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01


慌てて目を逸らされるか、顔を真っ赤に染めるほど怒らせてしまうか。

何時も何故だか他人を不愉快な気持ちにさせてしまうらしい。

ユーフェリウスは外出の度に陰鬱な感情で表情を曇らせていた。


「あの、すみません」

「はっはい、何でしょうかっ」


あぁ、またか。

どう頑張って柔らかい表情を意識してみても、やはり相手を怖がらせてしまうようだ。

ユーフェリウスと歳も近いであろう目の前の女性は、こうして会う度に目に薄く涙を浮かべ顔を赤らめる。

毎回泣かせてしまうほど怖がらせてしまっているようだ。

その事実にユーフェリウス自身、すこし哀しく思うがそれも何時ものこと。

彼女には可哀想だけど、この一瞬だけは我慢してもらうしかない。


「注文していた物を引き取りに来たのですが」

「・・・・・・・・」

「・・・・あの」

「ッ、あ、すみません!お引き取りですよね!えぇっと、エルヴィーラ・フォン・エルヴァンスティーフ公爵夫人の物でお間違い無いでしょうか?」

「はい、母の物で間違いないです」


母は無類の紅茶好きだ。

ブランチ後の午後の紅茶(アフタヌーンティー )を楽しみたいが為に、毎日のように友人であるご婦人方とお茶会を開いているくらいだ。

まぁ、その紅茶に拘りがあり過ぎで、毎回取り寄せて貰わなければならなく、しかもそれを使用人ではなく、ユーフェリウスが取りに行かなければならないのは少しだけ面倒なんだが。








包装された紅茶を受け取り、待たせていた馬車に乗り込む。

腰を落ち着かせると、軽い溜め息と共にふっと肩から力が抜けるのを感じる。

意識しない間に気を張っていたのかもしれない。

やはりあまり他人の視線にさらされるのは好きにはなれない。

視線が合うだけで怖がらせてしまうことを考えると、自室で静かに本を読んでいる時の方がよっぽど気が楽に感じられる。


「ユーフェリウス様、このままどちらかお出でになられますか?」

「いや、もう用は済んだから」

「畏まりました。ただ・・・奥様からユーフェリウス様をこのまま街にお連れするようにと申し遣っておりまして」

「母さんが?どうして」

「はい。ユーフェリウス様が近頃、旦那様のご用事でしか外出なさらないとお嘆きになられておられました。そこで私めにユーフェリウス様と”遊んでくるように”と」


ユーフェリウスが生まれる以前からエルヴァンスティーフ家に仕えている従僕(フットマン)のアズトレ。

壮年の男で茶の髪と瞳で、目元に刻まれた皺が実に穏和な空気を醸し出す。

だがそれも、今は少し気遣わしげな表情に隠されている。


「”遊んで”かぁ」


母の気持ちは有り難いことだが、やはり今は帰りたい。


「母さんには悪いけど、やっぱり帰ることにするよ。屋敷(マナーハウス)に向かってくれる?」

「畏まりました」

「悪いな」

「いいえ、ユーフェリウス様のお心が穏やかであられることが、エルヴァンスティーフ家に仕える使用人全ての願いでございますから」

「そうなのか?」

「はい、そうでございます」

「そんなことに願いを使ったら勿体無いな」

「いいえそのような!我らの真の想いでございます」

「お前達は、皆とても優しいからね」





貴族の子息なら誰もが必ず幼少期を過ごす学術院を卒業してから早二年。


いずれ父に続き公爵(クライスト)の位を継ぐであろう兄を支えるべく、父の秘書の真似事のようなことをしてきたが力及ばず、父には何時も迷惑を掛けてばかりだ。

兄であるライトリヒはもう既に父の仕事の半分を請負い、領地を巡り領民を支えているというのに。





「父さんとラルフ兄さんの支えになりたくてこの二年を必死に過ごしてきたつもりだけど。本当に”つもり”だけだったのかもしれないな」

「ユーフェリウス様、決してそのような・・・」

「アズトレ。己の力不足は私が一番良く理解しているつもりだよ」

「ユーフェリウス様・・・・」

「あぁ、すまない。このような話をしていては鬱陶しいな。暗くなるから止めておこう」

「・・・そうでございますね。では屋敷(マナーハウス)へと向かいます」

「頼むよ」




少し悲しそうな目をしながらアズトレは御者席へと向かって行った。



口から一つ、溜め息が落ちた。



使用人たちを困らせるつもりは無いのだが、このような弱音を両親や兄に言うわけにはいかない。

それは決して家族を頼れないのでは無く、心配を掛けたくは無いからだ。

両親、兄ともにユーフェリウスには殊更甘い。

弱音を吐こうものなら、全てを放り出してでもその原因究明と対処に追われることだろう。

だけど、それは決してユーフェリウスの望むところでは無い。


護られたいのではない。

護りたいと大口を叩きたいのでもない。

共に歩いていきたいのだ。


エルヴァンスティーフ家を、領地を、民を、共に支え合える仲間に加わりたいのだ。

だけど、今の己にはそれが出来ない。

その機会を何度も与えられているにも関わらず、満足に役目を勤め上げられずにいる。

ユーフェリウスは己が情けなくて仕方がない。












「ユーフェリウス様?」


アズトレの声に意識が浮上したのを感じた。


「・・・・すまない。少し眠っていたようだ」

「いいえ。お屋敷に到着致しましたが・・・・ユーフェリウス様、とてもお疲れのご様子です。少し早いですが、ミメットに湯の用意をさせましょうか?」

「いや、そこまでは。大丈夫だ、少しウトウトしただけだから」


心配げな顔のアズトレの心遣いを嬉しく思うが、本当に少しウトウトとしてしまっただけ。

体調には何ら問題は無い。


「それに、これを早く母さんに渡さないと。あまり長く待たせて、拗ねてしまっては後が大変だ」


手に持った可愛らしく包装された紅茶を軽く振ると、アズトレの表情も緩み、微笑んだ。


「そうでございますね。奥様もユーフェリウス様をお待ちでしょうから、あまりお待たせしてはいけませんね」

「私というよりも、紅茶が一番だろうけどね」


軽く冗談を交わしつつ馬車を降り、少し強張った体を伸ばしながら玄関番(ポーター)の立つ扉へと向かう。


「お帰りなさいませ、ユーフェリウス様」

「ただいま、ノルディン。お勤めご苦労様。今日は日差しも強くて暑いから、ちゃんと水分をとって、無理をしてはいけないよ」

「はい。お心遣いありがとうございます」


ノルディンが開いた玄関扉を抜け、エントランスへと足を進める。

エントランスにはユーフェリウスを出迎える為に、使用人たちが両脇に並んで待っていた。




お帰りなさいませ ユーフェリウス様




大きく広いエントランスに静かに響く、使用人たちの声にユーフェリウスは微笑んだ。




「ただいま。お出迎えありがとう。ところで、母さんがどこにいるかわかる?」








主人公:ユーフェリウス・フォンクライスト・エルヴァンスティーフ(ユーリ)

母:エルヴィーラ・フォン・エルヴァンスティーフ

従僕(フットマン):アズトレ

兄:ライトリヒ・フォンクライスト・エルヴァンスティーフ(ラルフ)

家女中(ハウスメイド):ミメット

玄関番(ポーター):ノルディン

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