こぼれ落ちたものと手にいれたもの
死に関するシリアス回です。
苦手な方用に後書きに今回のあらすじを載せました。
「アリリオはおいていかれたの?」
『オレは事情を説明するために残れって、とーさんが――』
アリリオは話しながら、先ほど猫人の男性がしたハンドサインを私たちにしてみせた。
「父さん? えぇっと……どっちが?」
いや合図したのが猫人なんだから答えはでてるんだけどね。虎の父親が猫なの? てっきりルフィノと親子だと思っていたのに。
愛があればなんでもありなんだろうか。
『猫人のほうに決まってるだろ。縞のでかたがイヤになるほどそっくりだぜ』
フフンと鼻を鳴らして胸を張るアリリオは、イヤというわりには自慢に思っているのが丸わかりである。
「それで、なにがあったのかしら」
あちらこちらと寄り道して、なかなか話が進まない私たちに、通訳するのもバカらしくなったのか、プリ先生が強制的に進むべき道へと引き戻した。
『さっき話したろ? 赤ん坊が亡くなったって』
一転して深刻な顔をしたアリリオが話しだした。
「うん、明け方って話していたね」
まだお昼前だから、亡くなってから五、六時間だろうか。
『その子の母親が錯乱して暴れてるって』
現実を受け入れるのが辛かったんだろうな。そう言ってアリリオは鼻をスンと鳴らした。
「なぜいまになって?」
プリ先生は少し思案したあとにそう尋ねた。
特に疑問には思わなかったんだけと、プリ先生には何か気になることがあったのかな。
『う~ん』
アリリオは言いにくそうに顔をしかめたあと、隠していても仕方がないと理由を口にした。
『薬を配り始めたからだな』
「あー」
ユコラ苔の丸薬は乳児には強すぎるんだけど、そんなこと親にしてみたら関係ないからね。
自分の子どもには与えられずに亡くなってしまったとなると、平静ではいられないよね。
三人はなんとも言えない苦味に耐えるかのように口をつぐんだ。
しばらくすると村の方から複数の人の声がして、あわただしく駆けてくる気配がした。
『待てって! ナシオを眠らせてやらないと』
男性の必死な声が聞こえて目を凝らすと、女性とそのあとを追いかけてくる男性の姿が見えた。その後ろにも数人続いている。
『守護者さま、お願いです』
髪を振り乱し目を血走らせた、茶色の犬耳がついた若い女性がこちらに走ってくる。
『アネモナ、もうよすんだ!』
切羽詰まったようすの男性はどうやら彼女の夫らしい。こちらも茶色の犬耳を持っている。
『守護者さまがいらっしゃると聞きました』
こちらに気がつくと、わき目もふらずに一直線に駆けてきた。
『お願いです。この子を、私のナシオを生き返らせて……』
目の前にひざまずくと両腕に抱え込んだ小さな布に包まれたものを、掲げるようにこちらに差しだした。
乱れた髪の毛から覗くその目は爛々としていて、そこだけに生気が宿っているようだ。
『アタシには亡くなったものを生き返らせる力はないわ。この世の誰にもそんなことは成せないのよ』
プリ先生は凛とした声ではっきりと、そして首を振って否定する。
女性はプリ先生の言葉を聞くと、目を見開き全身をブルブルと震わせ始めた。そして男性が後ろから肩に置いた手を力いっぱい振り払った。
『嘘つき! この森の守護者さまは漆黒の翼を持つって言われてるのよ』
灰色の小鳥なんかじゃないわ。守護者さまに会わせてよ。そう言ってさらに身をよじって拘束から逃れようとする。
『アネモナや、もうナシオを休ませてやらんか、ゆっくり眠りたいだろうに』
狼人の村長がそう言ってなだめている。
『なによ! 村長だって大事な息子を村の外に逃がしたんでしょう。なんで私の子は助けてくれないのよ!』
女性は村長に食ってかかり、小さな包みをその胸に抱き込んだ。
『なんてことを言うんだ。若さんたちは薬をわけて貰いに行ったんだぞ』
『なぜ村長の肩をもつのよ。あなたはナシオを喪っても悲しくないのね』
『そんなバカなこと……』
男性は女性をなだめようとしているのだが、女性の言葉を聞くと茫然と立ち尽くした。その顔からは表情が抜け落ち、ひどく疲れきっていた。
『モデスト、アネモナは本気で言ったんじゃない。いまは混乱しているだけだから、気にしたらダメだ』
虎人の男性が女性の夫の肩をだいて慰めようとしている。
そんなやり取りをアリはただボンヤリと見ているだけだった。
「なにを言っているのかわからないけれど、なにを言いたいのかは知りたいと思う」
それに似た苦しみを私も知っているから。
『もうやめなさい。管理者様も驚いていらっしゃる』
村長がなんとか仲裁しようとするが、女性にとってそれは火に油だった。
『管理者なんてなんの役にも立たないわよ。いまごろ村にきたって遅いのよ! この役立たず!』
アリが女性に近寄ろうとしたのと、女性が片腕を振り上げたのはほとんど同時だった。
その時包んでいた布がハラリとめくれて、亡くなった赤ん坊の顔が見えた。
「あ、あ、あぁ。あぁ――」
それを見たアリは一瞬硬直し、頭を抱えるとその場に膝をつき身体を丸めた。
『――さんのいうことを――――いからよ。――――でいたから変わりにしてあげたんじゃない』
『もう――――なさい。半人前の癖――――に逆らうなんて』
「嫌だ、イヤだ! 思いだしたくない――思いだしたら……思いだしたらもう家族じゃいられなくなる」
「アリ、アリ!」
しっかりしなさい。アリ、聞きなさい。ふわりと頬に柔らかな羽毛が触れたのだが、いまのアリが気づくことはなかった。
そしてアリの身体を柔らかな風が包み込んだ瞬間、ガタガタと震えていたアリの意識は唐突に闇にのまれた。
『もう年だからねぇ、あとひと月頑張れたらあんたもいっぱい褒めてあげんのよ』
白衣の女性が老いた柴犬を優しい手つきでなでている。
あぁ、獣医をしている義姉さんだ。久しぶりに見た気がする。
『今日も残業か。犬くんは最近寝てばかりだから早く帰りたいのに』
有は机にむかって書類を処理していた。
そうだった。五年も過ぎたら中堅よりも古い部類で仕事も忙しくなった頃だったな。
ここは自宅のリビングだな。
『仕事を辞めるですって、バカじゃないの』
誰だっけ。暗くて顔が見えないや。
『あとひと月生きられないって』
これは私だ。
『たかが犬のために仕事を捨てるの』
『そんな言い方酷いよ。ひと月は無理だと思うけど、有給休暇を使わせてもらおうと思ってる。明日上司に相談するから』
こんなことがあった気がする。でもいつだった?
『なんで? 朝は起きあがれたのに』
『有が仕事を休むなんて言うからじゃない』
『安楽死させてもらったのよ。無駄に苦しめることないわ』
『まだ頑張れたのに。なんで勝手なことしたのよ!』
『お母さんの言うことを聞かないからよ。悩んでいたからかわりに死なせてあげたんじゃない』
『もう勝手にしなさい。半人前の癖に親に逆らうなんて』
そうだ、疲れて帰ると玄関には段ボールが置かれていたんだ。
立ち尽くしている有の横をすり抜けて、アリは玄関にしゃがみこむと段ボールのふたをゆっくりと開ける。
そこにはお気に入りのブランケットに包まれて、眠っているように冷たくなった犬くんが横たわっていた。
その姿はまるで、先ほど見た獣頭の赤ん坊のように……。
「うわぁぁああっ」
気がつくとアリは荷車の荷台に毛布を敷いた、その上に寝かせられていた。
上体を起こすと汗で髪の毛が顔にはりつく。なんとも言えない気持ちの悪さに顔をしかめていると、プリ先生が荷台の枠に止まっていた。
ガウターも車輪に脚をかけて、こちらをのぞきこんでいる。
「アリ、気分はどう? どこか痛みがあったりはしない?」
「くぅ~ん?」(もうへいきなの?)
「プリ先生、ガウターも大丈夫だよ。私はどれくらい寝ていたの」
「十数分ってとこね」
「そっかぁ。思ったより短いな」
「アリ、アンタがいまどんな顔をしてるかわかる?」
痛みに耐えるかのようにこちらを見ているプリ先生に、先ほど見た光景が呼び戻された。
「はぁー」
いまが話すときなのかもしれない。これを逃すと私はまた胸の奥にしまい込んで離さないだろう。あの若い母親のように。
「プリ先生、ガウターも聞いてくれる?」
有は普通の子どもだった。親の言うことはよく聞いたし、学力もそんなに悪くはなかった。
だがその母親はなにかと有のすることに手出ししては、自分の思いどおりに行動するよう有をしつけた。
進学する際も母親が望む学校だったし、大学は県外だったが、毎週末に報告の電話を欠かすことは許されなかった。
そんな有が心の拠りどころにしたのが犬くんだった。
有が十歳のときに両親に頼みこんで、ようやく飼うことを許してもらった雄の柴犬だ。
犬くんは有とともに育ち、その心を何度も慰めた。大切な家族だった。
それなのに……。
アリは犬くんが亡くなった理由まですべてを話して聞かせた。
有は犬くんの火葬を終えて、母親から庭に埋葬することを拒否されると、評判のいいペット霊園に遺骨を納めた。
有は最後まで涙をこぼすことはなかった。そしてそれ以来、友人が愛犬を紹介しても撫でることは決してなかった。極力犬という生き物との接触を避けて過ごしたのだ。
ガウターを撫でたのは八年ぶりだっよ。アリは力なくそう言って話を終わらせた。
あの犬人のお母さんと話さなくてはならない。
アリは川で顔を洗い、サッと手ぐしで髪を整えると、村人が固まる輪の中心に入っていった。
『守護者様に管理者様、大丈夫ですか?』
村長が心配そうにしているので、頷いておいた。
「犬人のお母さんと話をさせて」
村人たちは少し身体をかたむけてアリを通してくれた。
『アネモナ、管理者様だよ』
彼女の夫がそう呼びかける。
『なんなのよ、もう放っておいて』
アネモナはアリの姿が目にはいると嫌悪感をむきだしにした。
「子どもが亡くなって悲しいんだよね?」
アリはアネモナの気持ちに寄り添おうとした。
『当たり前でしょう』
突っぱねるようにアネモナは返す。でも返事はしてくれた。
「もうその子は目を覚まさない。それはわかっているんだよね?」
アネモナは子どもの死を認めていないのではない。受け入れられないのだ。
『私の苦しみも悲しみだって誰にもわからないんだわ!』
「そんなことはないよ」
『あんたに何がわかるのよ!』
「亡くしたのはあなただけじゃないよね? 旦那さんも同じ悲しみを抱えているんでしょう?」
アリは腰を落とすとできるだけ優しく、しかしはっきりと伝わるように話した。
アネモナは虚を衝かれたように黙りこむと、望みはこれだけなのだとアリの目を見て言った。
「この子を、ナシオを失いたくないのよ」
アリはハッとしてアネモナを見つめた。いまたしかにことばが通じていた。
プリ先生に目をやるとそっと肯定してくれた。
「私もね、八年前に亡くしたの。胸に閉じ込めていたけど、もう解放してあげないと」
アリは自分も失ったのだとアネモナに伝えた。
「初めての赤ちゃんなの」
すがるようにこちらを見上げる。
「管理者になったからわかるんだ。魂はめぐってる」
ちゃん前世を覚えている私が言うんだから間違いないよ。
「だからナシオも輪廻に返してあげないと」
私みたいに閉じ込めていたらダメだよ。ナシオが早く生まれ変われるように、あなたがちゃんと涙で送ってあげないと。
アネモナは亡くなった我が子を強く抱き締めると、音もなく涙をあふれさせた。
私もね言われたんだよ。
いつまでもその死を受け入れないでいたら、亡くなった魂はその人が心配で輪廻の輪の中に行けないんだって。
そう言ったアリの目から滝のように涙が流れでる。
「あぁぁ~っ」
とうとう堪えきれなくなったのかアネモナが臥せるように倒れこむと、慌ててその夫が子どもごと抱きしめた。
犬くん、八年もゴメンね。でもいまなら私も涙で見送ることができる。
だけどここは地球じゃないの。犬くんが大好きな豚足ジャーキーがあるのかわからないんだ。
でも私は管理者だからすごく長生きするらしいから……。
いつかこの世界に犬くんもめぐってくるだろうか。そのときは新しい名前で呼んでね。
《あり~》
「アリ」
ふたりの呼びかけに振りむくと元気いっぱいにアリは応えた。
「プリ先生、ガウター。そろそろ持ってきたものを荷車に積み上げようか!」
以下は本文アウトな方用です。
アリは子どもを亡くした犬人の母親に会い、自分が長年抱えてきた悲しみを噴出させた。
そして犬人の母親とのやりとりで言葉を伝えたい、知りたいという強い願いを持つようになり、言語魔術のようなものを発動することができた。
それによって母親と直に話すことができたアリは、心に閉じ込めていた悲しみを昇華させた。




