2-2 着任
恒星暦567年11月10日 地方暦57年1月10日
惑星メダリア 惑星メダリア駐屯第34機動歩兵連隊第2大隊C中隊
新品の少尉に出来ることは少ない。これは、機動歩兵であっても宇宙船の士官であっても同じだ。色々学んでいたとしても、インプットとアウトプットは違う。アウトプットにしても、教育機関でのアウトプットと現場は違う。教育機関の想定事例はあくまで想定事例。典型的な事例をもとに訓練計画者の経験に基づき作成される想定だ。しかし、現場はそれぞれに違う。士官学校の訓練計画者になれる人間が赴任するのは艦隊士官か艦隊陸戦隊士官。惑星駐屯機動歩兵隊勤務、それも不人気な辺境惑星機動歩兵隊経験者はまずない。
第34機動歩兵連隊は、辺境惑星群の地上における連邦プレゼンスを体現する部隊の一つだった。もちろん、理屈は別にある。
200年前終了した異星人との戦い以来異星人との公式交戦記録はないが、人類種より科学技術の進んだ(少なくとも恒星間移動が可能な敵対的)異星人が現れたとき、その惑星にいる人類種を地上で守るために存在しているというのが建前だ。
実際進んだ技術を持つ宇宙人が惑星上空の制域権を握った場合、質量弾攻撃を受け、たいしたことをすることも出来ず、ただ死ぬしか出来ないだろう。それでも、守るべき者のために死ぬ、という行為は連邦政府にとって必要な儀式である。
250年前に戦争を仕掛けてきた異星人は、人類種より科学技術は進んでいなかったが、それでも8つの惑星系が襲われた。それぞれの惑星系で民間人を守るべく機動歩兵達が血を流し、そのうち1つでは実際に救援が来るまでに人類種を守り抜くことに成功している。
現在、敵対する異星人は人類種の世界の周辺には確認されていないが、いつ現れるか分からないし、かつて敵対した異星人が再び人類種の領域を脅かさないとも限らない。さらにいうと敵は異星人だけではない。海賊出没星系では何故か不必要に充実した装備の宇宙海賊に襲われる可能性もある。とはいえ、常に戦時を想定して目をつり上げろ、と言っても緊張感を常に維持できるほど人類種は気力に満ちた存在ではない。特に海賊出没星系でも既存の異星人と面した辺境惑星地帯でもない後方の辺境惑星地帯であれば、定員も充足されず、機材も旧式になりがちだった。
「ようこそ、マチダ少尉。C中隊にようこそ、歓迎するよ。」
大隊長室で着任報告後練兵場に移動したケンタは、ちょっとした訓示を受け、連隊長からの第2大隊C中隊付にするという連隊内の辞令を、整列する機動歩兵達の前で受領した。
儀式と言えば儀式だが、マチダケンタ、という青い髪に紫の瞳をした20歳男性が、宇宙軍少尉であり、C中隊付としてC中隊の指揮命令系統に存在することを周知するための必要な儀式だった。この儀式があるから、A中隊の下士官兵は新たな情報があるまでケンタの指示を受けても聞く必要は無いし、C中隊の下士官兵にしても、あくまで付であり、週番士官や演習地で小隊長に任命されることがない無い限りその指示はあくまで付の発言であることが分かる。
「中隊長殿、ありがとうございます。」
辞令交付式のあと、士官室に移動したケンタに、中隊長のマチルダ・ハウエル大尉は席を勧めた。
大尉が着席した後、対面の椅子に座る。まわりには、中隊付の少尉が二人それぞれ壁に寄りかかり、ケンタを値踏みしていた。機動歩兵隊の中隊は、中隊長と隊付が2、3人。そして准士官や下士官が10人ほど。平時であれば、辺境惑星での駐屯地における兵隊達は20人前後。あとは現代の補助兵である戦闘アンドロイド達。見る限り、士官学校または予備士官学校学校出身はケンタと中隊長。少尉たちは兵卒からの抜擢組のようだった。
「士官学校を卒業した少尉がこの大隊に来るのは50年ぶりらしくてね、皆さん緊張しているんだ。」
ということは、ハウエル大尉はどこかの大学を卒業して、予備士官学校を経て任官したのか。略綬を確認する。そんなに軍歴は長くないが、短いと言うほどでもない。
「マッサウア星系出身、そこの大学を出たあと、予備士官学校に入ったんだ。大学で出会った旦那がここの高等弁務官事務所に勤めていね。この大隊に居させてもらっている。」
左手の結婚指輪をひらひらさせながら大尉は言った。予備士官学校出身ということは、20代のように見えても30過ぎから40前くらいか。ケンタは当たりをつけた。
抗年齢処置が一般化している現在、昔の30代のような外見をした50代や60代はゴロゴロしている。とはいえ、生殖系だけは抗年齢処置では如何ともしがたく、卒業前に何回か分の体外受精用素材とクローン部品作成用の細胞はケンタは提出していた。前者は戦死した際や年単位の作成行動を取る際、配偶者が希望した場合提供するため、後者は事故があった場合、欠損した体の部品を作り直すための素材だった。体力を維持するため、25歳を過ぎた軍人は、抗年齢措置を受ける義務があった。
「こちらは」
砕けた感じで壁際に経つ二人を紹介する。
「カサートキン少尉と」
スラブ系の角張った顔の中年男性が、ということは退役前くらいの年齢だろう男性が、無表情に頭を下げる。略綬を見る限り、機動歩兵のなかでも艦隊機動歩兵隊勤務が長いようだった。戦闘徽章と銀星勲章をつけている。敬意を払うべきと士官学校で教えられた実戦経験者だった。
「バトボルド少尉だ」
モンゴル系の名残かのっぺりとした顔のバトボルドが笑みを浮かべ、右手を上げた。こちらは機動歩兵は機動歩兵でも爆弾処理班の経歴が長いようだった。こちらも50回の出動を称える徽章をつけていた。そういえば、この惑星は射爆場だった関係で年に何回か不発弾処理班が出張るんだった。それにしても50回以上も爆弾処理に出動をするには何年処理班にいるんだ?
「マチダ・ケンタです。」
椅子から立ち上がり、自己紹介をする。といっても、名を名乗る程度。新品少尉にそれ以上はない。士官学校卒業生であることは中隊長が紹介してくれている。
「で、夕方の点呼まで時間があるから、君の身の上話を聞きたくてね。本当はバーで飲みながらなんだろうけど、君、早速下宿を取っちゃっただろ?時間も無いことだしここで話をしてもらおうかな、と。」
手渡されたのは、ビール缶だった。アルコールは入っている。夕方の点呼まで時間はあるのでアルコールは抜けるだろうが、早速の現場と言った感じだった。とはいえ、中隊長と両少尉がタブを開け、一口飲むまでケンタはタブに手をつけなかった。
「軍人家系なんだろ?どうしてこんな所を希望したんだい?大丈夫、軍曹達が兵隊達の面倒を見てくれているから一杯位は大丈夫さ。」
ビールは苦手だった。軍役についた時点で成人と見なされたあと、苦い思い出しかない。でも、渡されたなら飲まざるを得ない。
「どこから話しましょうかね」
ケンタはあまり自分の家族のことを口にするのは得意ではなかった。士官学校で昔、自分の親や祖父のことを口にした際、サラブレッド呼ばわりされ、意味も無く敵視する上級生や同級生が現れたことがあったのだ。
「どこからでもいいよ。」
顔に出ない体質だからか、二本目に手をつけながら大尉は口にした。
「何しろ50年ぶりに着任した士官学校卒業の少尉殿のことを、隣の星系の連隊長殿からそこに立っている当番兵まで皆噂していたからね。」
仕方が無い、話すか。
「分かりました。」
ケンタは覚悟を決めた。