管理者の手綱は守護者しか握れないのだ
「いや、おいしんだよ? 王弟のところの料理長にもたくさんあげたんだけどね」
たくさんあげたけどまだまだあるのだ。
「いやぁ、でもなぁ」
隣の男に同意を求めるように視線を送るが、あっさりと首を振られてしまった。もちろん横にだ。
あの木はそこまで有名か。だよなぁ、あの衝撃は夢に出るもんなぁ。
私たちはいま馬車に揺られながら北西へ向かっている。いつまでも街道の真ん中で話し込んでいては、そこを通る人たちのジャマになるからだ。
リス君が落ち着きみんなが幌馬車に乗って、さて出発しましょうかというときに、まわりから『おっさん』と呼ばれている五十代の男が、バイソンを狩ってほしいと言い出した。
肉が欲しいとか売ったお金が必要だとかいう理由ならば、私は絶対に頷かなかったけれどそうではなかった。街道に出てきた二頭は群れに帰る素振りも見せずに、いまだに結界を攻撃している。このまま放置していけば後から来る旅人が襲われかねないし、どこまでも追いかけてきたとしても道を利用する人たちが迷惑する。しかし自分ではどうすることもできないと困り顔で言ったのだ。
けっきょく私は旅人の安全のためと自分に言い訳をして、二頭とも魔素で包んでから頭を落とした。きっとバイソンは何が起こったのかもわからなかったと思う。
迷ったわりにはかわいそうだという気持ちがわかなかったし、罪悪感はまったくなかったからそっちの方が驚きだ。
浄化から血抜きの魔術も手早くすませ、興奮して上がった体温を下げるように冷やしてから鞄にしまう。血の臭いに肉食獣が惹かれたら本末転倒なので、包んだ魔素を解除したあと念入りに浄化したから近づいては来ないだろう。
あまりの呆気なさに男たちがポカンとした顔で見ていたが、私に促されて手綱をさばいて馬車を動かした。御者台にいるのは青羽さんと黄色さんで、御者と見張り役だ。
そして私は二人に任せて御者台の後ろに座っている。馬車ごと結界の中だから攻撃されても安心だからね。
「クプみたいな甘さじゃないんだけどね、ランブータンと似てるよ。皮は渋いから剥いた方がいいけど」
なぜに私はサバラの普及活動をしているんだろうね。だけど青の森キャンペーンにつき、いまならサバラの実がもらえるよって言って渡しても、誰ひとり口に入れようとはしない。
「皮があって食えないから……」
「そうだよね、剥いてあげるよ」
「いや、あの、ウグッ」
緑さんはケガを理由に断ろうとしたね。でも残念でした~。優しい管理者が皮を剥いてお口にインしてやったよ。ちゃんと手を浄化しているから、緑さんがお腹を壊すことはないだろう。だとすれば、みんなにも浄化をかけた方がいいな。
「ちょっと浄化するよ~」
馬車の中で手を洗わせるのはたいへんだから、まとめて消毒したらいいんだな。魔素さんにお願いすると、御者台にいたふたりの服から汚れが落ちていた。
ちょっとのつもりが幌馬車までも磨かれてしまったようだね。
「おっ? おおっ!」
「なんだこれ! スゲェな」
「馬車の木の匂いがわかるようになったよ」
浄化はわかるけど規模とか異常だもんね、私の魔術って。だからワイワイ言う気持ちはわかるよ。だってみんな少し色が薄くなってるんだよね。
緑さんの毛の色はどす黒い緑だったけど、青織部みたいな深みのある緑色に変わっているし、黄色さんはタンポポみたいな鮮やかな黄色になった。リス君は数日前に洗ったばかりだからなのか、そんなに変わってはいないかな。
くたびれた衣服はどうしようもなかったけれど、泥汚れや血、草花でついたシミはすっかり消えている。肌の色もファンデーションをワントーン明るくできるくらい、くすみがなくなった。見た感じ五歳は若返ったね。髭を剃ればさらに若く見えるんじゃないのかな。
「手がキレイになったんだから自分で剥いて食べなよ。ちょっとはお腹も膨れるんじゃないかな」
ボウルを三つ魔素で作るとサバラを鞄から取り出して、二つは馬車の真ん中に置き、残りは手綱を握っていない黄色さんに渡しておいた。黄色さんが青羽さんにアーンをしているところを、だれかが見ていたらおもしろいのにな。
「あっ、種は外に出して」
目を瞑って勢いで飲み込もうとしたチビ君に、種の存在だけは教えておかないと。
「おいし~」
「……甘ぇな」
「味はまともなんだな」
「けど空腹には堪えるね。もっと食べたい」
きっと甘味をとる機会が少ないから、この程度の甘さでもおいしいく感じるんだよね。そしてみんな腹ペコだ。具合が悪そうだったのはお腹が空いているからだった。それでもサバラを食べることには躊躇するんだな。いまは大丈夫みたいだけど。
「とりあえず一番近い町でケガを診てもらうのが先決かな」
自分の先行きが不安だろうが、おおむね私の意見には賛成のようだ。それにしても食べ物かぁ。肉は大量にあるけど熟成していないから絶対に硬いよね。
ギルドに売るのは構わないんだけどバイソンの肉は食べてみたいな。解体には時間がかかるから落ち着いてからの方がいいだろう。
そんな感じで考え事をしながら前方を見てみると、馬車の速さは驚くほどゆっくりだった。私が走った方がずっと速いと思う。
「町が見えてきたぞ」
「思ったより近くにあったね。じゃあ門に向かってくれる?」
「…………」
なんだこの沈黙は。みんなもうつむいてるけどどうしたのかな?
「個人カードはみんな持ってるよね?」
「……うん」
おいおい、どうしたんだよ。ガサゴソと懐を探って個人カードを取り出すと、表面を見てため息をついている。
「なんかヤバい表記になってるのかな? 犯罪者とか」
「……なってないけど……」
その町は三メートルほどの丸太でできた柵に囲まれていた。町なのか村なのかが微妙なところだけれど、医師がいるなら問題ないだろう。
「カードを」
騎士の制服ではないからこの人たちは自警団なのかな。
「はい、これです。ケガ人がいるんですけど、この町に医師はいますか?」
「…………ほぉう? 管理者さんとは珍しいな」
門番のおじさんはカードを確認すると片方の眉をあげて、ジロジロとこちらを見てからそう言った。
まあ、こちらが胡散くさい集団なことは認めるけどね。
「食事がとれるところも教えて下さい」
「医師はまっすぐ行けば左側に青い屋根が見えるだろう。看板が出ているからすぐにわかるさ」
「この町でうまいメシを食わせるのは、そこから右に入ったところにある『小舟亭』だな。湖でとれた魚料理がオススメだ」
「この町にハンターギルドはありますか?」
「残念だけどハンターギルドなら、ここから十キロくらい西にあるブレソの街が一番近いな」
「わかりました。ありがとうございます」
話しているあいだに七人のカードは確認できたようで、門をくぐったすぐそばに馬車を預けた。
村や町の中では馬車や馬を走らせることはほとんどないと言っていい。歩けないほど広くはないし、貴族が立ち寄ることもないからだ。
したがって門のそばには馬やロバを預かってくれる場所があるのだ。このあたりでは柵で囲った空き地みたいなものが普通だ。
ただし、これは私の知識ではなく黄色さんからの受け売りだがな。
八人でブラブラ歩いているけれど、この時間は仕事中なのか小さな子どもとお年寄りしかいないね。
青い屋根の診療所はすぐに見つかった。
「こんにちは~」
こぢんまりした室内には木製のベンチがふたつ、壁を背もたれにできるように置いてあった。座れるのは六人だな。
「はいはい、どうしたのかね」
呼びかけに応えておじいさんが奥から出てきたが、白いシャツを着た翼族だった。これも白衣の天使と言っていいのだろうか。翼は白鳥みたいに真っ白だったが、顔はおじいさんだ。弟子らしき人はこちらの七人の誰よりも人相が悪かった。子どもにトラウマを与えるレベルである。チビ君やリス君が泣かないか不安だ。
「この人は右肩を負傷してます。あとはツノにやられて腕が裂けた子と、リス君は切ったのかな? とりあえず全員健康とはいえない状態なんで診察をお願いします」
「管理者さん、ボクは大丈夫なので……」
「俺も元気だぞ。それに医師に診てもらう金もねぇから」
「そうか、お金の心配をしてたのか。それなら大丈夫だよ。仕事中のケガは雇用主から保証してもらうから。食事も経費で落とすから心配いらないよ」
「で、でも……」
「さっさと診てもらったら次は食事にするよ」
ここに入ってから足どりが重くゴニョゴニョと反論していたのに、そう言っただけで一瞬にしておとなしくなった。食べ物のちからは偉大なり。
ケロッとしているけれど重症な緑さんから診てもらう。医師の正面にあるイスに座らせる前に三角巾の魔術は解いた。患部を押しても反応しない緑さんに医師が首を傾げていたので、一時間ほど前に麻酔薬を投与したことを慌てて伝えた。
「なんと! それはよく効く麻酔薬を使ったのだね」
このときの私と黄色さんの表情はたぶん一緒だ。
緑さんの肩は治療後に包帯を巻き、なんらかの魔術を使ったのかギプスのように固められていた。もちろん首には三角巾がかけられ腕は吊り下げられている。あとは痛みが我慢できないときに飲む錠剤を処方された。
チビ君は消毒されたあとに傷口を縫われてしまった。泣かなかったし血は早めに止まったから大丈夫かと思ったのに、見た目よりも傷が深かったのだろうか。
リス君のケガは噛まれたあとだった。森に入ったときに野犬の群れと争ってできた傷だった。
全員の診察が終わって処置が必要な人は治療してもらった。脱水と栄養失調に関してはこれから小舟亭でなんとかなるだろう。
申し訳なさそうにしている男たちをしり目に、かかった費用をカードで支払った。七人で四十一オーロだった。処置がなかった四人はほとんどタダみたいなものだ。
これは管理者なんて呼ばれたせいで、わけありなのがバレている気がする。
口止めするようなことは何もなかったのだが、良心的な医師でよかった。薬師をしている管理者からぼったくる人がいるとは思えないけど、世の中にはいろんな人がいるからね。
私は医師と凶悪顔の弟子のふたりにリンゴとオレンジを一個ずつ渡すと、みんなを引き連れて診療所をあとにした。
「管理者さん、ほんとうにお金は足りなくないんですか」
「僕たちを雇った人が支払ってくれるとは思えませんが」
「大丈夫だよ、本人の意思は関係ないから」
私の財布を心配してくれたリス君とおっさんは、返事を聞いてぎょっとしている。イヤだな盗むんじゃないよ、差し押さえるって言うんだよ。
今回の件に関しては私の行動はけっこう許されてるんだよね。オルランド様が保証してくれたから私は思う存分暴れられるのだよ。ふはははは。
河を越えたら遠話魔術は森まで届かないからね。先生から怒られることもないし、告げ口する人もいないから安心だね。
鼻唄が出そうになるのを堪えながら小舟亭に向かうが、楽しすぎてスキップしそうになる。管理者の奇行が噂になったらウィル様に申し訳ないのでなんとか耐えた。
小舟亭は町の北側にあり、住民やたまに立ち寄る旅人が利用する飯屋といった雰囲気の店だった。
「こんにちは~」
「いらっしゃい」
扉を開けるといい香りが漂ってきた。これは空きっ腹に染みわたるね、味にも期待できそうだよ。
顔を出したのは小柄な奥さんで、焦げ茶色のつぶらなかわいらしい目をクリクリと丸くしていた。
店の中は十人くらいで囲む大きなテーブル席がひとつと、二人掛けのテーブルがふたつ、カウンター席には五人まで座ることができるようだ。私たちは八人だから大きなテーブルを使わせてもらおうかな。
メニューは定食が二種類で肉か魚を選ぶみたいだ。値段はやっぱり三オーロで、あとは単品の魚料理がいくつかと肉は煮込み料理が一種類のみのようだ。
水を持ってきてくれたのは五歳くらいの女の子で、母親似なのかやっぱり小柄だった。
「私は魚にしよう。みんなは決まったかな」
「俺は肉がいい」
「僕も!」
「僕は魚にします」
「ボクは……お魚がいいです」
それぞれ希望を言っているがリス君は遠慮がちだな。無一文なのが気になるんだろうね。私も知らない人からおごられるのは怖いから、その気持ちはわかるよ。
緑さんは骨のためにも魚がいいと思うんだけど、肉の方が好みのようだ。
「食事を終えたら買い物をして出発するから、必要なものがないか考えておいて」
「必要なもの?」
「ここからコンバまで何時間かかるかわからないけど、馬にも必要なものがあるんじゃないの?」
「いまはどこにでも草が生えてるからなぁ。エサはいらねぇよな。塩はまだあるし」
「水は管理者さんが出してくれたけど、これからは湖の周りを走らせれるから、わざわざ持たなくてもいいよな」
ああ、水樽は高いから買いたくないな。
ああだこうだと話していると十五分くらいで料理が届いた。
「お待ちどう!」
お魚定食は鯉の煮つけにナマズの焼き物、そして五、六センチくらいの小魚の南蛮漬けにごはんがついていた。箸休めには塩漬けした葉野菜が添えられていた。うん、これは漬け物だな。あとはこれに味噌汁があったら完璧なのになぁ。
お肉定食はウサギ肉と根菜のグリルに、鶏肉の煮込みとやっぱりごはんがついていた。このあたりの人たちはパンより米派なんだろうか。
肉は一口大に切られていたからフォーク一本で食べられる。緑さんも左手を使って食べ始めた。
「うめぇ~」
「うっ、グスッ」
「お腹が痛くなるからよく噛んで食べてね」
リス君はまた泣いてるのか。それに注意しなくてもめっちゃ味わって食べてるし。牛だったら反芻できるのに! とまでは考えていないと思うけど。そういえば牛人っているのかな。豚人とか猿人も見たことがないね。
「うん、ナマズも意外とおいしいな」
「管理者さんはナマズを食べたことなかったの?」
「初めてだねぇ。きっと唐揚げにしてもおいしいんだろうね」
プルプルした白身は、塩のみのあっさりした味つけでも十分おいしかった。ぜひ醤油でも食べてみたいが、すだちのような柑橘類の汁でもいいと思う。
みんなは噛みしめるように食事を終えると、残念そうにフォークをおいた。食べ足りないというわけではなく、幸せな時間が終わってしまったことを残念がっているようだ。
この人たちは晩ごはんが食べられるとは思ってないんだろうか。
お代はしめて二十四オーロだ。ウィル様と食べ歩きしたときの方がもっとかかっている。
「ごちそうさまでした~」
私たちはお腹をさすりながら小舟亭を出て、ざっと買い物をしてから幌馬車の預かり所に向かった。留守番していた茶太と茶実にはリンゴを半分ずつ与えた。
名前はうかつにつけてはいけないと学習したので、心の中だけの呼び名だ。ちなみに毛は茶色だが性別は確認していない。大きい方が茶太で小さめなのが茶実だ。
甘いものが嬉しかったのか、茶太と茶実からは髪の毛をもぐもぐされてしまった。これはもっと寄越せというソフトなカツアゲだろうか。
ヨダレまみれにされたのでお礼とは思えないんだけど。
手綱を握るのは稲穂さんだ。この人はバイソンから横腹に体当たりされそうになった人で、改めてお礼を言われた。御者台にはおっさんが座った。
御者は交代しながら進む。私とケガ人は免除されているけれど、みんな馬を操れるようだ。
お腹がいっぱいになったからか居眠りをしているみんなを眺めながら、途中経過を報告するために私は遠話魔術を使った。




