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スローライフ 押しつけられました  作者: 夜昊
本編

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任務中に寄り道を満喫する。自由って素晴らしいね!

残酷注意!

 

 町から湖の南西までは五キロくらいで着いた。街道をこのまま西に行けばブレソの街だがいまは用事がないから、馬車は湖岸沿いの道をゆっくりと北に進んでいる。


 このあたりにはカモのような鳥が群れで湖面に浮いていた。頭が緑なのはマガモのオスだったと思うのだが、似たような姿で色が赤や黄色、紫なのはなんという鳥なんだろうか。おっさんに聞いたら『カモだな』で片づけられてしまった。詳しく聞けばどんな色でもカモはカモでしかないらしい。日本でアヒルと呼んでいた白い羽毛に黄色いくちばしの鳥も、ここではカモだった。でも私がアヒルと言っても通じるのはなぜなんだろうか。


 獣族だって犬人には柴っぽいのからチワワっぽい人、シェルティような長毛タイプの犬種の特徴をもつ人がいるのに犬人は犬人だ。

 なんなら獣族というくくりでひとまとめという考えの人だっている。

 この国の人たちは姿かたちで分類することに、こだわりを持たないようなのだ。

 今朝、森で出会った子どもだってタヌキかと間違って聞いても怒らなかった。


「ねえ、あのシカみたいな生き物はなんて言うの」


「んん? あれはシエルボだな」


「あれは大きさや毛色、ツノのかたちも様々なんだ」


 奈良のシカや動物園で見たプーズーのような小型のシカ、聞けば寒い地方にいるというトナカイもシエルボと呼ぶらしい。

 アンサルの北に生息するシエルボのツノは、木の枝よりも手のひらに近いというから、それはたぶんヘラジカだと思う。

 目の前にいるシエルボのツノは生え換わりの時期が終わったらしく、袋角が伸びてきていた。

 シエルボの袋角は薬になるので、ハンターギルドではツノの採取依頼がよくでるらしいが、肉もおいしいので人気があるのだそうだ。


 これまで夜営や休憩のときに狩りをして食材にしたり、皮やツノを売って路銀にしていたと教えてくれた。木の棒で狩りをしていたのかと思ったら、五、六十センチはあるブーメランやボーラという重りつきの投擲武器を見せてくれた。これでウサギや小型の草食動物を捕らえていたらしい。

 同じパパガヨ国民でも、山育ちの人はこのような道具より罠猟が得意で、ボーラやブーメランは草原などの平地出身の人がよく使うのだそうだ。ちなみに弓はどちらでも使用するらしい。


「カモは九の月が一番旨いな」


 それは晩秋だから一番肥えているってことかな。


「この湖にはサルモンがいるんだ」


 サルモンがなにかと聞けば鮭だった。ただしニジマスやヤマメ、ヒメマスのような河川に残る種類と海洋に出ていく種類のサクラマスや紅鮭をまとめてサルモンと呼ぶようだ。サーモンに似ているからわかりやすい。

 淡水魚も寄生虫が心配だから浄化は忘れられないね。

 湖の周りで近くに村や町がないポイントがあったら、投網魔術で魚を捕るのも楽しいかもしれないな。どんな魚がいても教えてくれる人がいれば安心だ。


 しばらく景色を眺めることに集中していると、茶太と茶実の歩みが遅くなり、湖の方をしきりに気にするようになってきた。


「管理者さんよう、()りぃんだが馬に水をやりてぇんだけど」


「うん、じゃあ少し休憩にしようか」


 馬車は街道を外れて十メートルほど草地を進み、湖岸のむき出しになっている土の部分の手前で止まった。馬を馬車に繋いだまま湖からじかに水を飲ませるのは難しいから、けっきょく二頭は私が出した水を飲んでいる。

 休憩をはさまないと移動ができないから、馬車の旅は日数がかかるんだな。自分が休憩なしで走り続けられるから、すっかり忘れていたよ。


 馬車を降りた数人が口をもごつかせて言いよどんでいたけれど、有り体に言えばトイレに行きたいということだった。私に言うのが恥ずかしかったのか?

 とりあえず結界をさらに拡げて半径五十メートルを安全圏にした。


「あっ、セマフォロの葉っぱもあるよ?」


「い、いらねぇし!」


「あぁ、小の方なんだね」


「お前なぁ~」


 やはりアリにはデリカシーがなかった。男たちは若干頬を染めつつ、プンスカと怒りながら草むらに消えていった。


「さて、それじゃあ湖の生き物を調べてみようかな」


 湖は対岸まで十キロ以上はあるらしいが、平坦な場所だから向こう岸がどうなっているのかは、こちらから確認することはできなかった。


「湖の主は真ん中あたりにいそうだよね」


 きょうはこれ以上問題を起こしたくないから、真ん中あたりはそっとしておこう。

 どんな貝がいるのかも知りたいから、湖底から掘り返すように網を入れようかな。でも湖底が荒れて生き物が減ったら困るよね。必要ないものは網にかからないように設定したらいいのかも。


「魔素さん、お願いね」


 魔素を網状にすると生き物以外と植物、そして昆虫と体長五センチ以下の生き物を除外するように指定した。これで石や藻などは網に入ってこないね。

 それを岸から二十メートルの場所にゆっくりと下ろす。底引き網の要領で底を削るように手前に引き寄せたが、魔術のせいなのかちっとも手ごたえがなかった。

 網が岸から十メートルまで近づくと湖面が揺らぎ、さらに近づくと暴れる魚によってバシャバシャと泡立ち始めた。


「何してるんですか?」


 隣を見るとリス君が立って湖面を不思議そうに見ていた。ほかの人も草や果実などを採取しながら、私が何をしているのかとチラチラようすを窺っている。

 気がつけば山菜堀りと呼ばれるレジャーナイフや小型の山刀のような刃物を使って、根っこを掘ったり枝を落としたりしている人もいる。あれはきっと支度金で買ったんだろうな。


「この湖ではなにが獲れるのかなって思ったから、網で掬うんだよ」


 道具もなしに漁をするとは思っていなかったらしいが、管理者のすることだからと疑問にも思わず納得してしまった。


「食べられるのがいたら教えてね」


「オレ、ナイフを持ってます」


 そう言ってチビ君は腰のベルトから漁師が使うマキリのようなナイフを取り出した。

 刃物さえあれば街壁の周りで採取の仕事ができそうだもんね。仕事の依頼がこんなだと知らなかったから、ハンターの仕事ができるように買ったんだろうけど、彼らの処分は私がどうこうできる範疇をすでに超えてるんだよなぁ。


「あっ! ウナギだ!」


「えっ、マジで!」


 考え事をしていたら網は岸から五メートル付近にあり、魚がうじゃうじゃと集められていた。

 岸に近づけると食べられない魚も圧迫されて死んでしまいそうなので、これ以上引き寄せるのはやめた。

 直径三メートルで高さは三十センチくらいの大きなタライを出すと、湖の水を半分まで満たしておいた。


「よし、じゃあ食べられるのはタライに入れてね。小さいのは湖に返してあげて」


「待って! スッポンがいるよ!」


「手を出すなよ、噛まれるぞ」


 黄色さんが持っていた棒を魚に近づけると、それを押し退けてスッポンが顔を出し噛みついた。固いと言われているウリンに歯が食い込んでいる。


「うわぁ、怖えぇぇ~」


 思ったよりデカいな。スッポンって生で見たことがないんだけど、甲羅の大きさが四十センチを超えているよ。


「もう一匹いるよ!」


「スッポンは別のタライに入れておこうか」


 サイズは先ほどの半分で深さは同じくらいのタライを作ると、同じように湖水を入れた。

 黄色さんが棒を両手で持ち上げてタライに移すと、スッポンは噛みつくのをやめて底に沈んでいった。

 死ぬまで離さないのは迷信だったか。

 同じようにもう一匹もウリンの棒で吊り上げてタライに移動させた。


「管理者さんよう、この桶なんだが仕切りを作れないか」


「できるけどなんで?」


「共食い防止だな」


 うっへぇ、それはやめてもらいたいね。すぐさま真ん中から半分に分けてやった。


「危険なのはもういないかな?」


「カングレホはいないな」


「あれはヤバいよな」


 ああ、凶暴なカニのことだね。手を出せば指をちょん切っちゃうって言ってたっけ。

 湖底にあるものでケガをしたらいけないので、靴を履いたまま網の中を物色する。終わったら魔術で乾かせばいいのだ。


「サルモンもいるけどやっぱり鯉が多いな」


「さっきの料理にも使われてたね。ここにフナはいるのかな?」


「フニャ?」


「ウネァ?」


「あ、大丈夫です。フナがいないってわかったから」


 鯉はいるけどフナはいないんだな。理解したよ。違いは知らないけれどね。


「こっちのデカいのはウグイだな。こっちのはオイカワだ」


「僕はこっちのペヘレイが好きですね」


「ペヘレイは聞いたことがないな。どんな魚なの?」


 見た目は鱚みたいに長細くて、大きさは二十から三十センチはありそうだ。透明感のある白身で塩焼きがおいしいんだそうだ。


「ペヘレイはもっと大きくなるぞ」


 この魚は五十センチくらいまで育つらしい。


「ウナギは二匹かな」


「あっ! イケチョウガイが入ってる!」


「おおぅ、スゲェな。いち、にい…………なな個か」


 池長貝? 日本語っぽいな。ってことは日本にもいるのか?


「ダンジョンのペルラには劣るけど、これにも真珠が入ってることがあるんだよ」


「貝の内側もキレイだから売れるんだよ」


「なるほど、白蝶貝や黒蝶貝の仲間か。つまり池蝶貝だな」


 それにしても大きいね。手のひらよりずっと大きいよ。私の両手よりも大きいな。肝心の味はどうなんだろう。


「口を開いて真珠があるか確認したら、あとはスープにでもすればいいよ」


「たしかに出汁がでておいしそうだね」


 貝だけじゃなくて具が欲しいな。どの魚がおいしいのか食べ比べてみたいね。


「晩ごはんは貝と魚の具だくさんスープにしようか」


 浄化した貝のすき間にナイフを入れて貝柱を切れば、固く閉ざされていた口はあっさりと開いた。


「真珠が入ってたらいいね~」


 身はボウルに入れて貝殻は湖水で洗う。七個のうち二個の中から八ミリくらいのバロックパールが見つかった。


「まんまるじゃなかったね」


「そんなのめったに出ねぇよ。二個も見つかるなんて珍しいんだぞ」


 話しをしながら魚をより分け、小さいのは湖に返す。鯉やウナギは臭みを取るためにそのままタライに入れて、残りはエラとはらわたを取り浄化をかけて鞄に入れた。

 あれっ? それなら浄化で臭みも取れるんじゃないのってことで、こちらもせっせとさばいては鞄にしまった。臭みもなく寄生虫の心配もいらないなら刺身が食べられるんじゃないだろうか。そう言ったら絶対にやめろと止められてしまった。残念。


 売り上げは山分けにしようと提案すると、食事代や診察代にあてて欲しいと言われたので、後で精算しようと思う。二重取りはいけないからね。私はどうしても雇用主から搾り取りたいのだよ。


 ケガ人は見張りをしてナイフを持っている人は魚をおろす。私も何匹かはさばいたけれど、キレイな水を出したり鞄にしまったりするので忙しかった。

 けっきょく茶太と茶実の休憩は一時間にも及んだが、草を食べるので忙しかったみたいだから待たせてはいない。それに食材が一気に増えてすごく嬉しい。そのうち海の魚も手に入れたいな。


 みんなにも浄化をかけて、靴にはドライヤーのように風を送って乾燥させてから馬車に乗る。次の御者は稲穂さんで隣にはリス君が座った。

 馬車は街道に戻るとコンバに向けて走り出す。たぶん速度は時速ニ十キロくらいだと思うから、暗くなる前には着くだろう。街が見えてきたらもう一度連絡を取って、七人を引き渡せばきょうの仕事は完了だな。

 水分補給を兼ねてリンゴをひとつずつ配ると、皮を剥かずにかじりついた。このリンゴは本当に旨い。蜜がたっぷり入っているから甘くてジューシーだ。これは多めに採取しておこう。


「おいしいリンゴですね。リリオス領のものにしては時期が早いと思うんだけど」


「へぇ~。リリオス領ではリンゴを作ってるんだね」


「赤の山脈のふもとにはリンゴの木がたくさん生えていて、そのリンゴで林檎酒を作っているそうですよ」


「グスッ。スン、スン」


 リス君や、こんどはなにが悲しいのかな。


「リス君、どうしたの?」


「と、父さんが、グスッ。ケ、ケガしたから……」


 まずは鼻をかめとばかりにセマフォロの葉をバサリと渡し、しゃくりあげて中断する話を根気よく聞けば、リス君の実家はリリオス領の西にあるリンゴ農家らしい。

 リンゴの花が咲いて人工受粉の作業中に、父親が誤って木から落ちて骨折をしてしまった。家族は動けない父親の分まで働き、リス君は治療代を稼ぐために領都であるリリオスに出稼ぎに行こうとした。


 リス君は弓を使って狩りをしていたから、なめした皮を少しでも高く売ろうと領都に向かったのだ。それなのに乗り合わせた商人に騙されたのか、気がついたらコンバの街にいて売り物も弓矢も取られてしまったらしい。

 どうやらタダでコンバの街までの護衛に使われた挙げ句に、高く売ってあげると口車にのせられて、大事な売り物である革を渡してしまったらしい。その上、革の状態が悪いだのと難癖をつけられてなぜかお金を払うことになり、そのために弓矢も売ってしまったのだと涙をこぼした。


 めっちゃ騙されてるじゃん。こんな人がいるのかってくらい騙されまくってるよ。


「ちなみにリス君は何歳なのかな?」


「ボ、ボク。十五歳です」


 未成年じゃんか~。二十歳くらいに見えたけど、やたらと言動が幼いと思ったらまだ成人してないじゃん。十六歳未満の子どもは鉱山送りにならないとか、そんな減免はあるんだろうか。


「リス君のほかにまだ成人してないのはチビ君だけかな」


「オレ、十二歳」


 小学生じゃん。


「じゃあ、一番年上はだれかな?」


「僕だろうね。僕は三十六だよ」


 ごめん、おっさんは五十代だと思ってたよ。


「じゃあ私の方がひとつ上だよ」


 黄色さんの方が歳上だった! 私の見る目のなさよ! いや、きっと顔を覆う髭が悪いんだよ。


「あはははは。私も前世を合わせたら三十四だよ。記憶がない九年も足せば四十三だからアリお姉さんって呼んでもいいよ」


 誕生日は過ぎていたから享年三十三だったか。いや、数えだから享年は三十四歳なのか。

 馬車の中は微妙な空気だしなんだかどっと疲れてしまったよ。

 幌のあいだからそとを眺めていると、気が抜けたのかあくびが止まらない。頭を使うのもしんどいから一時間ほど昼寝しちゃおうかな。


 アリはスッポンが入ったタライを端の方に押しやると、幌にもたれて目を閉じた。コンバに着いたらまた忙しくなるのだから、居眠りしたってバチは当たらないだろう。

 ほどなくして、くぅくぅと気持ち良さそうな寝息をたて始めたアリは、数時間後におっさんから膝枕をされた状態で目を覚ましたのだった。


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