村の現状
冒頭からお食事中の方はご注意願います。
人が亡くなります。
どちらも細かな描写はありませんが、苦手なかたはご注意下さい。
「うぅっ、ぐっ」
アリは繁みからでると川の水で顔を洗い、ヨロヨロとみんなのそばに戻ってきた。
ドラコンは素晴らしく速かった。
あっというまに上昇し、梢が足もとの遥か下に絨毯のように広がってみえたとき、アリは頭がガンガンしてきたうえにサァーっと血の気が引くのを感じた。
「ヤバい、私、高いとこ、ダメ、なのだす」
隣にいるアリリオがぎょっとした顔で見ているが、こちらはそれどころではないのだ。
プリ先生が私の異変に気づくや否や、暖かな空気のカーテンに包みこまれるような感覚があった。
「アリ、アンタはいいと言うまで目を閉じてなさい」
プリ先生はそう私に促すと、あろうことか速度をあげるようチコさんに指示をだした。
結果として四十分くらいで目的地に着いた。予定の約三倍近いスピードであったけれども。
ドラゴンが降り立ったのは山脈の裾野で、上流のわりには少しひらけた川原だった。
そして現在。
耳鳴りのせいで、頭の中ではずっとガチャガチした音楽が再生されているみたいだし、胃の中がシャッフルされてひどい目にあった。
「ふぅー、ごめんなさい。リバースモードは解除されたからもう大丈夫。チコさんにもご心配をおかけしました」
アリは自分のために村にも行かずに待っていた、アリリオやほかのメンバーに詫びると、ガウターに預けていた肩かけ鞄をアリリオに渡そうとした。
『待てよ。信用してくれるのは嬉しいけどそれは持って行けない』
両方の手のひらをこちらに向けると駄目だと手を振る。
「でもここから運ぶのは大変だし」
村まで運ぶほかの方法は考えてなかったんだけど。
『村から荷車を借りてくるよ』
「じゃあ、とりあえずユコラ丸薬だけは持って行って」
『わかった。ありがとう、じゃあ行ってくる』
アリリオは薬が入った瓶を大切そうに抱えると、返事を待たずに川岸を下流に向かって駆けだした。
「アリリオの家族や仲間たちは心配しているだろうね」
朝出かけた息子が川に落ちて流されたなんて伝えられても、ご両親は信じられなかったんじゃないだろうか。しかも三日も帰ってこないなんて。
村の人たちの病状はどうなったのだろう。
川原の岩に腰かけると鬱々としたまま時は過ぎていく。
「それにしても先生、魔術を使えたんですね」
心の中に暗雲が立ち込めてきたので話題を変えた。
「当たり前でしょ、魔生物に近いっていったはずよ。魔素の塊が魔素を操れないわけないじゃない」
しれっとうそぶくプリ先生が心憎い。そして可愛い。私が魔術を使えないのを悔しがっていたから、自分が使えることを黙っていてくれたんだろうな。
チコさんはそんな私たちを微笑ましそうに、草むらに伏せて眺めている。
ガウターは少し慣れてきたのか、チコさんを遠巻きにしながらも興味津々のようだ。
一時間くらい過ぎた頃に遠くから呼びかける声がした。
『おぉーい』
ロバが荷車をひいてやってくる。アリリオのほかに数人が同行しているようだ。
年配の狼人と猫人、あとはアリリオと歳が近そうな狼人と猫人に見える。
猫人ふたりはどちらも獣頭だし、親子みたいに毛並みがそっくりだ。
みんな長袖の衿なしインナーに肘までの半袖チュニックを重ね、革のベルトで留めている。下はゴワゴワした厚手の麻のズボンで、靴は革のスリッポンみたいな形だ。
背の高さからいって全員男性だと思う。
村人の登場でガウターはピッタリと横にはりついた。
「くぅ、きゅ~ん」(しらないひとだ。ありりおもいるね)
ガウターは私の後ろに隠れると、身体と左腕のあいだに顔を突っ込んで、アリリオたちが近づいてくるのを見ている。
つまり現在地は私の脇の下だ。私、汗臭くないだろうか。
「ガウター、怖いならチコさんのところで隠れていたら?」
「がうっ」(だいじょうぶ)
年配の狼人がプリ先生と視線を合わせ、話し始めた。猫人の男性もやや後ろだが隣に立つ。
『守護者様、このたびは私の村のものがご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳なく』
狼人の男性が困ったような顔でプリ先生に頭を下げている。
「わたしの息子を助けていただき、ありがとうございました」
猫人はおひげをしょんぼりさせているな。今朝のアリリオもこんな感じだったよね。
『気にしなくていいわ。それより村で起きていることを教えてちょうだい』
プリ先生は共通語で情報収集するつもりらしい。
『二週間ほど前に村人数名が熱をだしまして……』
しまった……まずいな。
アリは身体を強ばらせ、額にはうっすらと汗がうかんでいる。
『おい、ホントにドラゴンだな。大丈夫なのか』
『オレをここまで連れてきてくれたんだぜ』
『あの女の子? ズボンをはいてるニャ。管理者様ニャのかニャ?』
アリリオたち若手三人は輪になって、なにやらゴニョゴニョと相談しているようだ。
プリ先生が通訳してくれないと、私にはなんの話をしているのかさっぱりわからないんだよ。
先生は私の右肩で代表みたいな人たちと話してるしなぁ。
『アリ、このふたりも一緒に森に入ったんだ』
左側からアリリオに呼びかけられ顔だけそちらをむくと、つんと立ち上がった灰色の毛が生えた耳と、同じ色のしっぽを持つ背の高い男性と、茶とらにゃんこの顔を持つアリリオと同じくらいの男性が、しげしげとこちらを見下ろしていた。
「こんにちは」
とりあえず挨拶だけはしておくとしよう。
『おい、どこの出身だよ。訛ってんぞ』
狼人の男性は整った眉をクイッとあげてみせた。
『あぁ、インプリ使わねぇと。守護者様がいうには古代語を話してるらしいんだけど、まだ上手くないんだと』
『リオ、僕は使えニャい』
茶とらにゃんこは頬を膨らませている。
『あぁ、フィーには何言ってるかオレが教えてやるよ』
挨拶しただけで急にワイワイしだしたんだけど、どうしたらいいんだろう。仕方ないのでガウターの頭をなでて気を紛らわせた。
『アリ、この人がロペ、ロペだ。話したろう?』
狼人を指差してロペと繰り返すアリリオに、なるほどこれは自己紹介をされているのかと気がついた。
「ロペ…………狼人のリーダーだったよね」
さすがに二時間前のことは覚えているよ。手ぶらで帰れないって言った人だね。
『そうそう、ちゃんと伝わったな』
『管理者様がリオを助けてくれたんだろ。ありがとな』
しっぽと同じ色の髪の毛を無造作に後ろでくくっている、涼しげな青い目を持つ男性が頭を下げてきた。
「ごめんなさい。ちょっとわからない」
早口で言われると全然わからないんだよ。
『感謝してるってどうすんだ』
何度か頭を下げ、アリリオを指差す。
「うーん、ありがとうかな?」
『そうだ、伝わるもんだな』
ロペさんは頭をコクりと縦に振った。
『次は僕の番ニャ』
横から猫人がグイグイとロペさんを押し退けた。
『こいつはルフィノ、オレの従兄弟だよ。ル、フィ、ノ』
「えーっと、ルフィノ……茶とらにゃんこか」
『『プッ! クックックッ』』
にゃんこ以外が回れ右をして肩を震わせている。押さえた手から息がもれでているのでは、笑っているのを誤魔化すことは不可能だ。
「あー、ごめんなさい。失礼だったよね」
アリリオがルフィノに何か言っている。
『別にいいニャ』
しっぽがシターンと打ちつけられてるんだけど、片手を顔の前で振っているから……。
「気にするな。ですかね?」
しっぽの動きは正反対だと思うのだが。
『そんニャところニャ』
ルフィノはプイッと顔を背けた。
『アリ、フィーのことは覚えてないのか?』
アリリオは隣にいるルフィノを指差しながら、言葉の語尾をあげた。
「ルフィノはアリリオの従兄弟だよね」
『そうニャ。このバカを連れてきてくれてアリガトニャ』
アリリオを指差して頭を下げた。
「さっきと同じだから、ありがとうだよね?」
『あってるニャ』
ルフィノさんはウンウンと肯定してくれた。
「あとは確かニコラオさんとダイラさんだったかな。ダイラさんは大丈夫だった? 妹さんも熱を出したんだよね?」
そう問いかけたところで私の右側での会話は終了したらしい。
「アリ、こっちの話はだいたい終わったわ」
プリ先生がこちらに話しかけてきた。
「こっちはあとのふたりは大丈夫か聞いてたところだよ」
「あら、会話する努力を始めたのね」
「そういえばそうだねぇ。ハンターのときは完全に真っ白になってたしなぁ」
今回はアリリオがいるからか、ジェスチャーを交えてなんとかなった気がする。
「まぁいいわ。いま聞いたことを教えるわよ」
やはり村では依然として薬が足りていなかった。結局ロペさんたちはユコラ苔を見つけることができず、村に帰ったとたんダイラさんは熱をだしたようだ。
年配の狼人は村長で長男が一番近い大きい街へ、次男が隣村に薬をわけて貰いに行っているらしい。
山奥の村は無事だったからこの村の状況を伝えて、病が治まるまでは極力近づかないようにと言ってあるそうだ。
先ほどのユコラ丸薬を投与し始めたのだが、残念ながら昨晩一番高齢だった女性と、明け方に乳飲み子が亡くなってしまったという。
どうしようもないとわかっているのだが、やるせない気持ちでいっぱいになった。
『へー、これがパララッカか。初めてみるけど犬だよな』
『気づいたとき、目の前にいたから驚いたんだよ』
「うぅ、わん」(ありりおは、とびあがってたねぇ)
『何でだニャ? チキータそっくりで可愛いニャ』
若手三人はこちらの話しには参加せずに、ガウターを囲んでワイワイしている。なにげにガウターも話しにまざっているように見えるのだが。
薬が届いたからといって気を緩めすぎだと思うのだけど。
アオーーン、ウァォーー
かすかに遠吠えらしき声が聞こえた瞬間、村人たちは表情を変えて下流の方へと駆け戻っていく。
そこにロバとアリリオをおいて。




