2-3 身上
恒星暦567年11月10日 地方暦57年1月10日
惑星メダリア 惑星メダリア駐屯第34機動歩兵連隊第2大隊C中隊士官室
何から話そうか。順がいいか、逆がいいか。
「好きにしていいよ。」
心を読んだかのようにハウエル大尉がビールを一口飲み、促した。
「ご存じのとおり、父も母も、叔父も職業軍人でした。」
ケンタは、士官室の壁に張られているカレンダーに焦点を向けながら話し始めた。
「何代前か前までかは分かりません。代々職業軍人です。父方の祖父も職業軍人で、今も現役です。どこかの機動艦隊司令長官をしているはずです。母方も職業軍人だったと聞いています。」
電子ペーパーのカレンダーには、予定が記載されている。新年の中隊規模での訓練はじめは明日から14日まで。おそらく、訓練の目的は新人少尉に自身の能力を思い知らせること。
「父は、2年前、宇宙海賊討伐で戦死しました。母は私を産んだ後退役し、8年前現役復帰したあと通勤中に妹と公死にました。」
そう、かわいそうな母と妹。マチダ家の一員として無用に肩肘を張っていた母。通勤中の車両で、建築資材を積んだ車両に続いて走っていた所、固縛が不十分な積み荷が落下し、運転席を直撃したのだ。まだ2歳の可愛い妹は、その日欠損部位が生じた場合にクローンを作成するための遺伝子情報登録のため幼児教育機関ではなく軍病院に行くため同乗していたのだった。落下した鋼材は運転席の窓ガラスを破り、母子の頭部を破壊した。これが頭部でなければ最悪成体クローンによる脳移植でなんとかなったはずだ。でも、頭部では。
遺体の確認は、父が行った。ケンタは、頭部付近に覆われた赤く染まった布に触ることすら許されなかった。可愛い妹の体は無理矢理人体のかたちに揃えられたのだろうか、右手と左手の位置が逆だった。
そのあと、父は感情を失ったかのようだった。職務に邁進して全てを忘れようとしたのだろうが、自分に長男が居ることすら忘れたように職務に邁進したのだ。父方の祖母が応援に来てくれなければ12歳だった自分はどうなっていたか分からない。
「自分は、」
おそらく、士官学校を希望する、という選択肢以外を口にした瞬間、父は自分の存在を記憶から抹殺したことだろう。いや、士官学校に行ったあと父の記憶からは自分の存在は抹殺されていたはずだ。帰郷しようにも父は海賊出没空域での艦隊機動歩兵勤務を希望しており、面倒を見てくれた祖母も他界してしまいケンタに帰るべき家は存在しなかった。
「行先もなかったことですし、士官学校に行くことにしました。」
少なくともあそこでは衣食住困ることはなかった。
「ご実家は?」
バトボルド少尉が聞く。
「父方は連絡が取れましたが、ご承知のとおり艦隊勤務、それも祖母は15歳の時に病死しましたし、母方の連絡先はデータベースに記録されていませんでした。」
軍で出会った、と昔母に聞いたことはある。母は事故死したとき二等兵曹だったから、今思えば将校と下士官の間に育まれた禁断の恋だったのだろう。12年前と言えば、三等兵曹くらいか。志願兵として通常なら8年目以降か下士官養成課程を出たあとの2年目から5年目くらい。母が死んだのは34歳の時だったから、自分を出産したのは22歳か23歳、ということは下士官養成課程を出たはずだ。そのせいか、母はマチダ家の一員と認められるべく無用に肩肘を張っていたし、ケンタを士官学校に入れさせようとかなり無理をしていた。自分の遺伝子が加わったことで軍人一家の遺伝子が損なわれるわけではないことを、父方の祖父母や叔父夫婦にアピールしなければならなかったのだ。
「それはすまないことを聞いてしまった。」
「いいえ、事件処理をした警察の人や市役所のカウンセラーにも何度か聞かれましたので。」
入学したあとも大変だったが、入学前も大変だった。祖父の伝手で公死した軍人の枠で連邦代表議員の推薦を貰い、飛び級で入学試験に臨む。母が死ぬ前、色々やってくれなければ到底入学など無理だっただろう。おかげで入学できたが、父は入学式にもビデオレターを出してくれなかった。
「で、あれやこれや色々ありましたが、無事に卒業できたので今ここに居られるわけです。」
何か面倒になって、全てを要約し、ケンタはビールを口にした。苦い。
「叔父さんは、マチダ・ヒロシ大佐殿ですか?」
暫く4人は無言でビールをすすり、そしてカサートキン少尉が聞く。
「ええ、ご存じですか?」
軍は広いようで狭い。
「まあね、これを」
銀星勲章の略綬をはじく。
「貰ったのは、大佐殿のおかげです。」
ということは、叔父と同じ艦か部隊で実戦を経験したということなのだろう。叔父が実戦経験をしたという話は聞いたことがなかった。今度カサートキン少尉のことでも聞いてみよう。
「もしかして、お母様のお名前は、アレクサンドラさんじゃない?」
バトボルド少尉が分かっているけど念のため、という口調で聞く。
何だろう、この外堀を埋められている気分は。
「ええ、ご存じですか?」
「突撃工兵部隊に居たとき、一緒に爆発物処理をしたものです。」
携帯情報端末の画面をスワイプし、バトボルド少尉は若かりし頃の母と写る画像を提示した。そこには、父の姿もあった。バトボルド少尉の胸に並ぶ3列のサラダバーにも戦闘徽章が含まれていることに今更気がつく。彼も実戦経験者だ。
「少尉のお父様は、当時強襲機動歩兵中隊にいましてね。」
画面を閉じると唇に人差し指をあて、続きを話す。
「異星人との国境空域でご一緒したときに撮らせて貰った画像ですよ。」
「父と一緒に仕事をしたことが?」
「よく覚えていません。」
特殊任務についたことのある人間特有の台詞がすぐに帰ってくる。
ニヤニヤしながらハウエル大尉が口を開く。
「どうやら50年ぶりにこの機動歩兵隊に士官学校出身の新任少尉殿をお迎えするために、軍は色々と手を回しているみたいね。」
「どういうことでしょう?」
ケンタの質問に物わかりの悪い人だ、という表情を3人は浮かべた。
「我々は、5ヶ月前から3ヶ月前に発令されてC中隊に来たんですよ。」
バトボルド少尉が代わりに回答した。
7ヶ月前にそういえば卒業後の希望を書いた記憶がある。5ヶ月前、といえば。
「中隊長殿もですか?」
「私が最初に赴任したときの機動歩兵連隊の中隊長殿はマチダっていう名前でね。色々鍛えて貰ったし、大学の同級生と結婚が決まったとき、何故か時季外れの異動で旦那と同じオフィスで勤務出来るようになったのよ。そのときに爆発物処理過程に送り出した若い兵に確かアレクサンドラって可愛い女の子がいたような気がする。」
なんてことは無かった。祖父が長い手を伸ばしていたのだ。いや、機動歩兵出身の祖父の弟が人事局の局長をしているとかいう話を以前聞いたことがある。
「ということで、我々の任務は明白になったわね。」
「そういうことですね、中隊長殿。」
3人はうなずき合った。そして肉食獣の笑みをケンタに向けた。
「ということで、マチダ少尉」
代表してハウエル大尉が宣告した。
「あなたをたっぷりとかわいがってあげる。私たち、恩はきっちりと返す方なの。それも利息付で。明日からの訓練が楽しみ。」
「そうですね、久しぶりにやりがいのある訓練です。」
「しっかりとやりましょう。」
次の日から始まった訓練は、古兵も顎を出すほどのものだった。




