アリと七人の野郎どもの愉快な旅が始ま……らない?
「それじゃあここにいる人たちはみんな、コンバの街のスラムにいたってことなの?」
「先月の半ば過ぎにスラムに男が来て言ったんだよ。仕事を世話してやるって」
「オレたちはケガをして働けなかったり、違約金を払って全財産を失ったりしたからスラムにいたんだ」
半ば過ぎってことは四の月の十八日以降ってことか。誘拐したのは三十四日だから、勧誘から二週間くらいで犯行に及んだってことだよね。いくらなんでも実践が早すぎると思うんだけど、この国でも即戦力がモノをいうのかね。
犯行計画が杜撰なのか、それとも人手が足りなくてスラムの住人を雇ったのか?
それにしても実行犯は貴族の私兵だと思っていたんだけどなぁ。
コンバのスラムは街の南東の街壁に沿っていて、だいたい百メートル四方の土地に勝手に住み着いた人たちでできているらしい。そこには老人から子どもまで四、五十人くらいはいたらしいが、顔なじみ以外はよくわからないそうだ。入れ替わりも激しいみたいだし。
スラムの住民はハンターだけでなく、孤児院からあぶれた子どもや、商いに失敗した行商人などもいるのだそうだ。持ち物をすべて売り払って負債をなくしたために、素泊まりの宿すら料金が払えず空き家で寝泊まりすることになってしまったらしい。
「じゃあ食事はどうしてたの?」
「神殿の神官たちがたまに食い物を配るんだ」
「いつ配るのかは決まってねえから、それを目当てに待ってるヤツはいねぇがな」
神殿は小さな町にも祈祷所というかたちで存在する。王都は広いから五角形の城壁内にある神殿のほかに、十カ所以上の祈祷所があるらしい。小規模の村にはないところもあるが、神官たちはそこで神様に祈りを捧げ孤児を養育したり、住民たちに教育を施したり悩みを相談されたりする。死者を弔うのも神官の役目だから、教会と孤児院と寺子屋と葬儀屋が混ざった感じなのだろうか。
それと重要なのが十歳の儀式だね。祈祷所がない村では年に一度か二度の頻度で、子どもたちを連れて町まで儀式を受けに行くのだそうだ。
儀式は無料だけど外は危険だから護衛を雇うか、村の大人たちが付き添わないといけない。ひとりの子どものためにその費用を捻出できないから、村ではまとまって儀式を受けるんだろうね。
貧しかったり祈祷所が遠すぎると、十歳を過ぎても儀式が受けられない子どももいるらしい。
子どもが少ない村もそうだろう。下の子が十歳になるまで待たされる子がいそうだよ。
「配られない日はどうしてるの?」
「ギルドの依頼を受けて小銭を稼いでる。武器がないと街の外には行けないから、安い仕事を争って受けてるな。あとは水で腹を膨らませるだけだ」
二十代くらいの青年は自嘲するように顔を歪めている。初級の子どもたちと一緒に依頼板を見るのはプライドを傷つけられたのだろう。
だからといって丸腰で石壁の外に出るのは愚か者のすることだ。仕事が得られなかったときは広場の噴水で水を飲んでごまかすのか。タダだから顔を洗ったり水浴びにも使えるけど、やっぱり人がいない時間を選んでいたらしい。
毎日数オーロを手に入れるために暮らしていた人にとって、今回の仕事は自分の人生を取り戻すチャンスに思えたのかもしれないな。
「このなかに魔術師はいないの?」
「ここにいるのはちょっと火種を出せたり、コップ一杯の水が出せるくらいさ」
「それ以上出来んならこんなとこにゃあいねぇよ」
「だよなぁ~。オレにもう少し魔術の才能があったら食うに困らなかったよなぁ~」
魔素の操作が上手いと空の魔石に魔素を込める仕事ができるから、主婦や引退したハンターなどがお小遣い稼ぎをしている。小粒の石だと十個で二オーロくらいの収入だけど、毎日十個ずつ込めればひと月で七十オーロになる。立派な収入だよね。
それに需要がなくならない。魔道具なしの生活には戻れないだろうから、仕事がなくなることがない。
扱える魔素の多さとそれを使える器用さが同じ人に具わっているかといえば、一概にそうとは言えないらしい。
わずかな魔素を器用に操作する人もいれば、多すぎる魔素をもて余して体調をくずす人もいる。そしてそれは血筋は関係なく遺伝するものではないため、神様からの恩恵を個人の裁量や努力よって高めていくものらしい。
どうやら私は神様から魔素をたくさん使える身体にされたようだ。改造人間アリ! ……なんだか格好悪いしもともと人間でもなかったね。
ちょっとボンヤリしていたら視線をひとり占めしていたから、レアンドラさんの話に戻そうかな。
レアンドラさんの誘拐実行犯は十六人、子爵邸の見張りは七人だった。交代要員が何名いるかはわからないから、最低でも二十三人が雇われているはずだ。そのうちふたりは黒幕と繋がっていそうだし、追従していたふたりもスラムで見た覚えがないと言う。
「スラムから雇われた人が何人いたのかわかる?」
「いや、オレはケガもないし剣を使えたから性悪な女を森へ連れて行けって言われたんだ」
「えーっと、家からあの家族を誘拐した人はいる?」
「誘拐?」
みんな困ったような不思議そうな顔をした人ばかりだ。でも話しているうちにうすうす勘づいてはいたのだろう。数人が目を合わせないように顔を背けていた。
つまり誘拐したのは別の人たちで、この人たちは森へ連れていく役割だったのか。
「じゃあ貴族を脅したっていうのは?」
「えっ! なぜ知っているんですか」
あれっ? 私が隠れて馬車に乗っていたことに気がついていないのかな。
「管理者だからね」
「なら言わなくてもわかってんじゃねぇのか」
チッ、子どもみたいな屁理屈をこねやがって、面倒くさい人だな。
「別に話す気がないなら黙ってていいよ」
罪は重くなるかもね~などと、私がどうこうできるわけでもないのに小声でつけ足してみた。ムカついたから嫌がらせである。
「御者台にいたヤツから聞いたんだよ。あの女は金目当てに貴族を脅したって」
「産んだ赤子を貴族の子だって言い張るから、奥さまが病気になったらしいぞ」
「騎士あがりで強いから何度引っ越しさせても戻って来るって」
「だから遠くの森に隔離することになったって聞いたんだ。ただそこが青の森だとは聞いてなかったけど……」
マジか! そんなビックリな作り話を信じちゃったのか。いや、リス君は疑ってたな。たぶんみんなだって嘘だと思ってたんだろうな。それでも報酬に目が眩んだんだろう。
「戻ったらあと百オーロ渡すって言われてたんだよね? 引き受けたときにいくらもらったの?」
「……支度金だって言われて五十オーロを受けとりました」
それで中古の剣を買ったのか? 私の包丁が五十オーロだったから中古にしても安過ぎないか? そう思ったら剣は数本だけ準備されていて得意な人が優先したらしい。そして残りの人たちは木の棒だ。ウリンというとても硬い木らしいが所詮は木だからね。分類するなら私の支える君二号と同じだよ。
リス君は家族に手紙を出したあと久しぶりに公衆浴場を使ったそうだ。たまたまだろうけど命の危険を察知して身辺整理したっぽいよね。
手紙はハンターギルドで依頼すると、護衛なんかのついでに届けてもらえるらしい。距離によって金額が異なり、辺鄙なところだと受けてくれるハンターがいないこともあるそうだ。リス君の実家はそんなに遠くなかったけれど、それでも二十オーロ支払ったらしい。日本の切手代と比べたらものすごく高いよね。でもそれくらい街の外は危険だし時間も費用もかかるんだよね。
「じゃあ、あなたたちはろくな説明もなくこの仕事を引き受けたんだね」
ここにいる人たちは誘拐当日に二台の幌馬車に乗せられて移動し、コンバの街のどこかで待機させられていた。場所はまったくわからないそうだ。
そして翌朝レアンドラさんたちとともに、商人と護衛という体でコンバの街を出た。
あとは御者台にいた男たちがその都度指示を出していたらしい。
「オレらはたぶん篩にかけられたんだ」
「なんだそりゃあ?」
「アイツらやたらとオレたちの振る舞いを気にしてた。特にあの家族に対してだが」
「そおかぁ?」
「バイソンが馬車を壊したとき後ろにいたヤツが示し会わせたみたいに前の馬車へ移動したんだ」
「青羽の言うとおりだよ。それはオレも気がついてた」
「ちくしょう! アイツら腹を合わせてやがったのか!」
「そういえばなんで名前で呼び合わないの? さっきも緑さんって言ってたよね。それに青羽さんでしょう」
青羽さんの背中には鳥のような羽毛の青い翼がはえているんだよね。
「雇い主が言ったんだよ。何かあったときのために名前は隠しておいた方がいいって」
「それでそれぞれの特徴で呼びあってたんだ」
「彼は髪が緑色だから」
「え~、じゃあリス君は」
「ボクは赤耳です」
見たままだな。赤毛の獣耳だからか。
そして御者台にいた四人のことは『おい』とか『あの』とか『ちょっと』と呼びかけていたらしい。自分の特徴を印象づけたくなかったのか? たしかに四人ともこれといった目立つ特徴がなかったな。強いていえばひとり語尾がおかしかったけど、あとは中肉中背の人族で三十代くらいだったか……。濃淡はあったけど髪も目もパッとしない茶色で地味だったな。
ああ、いまのことばはブーメランだったよ。私って焦げ茶に灰色じゃん。
「偽名は使わなかったの?」
「ギメイってなんですか?」
「えーっと……本当はアリって名前なんだけど、知り合いの名前を騙ってアルメンドラって嘘の名前を使うことなんだけど」
「そんなことは許されないです!」
「それは自分自身を否定することだな」
「神への冒涜だぞ」
「個人カードが消えてしまいますよ!」
「なんでそんなことも知らないの」
「親は何を教えてんだよ!」
「あ、はい。すみません」
あれ? なんで謝ってるんだろう。とにかく嘘の名前を名乗ることはありえないんだな。プリ先生に聞くにも疑問にさえ思わなかったんだから、こんなことを質問できるわけがない。
おっさんたちには即否定されたし怒られてしまったよ。
そして自分を否定することだから個人カードは無くなってしまうのか。便利だけど不思議なカードだな。これも魔素が関係しているんだろうか。あの面倒くさがりの俺様神様がそんな細かいことを気にするのかは、甚だ疑問ではあるけどね。
とにかくわかったことは、スラムで雇われた人たちが捨て駒にされたってことだな。
レアンドラさんを森に捨てたあとだから、成功報酬の百オーロは始めから支払うつもりがなかったんだろう。バイソンに襲われたから渡りに船で切り捨てて、手下にしやすいゲスいヤツを連れていったということなんだろうな。
逃げた九人のうち五人はスラムで雇われた人だけど、仲間割れしてなければいいけどね。
「とりあえず前へ進もうか。次の村や町にアイツらがいると面倒だから、湖の南をとおって西側からコンバに行った方がいいんじゃないかな」
馬たちはのんきに草を食んでいるし、もう休憩は充分とれただろう。
だから結界に貼りついてバイソンを食い入るように見るのは止めなよ。空腹なのかヨダレが垂れてるんだよ。さっきそいつらに殺されそうになってたのに、もう忘れちゃったのかね。
それにバイソンもいい加減諦めて帰りなよ。ヤブイヌはすでに影も形もないってのに、いつまでもウロウロしていてしつこいね。
まぁ、男たちがギラギラした目で見ているからイラつくんだろうけど。
「バイソンかぁ、食いたいなぁ」
「スゲェ旨いらしいな。俺はまだ食ったことないけど」
なにっ! スゲェ旨いだと? 牛肉なのか? サーロインステーキなのかな。食べたことないから味がわからないけどね。
ひとり旅で伊勢神宮に行く途中松阪牛のステーキを食べたけど、ふだん牛肉を食べないからかおいしさがよくわからなかった。鶏肉や豚肉と比べても意味がないだろうしなぁ。そういえばそのときのホテルの朝食で、お粥に餅が入っていて驚いたんだった……。
「ツノも皮も売れるし肉もウマイなんて最高だよな」
おお、危うく旅の思い出に浸るところだったよ。ツノはたしかに高そうだな。肉だってハバリーに比べたら十倍くらいありそうだし、皮も大きいから使い道がたくさんありそうだ。
「一頭狩れば治療費が稼げるんだがなぁ」
やめろよ。もう片方の腕も吊るすことになっても私は知らないからな。
「まぁ俺たちの装備じゃ、とてもじゃないけど狩れないだろうな」
「あ゛~肉が食いてぇ」
「ゴホン、バイソンはそんなにおいしいのかな?」
「旨いぞ! 食ったことないのか?」
「ないね~、じゃあハバリーよりおいしいの?」
「系統が違うんだよなぁ。バイソンは赤身だけど肉質が締まっていて食いごたえがあるんだ。ハバリーはしっとりしてるなぁ」
「ハバリーは秋から冬の方が旨いぞ」
「赤や青の森のハバリーは極上らしいな」
「エサにしているドングリが違うって聞いたな」
極上かぁ。早く家に帰りたいね。しょうが焼きとかどうだろう。でも醤油がないんだった。ぼたん鍋にするには味噌がないし。
バイソンか~。狩るのは魔素さんにお願いするから簡単だけど、私がそこまでする理由がないんだよなぁ。ただでさえ貴重な薬を使ったのに……いや、せっかく薬を使ったのに飢え死にさせるのもムカつくか。ケガが悪化して亡くなるのも不愉快だな。
昨日からまともな食事をしていないのも腹が立つ要因じゃないか。『よし、狩ろう』と言って食欲魔神アリが背丈ほどのフォークを持って舌舐めずりをすると、『いやいや、いま狩ってもすぐにおいしく食べられるわけじゃないんだぞ』と半端善人アリがマトモなことを言って止める。どうするよ私!
「なあ、金はあといくら残ってる?」
「俺は五オーロしかないな」
「もうないです」
「はぁ? お前二十オーロは残してたろう?」
「牙さんに貸しました」
「お前それ盗られたんじゃねぇか! アイツ前の馬車に乗ってったぞ!」
「でも困ったから貸して欲しいって……報酬をもらったら返すからって……」
私の脳内でバイソンを狩るか狩らないかで口喧嘩にまで発展した頃、馬鹿馬鹿しいと正気に戻ったそこには、メソメソと泣くリス君を困り顔の男六人がとり囲んでいた。
「えーっと……なんで泣かしたのかな?」
「いや、泣かせたんじゃねぇんだが……」
「とりあえず泣いた分を水分補給しなよ」
「ヒッ、ヒック。……クプの実?」
「いや、サバラだけど?」
「う゛、う゛、う゛わ~~ん」
そんなにサバラの木はトラウマだったのか。顔をしかめた男たちに睨まれているということは、どうやら私がとどめを刺したようだね。
たしかに私は誘拐犯を泣かせるつもりだったけど、こういうことじゃないんだよなぁ。
グスグスと泣くリス君を囲むハの字眉の七人、結界にはバイソンが体当たりしているし、二頭の馬は食事中だ。
「混沌だな」
私は誰に言うともなく呟いたのであった。




