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スローライフ 押しつけられました  作者: 夜昊
本編

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家にはまだ帰れない

 

 こういうことがあると、ウィル様がリュックになんでも入れちゃうってのは、正しい使い方に思えてくるね。


《アリっちはなにをガッカリしてるんでぃ?》


「食べ物がね……卵とマッシュポテトは大量にあるんだけどね」


 塩と砂糖、それに唐辛子ペーストはふんだんにあるから、これらの調味料には事欠かない。食べ物がまったくないわけじゃないけれど、腹ペコさんたちにはソーセージを食べさせたかった。こんなときはたんぱく質の摂取が大事だと思う。

 ここの泉はキレイすぎて魚はいないみたいだし、かといって蛇を捌きたくはない。大豆は持っていないしなぁ。


《オイラが教えてやろうかぃ?》


「えっ? 食事しないのに食べられるものがわかるの?」


《オイラはハンターと交流があるからなぁ》


 不思議に思ったので尋ねてみると、ハンターたちが採取したり食べたりしているものを覚えているらしい。

 レモルの趣味は会話のネタ集めとハンターウォッチングなのかな。採取できるものを教えてくれるなら親切だと思うけど、なぜ邪険にするんだろうね。


 それによく見ると顔が怖いってのもあるのかもね。目の周りの三角模様をパンダみたいにタレ目に変えたらどうかな。アライグマに…………ムリだね。

 レモルの顔をじっと見つめていたが、身体の大きさも相まって、どう考えても可愛らしい感じにはならなかった。


《なんでぇアリっち、オイラに惚れたかい》


 やっぱりちょっとウザいからだな。


「とりあえずちまきとかでなんとかするか」


 雨が降るなかの採取はご遠慮して、あるもので朝食を作ることにする。ちまきふたつはまたお粥だ。できあがったら熱いうちに鞄に入れておく。

 このちまきは少量だけど肉も野菜も入っているし、濃いめの味付けなのでチボミルクは使わずに水で煮た。

 これだけだと消化はいいけれど腹持ちが悪いよね。


 つぎにマルマッシュ十個の中身を取り出しボウルに入れると、ボウルにはこんもりとしたマッシュポテトの山ができた。それに塩と砂糖で軽く味付けをして薄く伸ばすと、丸い形にフライパンで焼いていく。これでカリカリで香ばしい手のひら大のガレットが、三十枚は焼けたね。

 マルマゴは三個で足りるかな? これはシンプルに目玉焼きだ。というかシンプルなメニューしかないね。


 これで足りなかったら揚げドーナツを少しずつ食べさせればいいかな。

 玉ねぎとベーコンさえあればチボミルクとマルマッシュで、おいしいポタージュスープを作ることができたのになぁ。ガレットだってベーコンがあるのとないのじゃ大違いだよ。

 つくづく自分の行動にガッカリしちゃうね。宝の持ち腐れってこんなことを言うんだろうな。


 先生たちが拾ってくれた栗をイガからはずして、鬼皮に切れ目を入れる。試しに魔術でやったらまっぷたつになったので、ちまちまとナイフでの手作業だ。これはまとめて焼き栗にした。鞄に入れておけば間食しやすいだろう。


 そのあいだレモルは先生にいろいろと話しかけていたのだが、先生は羽繕いをしながらテキトーに相づちを打っていた。

 私は子チボがお乳を飲み終えたのを見計らって、残りのミルクを絞り始めた。そして二リットルくらい集めてから加熱、殺菌処理を終えると、ようやくガウターたちも起きてきた。


《おはよ~う。うわぁ! だぁれ?》


《おやぁ、チビのパララッカたぁ珍しいもんがおいでなすったねぇ。オイラはレモルのおっちゃんさぁ》


《おっちゃん? おっきいね》


《おめぇさんはまだちいせぇなぁ》


「かぁさま、かんりしゃさまのお友だち?」


 ガウターとディオ君はレモルに驚いているし、レモルはそんなふたりを面白そうに見ている。

 だが赤ん坊を抱いたレアンドラさんは、ちょっとだけ憂うつそうだ。


「とりあえず身支度がすんだらご飯にしようか」


 アリは新しいトイレの場所を教えると赤ん坊をあずかった。抱いてみたら思ったよりもどっしりとしていて米袋のようだ。五キロよりは重いが十キロまではいかないくらいだね。


「チボのミルクはおいしかった?」


「う~、あぅ」


 フムフムなるほど、マジで旨いのか。でも母上のおっぱいは至上なりとな。

 アリは赤子の気持ちを汲んでみた。ディオ君もおいしいって喜んでいたから間違ってはいないと思うよ。それなら私も朝食に飲んでみようかな。まだ味見すらしていないもんね。


 なんだかんだでテンパっていたのか、昨日は晩ごはんを適当にすませてしまった。食材が足りないのだから、レアンドラさんたちを優先すべきなのに、ついついクセでお茶と揚げドーナツを食べてしまったのだ。

 食材が増えるまで魔生物組の食事は、卵とジャガイモ、ミルクでなんとかしようかな。


 帰ってきたふたりとレモルに浄化魔術をかける。手拭いを熱々にして顔を拭かせたのは気分の問題だ。浄化で身体も服もキレイなのだが、洗顔は目が覚めてスッキリするからね。


「ゴメンね、なにか替えの服でも持っていればよかったんだけど」


「いえ! 滅相もないことです!」


 レアンドラさんは恐縮しているけど、私の鞄にはまったくと言っていいほど、いま必要なものが入っていなかった。

 前世ではわりと慎重派だったから、準備がよすぎるくらいになんでも持ち歩いていたものだ。

 通勤バッグは筋トレかというくらい物でいっぱいだったし、一枚羽織るカーディガンや替えのストッキングは、当たり前のように鞄に入っていた。


 それなのにいまの私は引きこもりが長すぎて、荷物を持つ習慣がなくなってしまったようなのだ。

 森の外では長居ができないけれど、この森の中なら何日でも出歩けることを忘れていた。キャンプセットは早々に買いそろえておかなければいけないな。

 アリは買い物リストの一番下に書き足した。


 ワンピース一枚では寒いだろうと、タープとテントの周りも結界で囲んで、温度を少しだけ上げておいた。


《ヴアアアアア~。気持ちいいねぇ》


《ぼくもありのそばはすきだよ》


《アリっちの周りは最高だねぃ》


 魔素を使ったことが魔生物にはわかるらしく、レモルは確実にサウナにいるおっさん度を上げている。そういえば自分でもおっちゃんって言ってたな。

 まぁ私は高性能のエアコンだからね。暖房や冷房だけじゃなく、空気清浄や除湿、加湿、なんでもこなすよ。

 とりあえずテーブル周りの環境がよくなったから、あとは子どもたちの椅子だね。


「君にはハイチェアー気味の椅子があった方がいいね」


「かぁさま~」


「ディアちゃんって呼んだ方がよかったかな?」


 腰を屈めて話しかけてみたら速攻で逃げられてしまった。ディオ君はまだ私たちを警戒しているのかもしれないな。ちょっと話しかけただけで、レアンドラさんにベッタリとしがみついている。


「レアンドラさんの隣に作るよ」


 子供用の椅子には自分で座れるように一段ステップをつけた。試しに足をかけてみたり揺らしてみたりしたが、しっかりと仕上がっている。

 つぎは赤ん坊だけど、この子はベビーベッドに寝かせたらいいんだろうか?


「レアンドラさん、この子は寝せた方がいいんでしょうか?」


「そうですね。そろそろ寝返りをうちそうですが、自力で座るのはまだ早いですね」


「え~っと、私にはよくわからないんですが、それって早くないですか?」


「獣相を持つ子は特に早いですね」


《アリっちの近くには獣族がいなかったのかい》


「うん、そうなんだよね。私は転入者だから人族しか見たことがなかったんだよ」


「そうなのですか!」


 レアンドラさんもレモルも驚いて目を丸くしている。レアンドラさんは私が人族しかいない場所から来たとは、思っていなかったらしい。


「それで、この子はどんな生き物の獣相が出てるんですか? レアンドラさんは獅子ですよね」


「ええ、子どもたちは私に似たので獅子の獣相が出ました」


 あれ? それにしたら赤ん坊のしっぽがちょっと違うんだけど、これって聞いてもいいことなんだろうか。デリケートな問題かもしれないしなぁ。


「この子の尾がどうかしましたか?」


「フサフサしていないと思いまして……」


「ああ、あと数カ月もしたら生え揃いますよ」


 ジロジロ見すぎていたのか、レアンドラさんが獣族の子どもについて教えてくれた。

 それによれは、獣族の子どもは人族の子どもに比べると、乳幼児期の成長が早いようだ。

 三歳くらいにはだいたい同じくらいになるらしいのだが、それからは自分が持つ獣相の特性が伸びていくらしい。



《あり、おいもをもういっこ》


「あ、はいはい。よっと!」


「チボミルクをもう一杯いただけますか」


「どうぞどうぞ」


「かぁさま、これにたまごをのせるとおいしいです」


「そうなの? 母様も食べてみるわね…………アリ殿、これはおいしいですね!」


「それは良かった! いっぱい食べてね。それで、ディオ君は昨日ずっと自分の足で歩いたの?」


「はい、がんばりました」


「そっかぁ、ディオ君は偉いね」


 さすがに三カ月では自力で座ることはできないが、支えがあれは大丈夫だと聞いて、アリは赤ん坊をバ○ボに座らせた。この国にはこのような椅子はないらしく、レアンドラさんは絶賛してくれた。出産祝いでプレゼントしたときに、友人も喜んでくれたっけ……。



 こんなふうに朝食をとりながら話の続きをしていたのである。

 食事をとって警戒が緩んだのか、それとも母親の態度を見て敵ではないと思ったのかはわからないが、ディオ君は普通の子どもと変わらない元気な男の子だった。


「それで雨が止んでからなんだけどね」


 いつまでもここにいるわけにはいかないから、移動の提案をしているわけなんだけれど、選択がふたつあるんだよね。

 ひとつめはここから北西の二番目に大きな湖を目指す、自力で森を抜けてすぐにお家に帰ろうコースだ。

 ふたつめは逆に南西の一番大きな湖を目指す、管理者のお家にいらっしゃいコースで、こちらはしばらく森から出ることができない。


 それを説明したのだが、レアンドラさんは恐縮してひとつめのコースを選んでしまった。

 もちろん私はふたつめのコースをオススメしている。


「たしかに移動にあと二日はかかるけど、帰りは確実に送るし帰さないわけじゃないんだよ」


「わかっているのですが、親子で厄介になるわけには……」


《オイラはアリっちの家に行った方がいいと思うぜぃ》


《ぼく、せなかにのせてあげようか?》


 ガウターがディオ君に話しかけているが、ディオ君はまだ言語魔術が使えないんだよ。ガウターが話していることばは通じていないけど、大型犬と子どものふれあいはなんだかほほえましいね。


「ガウター、ちょっと難しい話をするからテントの中で遊んでいてくれる?」


 ここからはディオ君には聞かせない方がいいだろう。レアンドラさんに視線を向けると承知したとばかりに頷いて、ディオ君をテントの中に連れて行った。


《子どもばっかりじゃ心配だろぅ、オイラが見ててやらぁ》


 そう言ってテントに入っていくレモルを、不思議と抵抗なく受け入れてしまうのはなぜなんだろうね。


 戻ってきたレアンドラさんとプリ先生、そして私で今後どうするかを話し合うことにした。


「レアンドラさん、個人カードについて教えてください。あれがないと街には入れないんですよね?」


「入れないことはないのですが……」


 入れないことはない。だけど入れないかもしれない。犯人たちの動向がわからないからだ。

 ハッキリ言ってなにもわからないままで街に行くのは、得策じゃないと思うんだよね。


「個人カードって再発行はできるの?」


「本人が神殿に行けば可能です」


「そのとき古い方はどうなるの?」


「消えますね」


「本人が亡くなったらどうなるの?」


 個人カードは持ち主にしか使えない。だから本人が亡くなると遺族が神殿に提出して、何らかの処理をしてもらい遺産を相続する。

 何らかの処理ってところが謎なんだけど、それは神官にしかわからないのだそうだ。


 個人カードが落ちていたら神殿かギルドに届けるし、ダンジョンなどで亡くなった人を見つけたときも同じだ。そうすることで家族に死亡が伝わるし遺産を渡すこともできる。

 それはこの森でも同じで、できれば遭遇したくはないが、亡くなった人を遺族に返してあげないといけないのだ。


「犯人が持ってたら再発行したとたんにバレるねぇ」


 レアンドラさんが無事に森から出たことが、すぐ犯人にわかってしまう。それはロクなことにはならないと思うんだよね。


「レアンドラさんはなにが心配なの?」


「夫のことが……」


 やっぱり旦那さんのことは疑ってないんだね。私はちょっと怪しんでるんだよなぁ。いくら後継者である兄が亡くなったからって、出産間近の妻を放置するには長すぎると思うし。


「兄が夫を半殺しにしていないかが心配です」


「えっ! そんな感じ?」


 ハンターのお兄さんを犯罪者にはしたくないと、レアンドラさんは顔を曇らせている。お兄さんも獅子の獣相を持っていて力が強いので、襲われたら人族の夫はひとたまりもないそうだ。


「レアンドラさんのお兄さんをとりあえず確保しよう」


 これにはレアンドラさんも同意してくれた。野放しにはできないと言っていたから、できるだけ早い方がいいね。


「今日の目的地は一番大きな湖でいいよね」


「アリはひとりで行くのね」


 私は返事をせずにレモルの真似をしてイシシと笑った。


「ただね、そっちが心配なんだよね」


 だって母親と子どもに赤子、そして鳥と犬だよ。


「アンタねぇ、アタシが何だか忘れたの?」


 プリ先生が片方の羽をフワリと挙げると、テントの隣にはまったく同じテントが現れた。

 アリは灰色の目をクリクリと見開くと、やっぱりイシシと笑って言った。


「プリ先生は私たちの最強の守護者だね!」


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