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その花、萎れて枯れるまで  作者: 岩塩龍
その花、萎れてかれるまで
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×四輪目・約束.

己織の意識が戻らない。昨日からずっと。

 栽治は、三立特殊病専門研究病院の第2病棟の3階にいた。

 己織の個室で一日過ごしたが、己織は結局昨日一日目を覚まさなかった。

 今日は火曜日だ。卒業式は5日後の日曜日だ。

 辛うじて起きているもののまたいつ倒れるか分からない状態なので、ここに入院している。

 栽治は、己織の居る203号室のドアを開け室内に入り、ゆっくりドアを閉める。

 この病院は患者の数に対して、病院の大きさがかなり大きいので、十分に部屋がある。そして己織の個室も結構な大きさであった。

「あ、栽治くんきてくれたんだ」

「寝てなくていいのか?」

「別に大丈夫だよちょっと頭がぽわぽわして、体に力が入らないだけだよ」

「それは、大丈夫じゃないと……思う……」

 それは、もう大丈夫ではないだろう。もう、それは大病の部類に入るのではないだろうか。

 力が入らない。つまりほとんど動けないということである。

「そんなことはないよ……栽治くん……」

「む、無理はしないようにな」

 分かっていても、やっぱり気持ちは考えていたとおりにはならず、寂しいようなつらいような自分でもよく分からないような気持ち。決していいものではない、そう、もやもやした気持ち。

「ねぇ、栽治くん」

「何? 己織」

「私、ちょっと眠いの、せっかく来てもらったのにごめんね」

「いいんだよ、こっちこそごめんね無理させて」

「ううん、いいのじゃあね」



 後あと、4日。それが、卒業式までの残りの日数。

 けれど、私には関係ないことだ

 それまで、体のほうが持つかどうか分からない。けど、たぶん持たないだろう。

 これから、栽治くんを私から引き離すのは無理だろう。でも、それでいい。

 今日も、ものすごく眠い。

 これから、また少し寝よう。

 寝たら、そのまま、目を覚まさないなんてことになってもおかしくはない。それがちょっとだけ、怖かったけど 、あんまり気にはならないかな。

 次に起きたらいつになっているんだろう?とそんなことを気にしつつ、とてもとても深い眠りについた。



 ついに、明後日は卒業式だな。そう、その日に、もう一度告白したいな。

 それは、もう、お別れの言葉になるかもしれないけど、でも、それは、最初に約束した、約束だから……。その約束を守りたいし、守ってほしい。それが、俺のわがままであろうことは分かってはいるけど、最後くらい俺のわがままに付き合ってほしいな、そう、最後だからこそ、このわがままみたいなお願いを聞いてほしい。いままで、己織のわがままに付き合ってたんだから、今度くらいは、最後くらいは俺のわがままに付き合ってくれあってくれてもいいだろう。

 そう、思いながら、俺は己織の病室に入る。

「あ、今日も来てくれたんだ、栽治くん」

「まぁ、な」

「いつもありがとうね、でも、今日は眠いから……ね」

 やっぱり己織は今日も眠いようだ。

 昨日はいつもよりはよかったようで少し話をすることができたのだが、今週は昨日だけしか、話をすることはできなかった。

「己織、悪いけど、ちょっといいか?」

「うん? 別にいいよ」

「己織、約束覚えてる?」

「約束って、どの約束?」

「最初の約束だよ」

「あ、その約束ね……それは、もういいんじゃないかな?」

「なんで?」

「だってもう、いいじゃん、もう付き合ってるんだしさ」

「そうじゃないてさ、俺は、これは、約束のような気がするんだ」

「うん……そりゃあ約束だし……」

「いや、そういう意味じゃなくてさ……俺たちが一生両思いであるという約束……みたいなものかな……」

「……そう、じゃあ……そこまでは……生きてないといけないね……」

 もう少しだけ、つらいかもしれないけど、それまでは生きて、返事がほしいかな。

「……もう、眠いから……毎回ごめんね……」

「別にいいよ、気にしなくてもさ。それより、こっちこそごめんね。つらいはずなのに、無理させて」

「別に、つらくはないよ、ただ……眠いだけ……」

「それじゃあ、また明日ね」

「うん、じゃあね」



 最初の約束。


” あの……卒業式までまって…もらえますか? それまで友達でいて……卒業式のときに……返事をしますので…そのとき、もう一度告白してくださいますか? ”


 最初は振られたと思ったけど。

 その言葉は、本当で、嘘だった。

 そして、今は別の意味で捉えられてる約束。

 最初とはだいぶ意味は変わったけど、今はこれが目標で、終着点になっている。

 これは、俺と己織の最初にした約束で、最後にする約束なのだろう。

 俺の思い……一生己織に恋をすること……

 これは、己織もたぶん一緒なのだろう。

 今なら、はっきり言える自信がある。


” お互いの気持ちは本物だということ ”


 だから、俺は、己織のことを好きであり続ける。

 それは、己織がいなくなった後も、同じだ。

 だから……だから、己織には、安心して待ち続けてほしい。

 俺は、自害なんかはしないから、長くなるかもしれないけど、ずっと待っていてほしい。

 もう少し、もう少しだけ、一緒に居よう。

 その時間も、ただ過ごした時間も、楽しかった時間も、全部……全部の時間が、俺のこれからの糧になる。それだけで、いくらでもがんばれる気がする。

 だから、もう少しだけでいい、一緒に居よう。

 本当は、ずっと一緒に居たいけど、早くても、遅くても、そういう風にはならない。

 でも、もう少し……もう少しだけ、一緒に居たいな。



 己織が落ちた深い眠り……それは、気絶に限りなく近い眠りかた。

 いつもと変わらない眠りの落ちかただったが、それは、睡眠ではなく気絶だった。


 三月十三日 日曜日 午前九時 尼子己織 容態急変 状態はきわめて危険


 いつ死んでもおかしくはない状態らしい。

 このまま、目が覚めない。そんなことは考えて悪はないが、どうしてもそうなってしまうことを思い浮かべてしまう。

 あと一日。あと、一日だけ……待ってほしい……。

 己織が死ぬことは分かっていたことだったが、実際に己織の死が目前に迫ると、それが本当だと実感する。

 自分では、己織の死のことも覚悟したいたつもりだったが、いざとなるとやっぱりそれを受け入れることができない。受け入れたくない。

 俺は、弱くて、いつも何もできなくて、サボってばかりで、すぐに誰かに頼ってしまうし、取り得なんて何も無いような、人間だけど、それでも、己織は俺のことを好きだといってくれた。俺のことを家族以外でそういう風に思ってくれるのは、己織が初めてだったかもしれない。

 中学に入ってから、だんだん孤立していって、今は、友達らしい友達は数人しか居ない。それも、友人といっても実際はそこまで深い関係でもなく、表面上の付き合いに近かった。一緒に遊ぶにしても、出かけるにしても、友人とまではいかないような感じだった。そう、ちょっとだけ離れたところに居る誰かとなにかをしている感覚。どことなく、遠慮してるといえばいいのだろうか?みんなそんな感じで、友人は友人でも、親友ではなく、ただの知り合いでしかなかった。

 でも、己織は違った。そういうのがなくて……言葉にはできないような、気持ちになった。

 たぶんこの気持ちは、恋なんだろう。

 もっと、ずっと一緒に居たいし、もっと長く一緒に居たかった。

 もっと、早くお互いの気持ちに気づけていたら、なんてことを思う。

 俺は、本当の意味で隣に人が居る感覚というものが何なのかを知った。

 だから、俺は、己織を好きで居続けようと思ったんだろう。

 だから、だから、もう一度、もう一度でいいから目を覚ましてほしい。そうじゃないと、最後の言葉が伝えることができない。

 だから、だから、だから……この約束は、守らないといけない。

 何もできない自分にむしゃくしゃしながらも、俺は、己織が寝ているベットの隣の椅子に腰を掛けて、ただ、もう一度だけ目を覚ますことを祈り続けた。

 その間、俺はそれ以外のことを何も考えることが、できなかった。

 時間は、ただただ、流れて行く。

 気づけば昼が来て、日が沈み、夜が来て、月は昇る。

 気づいたら、時計は2時を指している。

 日付としては、もう、三月十四日である。

 そう、約束の日。卒業式の日である。

 でも、己織は目覚めることなく、日が昇り始めた。

 もう、目覚めることはないのだろうか?そんなことすら考えてしまう。

 まだ、己織は生きている。だから、目覚めることを祈り、信じ、ずっと隣で、待っていよう。もし、もし己織が目覚めなかったとしても、最後まで隣にいたい。

 だから、隣で待ち続ける。俺は、己織を待ち続ける。いつまでだって待ち続ける。

「この気持ち、まだ、伝えてないんだからな……だから、目を覚ましてくれ……あと、一度だけでもいいんだ……」

「……さい……じ……く……ん……?」

 願いが通じたのか、己織は目を覚ましていた。

「こ……おり……?」

「……ど……う……したの……?」

「己織、今日は……今日が、卒業式の日だよ」

「………そう」

「だから、己織に伝えたいことがあるんだ」

「………うん、わかった」

「己織」

「……はい……」

「これからも、これからもずっと、ずっと、付き合ってください」

 これで、俺の約束は終わり。後は、己織の返事でこの約束は終わりである。

 けれど、俺の思っていた返事と実際の己織の返事は違っていた。

「……ごめんなさい……ありがとう……」

「………え?」

「……私……じゃなくて……ほかの……人を愛して……さい……」

「己織、ちょっとまっ……」

「さよ……なら……あり……が……と……う……」

 己織は目をゆっくり閉じた。

「ちょっと……まって……ちょっと、まってよ……」

「もう……ねる……ね……」

 そして、己織はもう、目覚めることのない、眠りについた。

 それは、栽治にとってその世界が終わった瞬間だった。

 世界が終わった瞬間目の前が真っ白になり、栽治は目が覚めるように、眠りに落ちてしまった。

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