【 天魔七ツ胴 】胴 一 連
【 天魔七ツ胴 (てんまななつどう) 】
首代官・骸屋
ただ、ぬっとりとした生暖かい夜気が、新開地の仕置台をどす黒く包み込んでいた。 風ひとつない。虫の音すら、跡形もなく絶え果てている。 その五感を押し潰すような完全なる静寂のなか、血の臭いがねっとりと染み付いた闇室に、ただじっと佇む怪物がいた。
お上の法では裁けぬ悪党を、闇から闇へと処刑する裏の執行組織。
『 首 代 官 ・ 骸 屋 (くびだいかん・むくろや) 』
その組織を漆黒の羽織で統べる、絶対の支配者。
元締め:『 夜 鴉 (よがらす) 』
深夜の江戸八百八町を見下ろす鴉の如く、すべての悪党の動向と「死期」を把握する男。 その夜鴉が「骸屋の警告」を無視して暴走した新興極道『荒金組』を根絶やしにするため、静かに右手を振り下ろした。 放たれたのは、言葉を持たぬ生ける凶器。
「 胴 一 連 ( どういちれん ) 」
彼は一切の感情を持たず、言葉を発することもない。 その体躯は、ただの巨漢とは一線を画していた。まるで土俵に君臨する大関か、あるいはそれを凌駕する古の力士のように、無駄な贅肉などひとかけらもない、強靭な脂と筋肉が異様に膨れ上がった「あんこ型」の巨躯。はち切れんばかりに太い二の腕は、それ自体が人間の胴体ほどもあり、黒い晒を巻いた極太の首が、闇のなかでぬうと蠢いている。
大男が、丸太のような両腕を背へと回し、音もなく引き抜いたのは、三尺(約九十センチ)以上の非常に大きな太刀、すなわち大太刀。
名を、
【 天 魔 七 ツ 胴 ( てんまななつどう ) 】
という。 それはどこからか大男の手へと渡った、かつて一度の斬撃で積み重ねた七つの死体を両断したという血塗られた試験からその名が刻まれた、呪わしき処刑刀であった。
そこには、剣客同士の華々しい果し合いなど存在しない。 あるのは、一方的な処刑と、底なしの恐怖だけであった。
暗がりに並べられているのは、荒金組の手下たち、計七人。 彼らは全員、頑丈な捕縄で猿ぐつわを噛まされ、身動き一つできぬまま、重なるようにして横たえられていた。
大男は一言の言葉も発せず、拷問によってすでに骨の砕けた男たちを、ただ事務的に、隙間なく積み重ねていく。 一、二、三……。 重ねられるたびに、男たちの口から、恐怖と絶望に満ちた嗚咽が漏れる。だが、力士を思わせる大男の、肉に埋もれた細い眼孔には一点の慈悲もない。
七人の身体が、仕置台の上で一つの巨大な肉の山となった。 水を打ったような静寂のなか。
大男は【天魔七ツ胴】を上段へと、厳かに振り上げた。刀身全体に不気味な模様が入った皆焼の刃文が、じっとりと照らす月光を浴びて天魔の顔の如くのたうち回る。 大男は無言のまま、ただその圧倒的な怪力と、自らの肥満した体重、そして大太刀の重量に任せ、肉の山へと刃を真っ直ぐに振り下ろした。
――ずぉん。
肉と骨が、その圧倒的な質量にねじ伏せられ、まとめて両断される地響きのような怪音。 相州伝の呪いの鉄は、重ねられた七人の胴体を、一片の滞りもなく一刀両断にせしめた。
――あ。
絶叫すらならぬ、猿ぐつわを食い破る肉塊どもの微かな排気音。 次の瞬間、仕置台から赤黒い血の滝が溢れ出し、新開地の石畳を一気に染め上げた。
身悶えする暇もない。 一振りのもとに全員が即死。
ただ一刀、それだけであった。
大男は、死体の山に向かって一切の言葉をかけない。 刃の表裏をぞんざいに懐紙で拭い去ると、冷徹な金属音とともに鞘の奥へと鋼を埋葬した。 無風の夜気は、泥に染み込んだ生臭い死臭を、ただそのまま、現世の闇の奥へと重く沈殿させていく。
翌朝、陽が昇り始めた新開地の広場は、凄惨極まる地獄図絵そのものであった。
昨日まで息をしていた身内どもが、仕置台の上に一列に並べられている――いや、それは並べられているという綺麗なものですらなかった。 七人の身体は、文字通り「お椀をひっくり返した」かのように、胸の下から綺麗さっぱり真二つに断ち切られていた。上半身と下半身が完全に泣き別れになり、内臓が、まるで屠殺場の牛馬のように石畳の上へ引きずり出され、どす黒い水溜まりを作っている。
何より恐ろしいのは、その切り口の滑らかさだった。骨も、靭帯も、衣服の布地も、すべてが一度の淀みもなく平滑に断たれている。どれほどの得物を用いれば、どれほどの化け物の力があれば、人間の身体を七人も重ねて、これほど「易々と」両断できるというのか。
変わり果てた手下どもの姿、確実に人間の仕業ではない、いまだに広場に立ち込める、鼻を突き刺すような濃密な血と胃液の混ざり合った臭い。
それを一目に捉えた荒金組の親分・『荒金の権三』は、喉の奥からヒィ、と情けない悲鳴を漏らし、その場に崩れ落ちた。膝の震えが止まらない。股間から温かいものが漏れ出すのすら気付かぬほどに、彼の魂は完全に叩き潰されていた。
ただ呆然と、肉の断面を凝視しながら、ガタガタと顎を鳴らして親分は呟いた。
「こんなことできる奴は……天魔にちげぇねぇ」




