一人合格するかしないか…と言うのを聞いたことがある。


「あれ?ご存知なかったですか?」


「え、えぇまだ彼と婚約して日が浅いものですから…」

というよりも婚約者としての選び方が選び方でしたから…お名前しか存じ上げませんでしたわ…まぁそんなものはこれから知ればいいものですがねっ!!


「そうなんですね…」


「あの…先程からどうされましたの?」


「あっ…いや、これ以上近付くと駄目な気がして…」

そう言うアレン様は壁にぴったりくっついてだぼだぼの白衣の袖で鼻を抑えている。


「えっ!?わたくし臭いますか!?そういえば少し汗をかいてしまったかもしれませんわ!!」

そう言って自分の体を臭う仕草をすると後ろから流石にメアリーの咳払いが聞こえた。


「お嬢様はしたないです」


「あ、いえ、そういう事ではなく…」

アレンはふるふると頭を振る。


「大丈夫だそうよ!!臭くないみたい!」

ぱぁっと顔を輝かせてメアリーを見るが、そのメアリーは頭を抱えていた。


「淑女として大丈夫ではありません」


「ははっ貴女達本当に御令嬢とその侍女なんですか?それっぽくないですね…あ、これ褒め言葉ですよ?」

アレン様は耐えきれなかったのかクスクスと笑い出した。


「臭いというか…香りですね。これは旦那様の方が詳しいのですがおそらく誘魔の一種かと…」


「誘魔…ですか?」


「はい、詳しくは又旦那様に聞いていただいたほうが良いかと思いますが生き物を誘う魔力の事ですね」


「魅了の事ですか!?」


「魅了…おそらく…」


「アレン様は大丈夫なのですか?」


「誘魔系の魔華を扱う事もあるので多少の慣れのおかげでしょうがあまり近づき過ぎると魔力に当てられるかもしれないのでこの距離でお話することをお許し下さい…」


「それは構いませんが…香りなんて初めて指摘されましたわ。以前魔術師様に見て頂いた時はそのような事は何も…」


「おそらく分野の違いですね…僕達は研究職で普通の魔術師よりも魔華や魔石と関わることが多いのでその耐性があるんですよ」


「そうなのですね…」

そういえばあの御方は帝国騎士団の魔術師だとお父様が話していた気がするわ。


「えっと…では一応屋敷の中の案内をしますね。まずこの部屋は旦那様の寝室ですがほとんど使われていないのでそのまま使って頂いてもかまいませんが、もし気になるのでしたら掃除が必要ですが空き部屋をご案内します。右手が寝室、左手がお風呂場、お手洗い、洗面所となっています。」

そう話しながら部屋を出るアレン様に一定の距離を保ったまま付いていく。


「1階の大部屋は研究部屋として使っているので旦那様と僕は基本的にそこに居ます。後は僕の自室と台所の他は全て魔法道具などの保管庫となっていて危ないので入らないようにお願いします」


「食事はどうしていますの?」


「食事は朝晩の2回は近くの店に持ってきてもらうように頼んでいます。昼は旦那様も僕もあまり食べませんが簡単に済ませますね…一応台所の冷蔵庫には食料が入っているので好きに使って頂いてかまいません」


それを聞いたリディアーヌの青い瞳がキラリと輝いた。


「台所は好きに使っても良いのね?」


「あ、はい…」


「メアリー、ここにはお父様もお母様もいらっしゃらないわ」

お父様にもお母様にも止められても料理長と一緒に隠れて修行をした日々…!!その成果を試す時が来たのよ!!


「…そうですね」

メアリーはリディアーヌが何を考えてるか察した。


「ふふふ、殿方を捕まえるにはまず胃袋から…密かに練習してきたかいがありましたわ!!わたくしリディアーヌ・ロレンスは必ずコンラッド侯爵様を落としてみせます!!」


決意を口に出してメラメラと燃えるリディアーヌをアレンは不思議そうに見ていた。






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