第1話 王子様と影
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「――というわけで、これからはお前が〝レイリー・レイ=ギアス〟だ。大公領について、よろしく頼んだぞ」
堅牢な石造りの薄暗い室内に声が響く。
声の主は、そこそこに年若い男と思われるが、その見た目から年齢を窺い知ることは難しい。
異様な風体。
目元から鼻までを覆う、薄い金属製の仮面を装着し、その上でローブを目深に被っており、顔は口元くらいしか露出していない。
ただ、それほど上背は高くないが、その立ち姿はごく自然なものであり、そのいかにもな怪しげな姿も堂に入ったもの。少なくとも、昨日今日にはじめた仮装や変装ではないのが窺い知れる。
「それが私に与えられた御役目なのは承知しているのですが……本当によろしいのですか?」
応じた声の主は年若い男。こちらは仮面やローブなどは身に纏っておらず、見たままですぐに判別できる。
淡い金糸のような髪に翡翠のような深い緑の瞳。
見る者が思わず振り返るほどの整った顔立ち。
すらりと背が高く、それでいて鍛えられ引き締まった体躯を持つ。
まさに美丈夫。
また、その身に纏う衣服は一目で上質なそれと分かるほどの物であり、それらがごく当たり前に馴染んでいる。着こなしている。
彼がただの平民でないのは一目瞭然。
「……なにがだ?」
「いえ……この度の婚姻と新大公家の発足は、両国の正式な調印によるものなのですよ? それに、お相手となるルーシア王女は大層な美姫であるともっぱらの噂です。政略とはいえ、バルアス王国において〝剣の聖女〟とまで称される姫君を娶るなど……この上なく名誉なことでは?」
それほど広くない室内には、魔導灯の淡い灯火に揺れる四つの人影。
怪しげな仮面とローブコートを纏うのは唯一人だけ。
場の雰囲気は、まるで仮面の男を他の三人が追い込んでいるかのよう。
「ぐッ! ま、まだ言うか! なーにが剣の聖女だッ! 戦場で騎馬兵として剣や槍を振り回すような女が美姫はわけあるかッ! 伝承に語られる大鬼のような厳しい女に決まっている! そもそも敵国が流した噂など当てになるか!」
「確かに噂など当てにはなりませんね。ですが、むしろオーガのような姫であれば、それこそ蛮族だの死神だのと呼ばれる殿下にはお似合いでは?」
「俺は小柄で嫋やかな乙女が好みなんだッ! ……って誰が蛮族だッ! 誰が!? 不敬だろうがッ!」
話の通じなさに、思わずどしどしと地団駄を踏む仮面の男。
部屋の中には呆れたような色の空気が充満している。言葉を発していない二人の表情も明るくはない。仮面とローブの男に……殿下と呼ばれた男に対して、あまりいい感情を抱いていないのは確かだ。
「殿下。いい加減諦めて下さい。もちろん、私は殿下の〝影〟として身代わりを務めますが……殿下自身も〝レイリー殿下の護衛の一人〟として、大公領へ一緒に赴いていただかなければ……」
「だから! それがおかしいだろ!? どうしてわざわざ本物がお前と一緒に行動せねばならんのだ!? 〝影〟の意味がないだろうが! お前が〝レイリー王子〟として務めを果たせばそれで済む話だろ!? そ、それにだ! 既にユーリア国内であっても、お前こそが〝レイリー王子〟だと知られているのだから、今さら本物なんか要らんだろうに!」
見てくれは怪しいことこの上ないが、仮面とローブの男は王子様。
他の三人は臣下であり、駄々を捏ねる王子を説得せんとしている――そんな構図が浮かび上がってくる。
ただ、呆れたような空気感を醸し出している臣下たちだが、言い分の中身については、実のところ筋が通ってるのは仮面の王子の方だ。
「バルアスの姫君と我がユーリアの王子が婚姻し、新たな大公家となるのはすでに決まったことです。これまで通り、私は影として〝レイリー王子〟を演じはしますが、流石にバルアスの姫君に私が夫として触れるわけにはいきません」
「だ、だから! 護衛という設定で俺が大公領へ行くなら、王子の護衛がバルアスの姫に触れることの方がおかしいだろッ!? ――ふぅ……というより、そもそも婚姻はすれども、〝レイリー王子〟と姫君が閨を共にするどころか、それこそ夫婦として並び立つ機会すらないだろうに……両国は五十年に渡って争い合って来たんだぞ? 今回の大公領云々はお互いが牙を研ぎ合うための時間稼ぎでしかない。時が満ちればご破算となるのは目に見えている。姫との夫婦生活を心配する必要もない」
「だからこそ……殿下には大公領で過ごしていただかねばならないのです。バルアスが暴挙に出た際に悲劇の大公となるために。ま、要するに大公領で死ねということです」
まるで行きずりの知人に天気の話をするような質感で、影たる美丈夫――ディランが物騒な言葉を口にする。
「くっそ! 兄上めッ! 邪魔者扱いで辺境送りにしたくせにッ! 都合が悪くなったら損な役割だけをこっちに押し付けやがって!! そもそもバルアスに起死回生を許したのも、戦下手な兄上の差配が原因だろうが!」
仮面の王子は拳を握り悪態を叫ぶ。積年のなにかしらを込めて。
「殿下。過去を憂いても現実は変わりません。王太子殿下が指揮を掌握するのを許してしまった時点で、我がユーリア王国の命運は決まってしまったのかも知れません。さ、どうか諦めて、我々と共に大公領で死にましょう」
「ディランッ! 忠義に篤いなら、ここは『殿下だけでも生き延びて下さい』だろうが!!」
言葉は通じているものの、どうにも噛み合わない二人。
死地である大公領なんぞに本気で行きたくない王子と、そんな王子を『いつまでも駄々をこねないで』という温度感で説得する侍従。
噛み合うはずもない。
「いえいえ、殿下が〝レイリー王子〟の護衛として控えているだけで違いますから。私が〝レイリー王子〟として大公領へ赴いただけでは、下手をすれば、初日にあっさり暗殺されてしまいます」
「〝悲劇の大公〟を気取るならそれでもいいだろッ!?」
「ふぅ……殿下も分からない人ですね? 大公領でユーリアの王子が死ぬにしても、それなりの準備が必要なのです。バルアス側の怨み辛みだけで暗殺されるなど……無駄死にでしかありません。民衆らも『早過ぎる』と呆れ果てるでしょう。商いの基本ですよ? 値が上がった時が売り時なのです。そのためには、まず相手にそれほどの価値があると思わせる仕込みが重要となりましょう」
「……」
長らく続いた戦の講和として、お互いの王族同士が婚姻し、両国の緩衝地帯として新たな大公領を発足させる。
ただし、両国ともに、それらが時間稼ぎでしかないのは承知の上。
この度の講和の最大の理由は、将兵を含め、民衆の間に広がった厭戦気運。ようするに戦疲れだ。
せっかく戦が終わったというのに、大公領にてあっさり王子が殺されれば、さっそくに変事が起こったなら……逆に民衆は激発しかねない。
ディランはそれを説く。大公領で死ぬにしても、状況を整えてからだと。
「ふぅ……あーあー分かってるよ。今さら言われなくとも理屈はな。だが、どうにも俺が納得できんのは……どうして〝本物〟が〝影〟を護衛せねばならんのかということだ! 普通は逆だろッ!?」
仮面の王子――本家本物たるレイリーが吠える。結局のところ、彼に求められているのは、〝レイリー王子〟の護衛としての役割だ。
「いえ、もうそれは殿下の自業自得では? 貴族社会や王宮政治を嫌い、辺境送りを大喜びしてたツケが回って来たとしか……しかも、辺境でおとなしくしてればいいものを、名もなき将兵として戦場で功を上げたのは誰だという話です。そんな仮面まで被って……下手に勇名を馳せてしまい、逆に仮面を脱げなくなったのは、まさに殿下ご自身の所為でしょう?」
「ぐ……ッ!」
淡々とディランは詰める。誰の所為だと。
「社交にしても、ことあるごとに〝影〟である私を盾に逃げ回っていたではありませんか? 殿下の心情は分からないではありませんが……妹のミランダ殿下までが『お兄様の素顔を忘れてしまったわ』などと仰られていましたよ? この度については王太子殿下に厄介事を押し付けられた形ですが……正直なところ、これまでのレイリー殿下の立ち回りが下手だったとしか……」
「うわぁぁぁッ!! それ以上は言うなッ!! 俺だって分かってるんだからさぁぁッ!!」
こうして、バルアス側から〝死神〟と恐れられた仮面の勇士を護衛として引き連れ、ユーリアの〝レイリー王子〟は大公領へと赴くことになりましたとさ。
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