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守護者の守護者たる所以

 

「村には医師とか薬師はいないの?」


 アリは慌てて話題を変えようと、村の医療事情を聞いてみた。


『オレのばーちゃんが薬師なんだ』


 モグモグさせていた口に温かいお茶を流し込んでゴクリと飲み干すと、アリリオはそう言った。

 マズルがモゴモゴ動くのを見てるとほんわかするのは何故なのかな。マイナスイオンでも出ているんだろうか。


「村の人全員の病気やケガをアリリオのお祖母さんがみてるの?」


 小さな村だと薬師がすべてに対処するのかな。


『オレの村は獣族ばっかりだから身体は丈夫なんだ』


 誇らしげにそういうと、一転して悲しそうに肩を落とした。


 ひどいケガは街の神殿に行かないと治療ができないが、骨折くらいなら村でも大丈夫だったという。病気も風邪くらいなら数日休んで薬を飲めば回復していた。

 けれど今回は多くの住民がいっせいに寝込んだために、常備してある薬が足りなくなったのだという。


「ちなみにどんな薬草を探してたの?」


『ユコラ苔が欲しかったんだ』


 仲間に嗅覚が鋭い犬人の女性がいるらしい。でも体調が優れなかったなら、ユコラ苔の匂いがわからなかったのかもしれないな。


 ユコラ苔かぁ。あぁ、あれには私も苦労させられた。ガウターがいい働きをしてくれたけれどそのあとがね……。

 アリは遠い目をして辛かった過去を思い起こした。


「ユコラ苔は泣きたくなるほど頑張って作った丸薬があるよ」


 苔自体は採りに行かなければならないが、採ったとしても村につくまでに傷んでしまう。調合済みの丸薬はある。でもこれを勝手に人に渡していいんだろうか。

 プリ先生は私の視線をしばらく黙って受けたあと、そっと息をはきアリリオをみた。


『金はなんとかする。みんなで出し合えば管理者様の薬だって買えると思う』


 プリ先生から無言で返答を迫られたアリリオは、悔しそうになかば諦めたようにそう言った。十七歳の彼にはそれが精一杯なのだろう。


 お金か、そうだよね。対価無しで好き勝手に配りだしたら市場は大混乱だよね。

 迷惑を被る人だって、ひとりふたりではすまないだろう。


 四色の森の素材は高価だっていってたから、アリリオたちは病人全員に行き渡るほどの薬を手に入れることができないのかもしれない。それがわかっているからアリリオはあんな表情に……。

 アリは自分の身体がスーッと冷えていくのを感じた。


 前世では薬が買えないなんて考えたこともなかった。病院に行く時間がとれなければドラッグストアは遅くまで開いていたし、コンビニにだってちょっとしたものなら置いてあった。

 薬が買えなかったらどうなるんだろう。体力のある人は自然に回復するかもしれない。でも高齢者や赤ちゃんは……。

 アリは暗い考えに飲まれていくのを止めることができなかった。


 ズブズブと泥のようなものに引きずり込まれようとするとき、力強い声で呼びかけられたアリは突如思考の闇から引き戻された。


「アリ、アンタはどうしたいの?」


 プリ先生はもう一度同じ言葉を繰り返した。


 私は…………。どうしたいかなんて聞かれたのはいつ以来だろうか。いや、いまはそんなことを考えている場合ではなかった。

 でも私の願いを言っていいんだろうか。


「アンタはまだ見習いよ。何かあったらフォローするためにアタシがいるの」


 ためらっているアリを後押しするように先生が励ます。


「アンタがすることの責任はアタシがとるから、アンタは自分のやりたいことをハッキリさせなさい」


 それでもぐずぐずしているアリにプリ先生は問いかけた。


「アリ、アタシはなに?」


「先生は……小さな可愛い鳥で……私の先生で…………青の森の守護者ですね」


「少しちがうわ、アタシはアンタの守護者よ」


 守るのは森だけではない。青の森を守護し、そして管理者を護り成長を見守り続ける。それが自分なのだと先生はいった。


 そうか先生はずっと変わらず私の味方でいてくれるのか。


「くぅ、きゅ~ん」(あり、ぼくもいっしょにいるよ)


 ガウターが鼻先をアリのお腹に押しつけた。


「ふふっ、こういう押しつけは大歓迎だね」


 アリはガウターの頭をそっと撫でると、ようやくその一歩を踏み出すことができた。


「私はアリリオとその村の人たちを助けたい!」


 アリはプリ先生を真っ直ぐにとらえると、決意を込めてそう答えた。

 薬は必要なだけ渡したい。痛み止めの軟膏や咳に効くお茶だってある。マルマゴは栄養価が高いから病人や看病している村人にも食べさせたい。マルマッシュだってパンよりは飲み込みやすいだろうし、マルトウとマルマジオもあるから経口補水液を作ることができる。


 許されるのであらば、これらのものをアリリオの村に提供したい。

 プリ先生はアリのことばをすべて受け止め頷いてくれた。


『アリ、ありがとう』


 アリリオの両目には涙が溜まり、いまにもこぼれ落ちそうだ。


「私もアリリオについていきたい」


 仲間とはぐれてるなら、管理者見習いの私が一緒の方が魔生物からは襲われない。スス草だっていっぱいある。まさか川の中をさかのぼって行くつもりなのだろうか?

 それに荷物もたくさんあるんだから、拡張されたバッグを持ってる私も同行した方がいいだろう。


 ただ問題もある。私が一緒だと移動が遅くなるんだよね。薬草に水やりだってしないといけないし。


「管理者は森から一日以上離れられないの」


 それにアンタは一年経たないと森から出られないわ。

 プリ先生は水やりなら自分がなんとでもできるけれど、私がまだ解禁していない東に向かうことには難色を示した。


「プリ先生ちゃんとわかってるよ。私はアリリオを森の境界まで届けるだけ。薄情かもしれないけど私は森からはでないよ」


 私は森から出ないから、なにかで合図ができたらいいんだけど。

 狼煙はないのかな、煙の色で合図を決めるの。二色は欲しいかな。青色が問題なし帰って大丈夫。赤がトラブル発生、待機しろって感じかなぁ。


『オレはできないけど、仲間に声で合図を送れるヤツがいるんだけど』


 それは遠吠えかな? たしか遠吠えだと数キロしか聞こえないんじゃなかったかな。


「村は森からどれくらい離れてるの」


『う~ん、隣村よりは近いから六キロくらいだな。走ればそんなにかからねぇで着くんだけど』


 でもここまでしてくれたヤツを黙って帰らせたりしないぞ。ちゃんと送ってやる。

 そうアリリオが約束してくれたから、狼煙については保留にしておこう。


 ここまで考えていることを示すとプリ先生は渋々だが了承してくれた。


「アリリオの仲間がここに来るかもしれないから先生とガウターは留守番してて」


「アリッ!!」


 承諾に傾いた針がいっきに拒絶を指している。そしてしばしにらみ合いが続く。

「ちょっと待ってなさい」

 プリ先生はそういうと鳥かごの中に入っていった。


 どういうことだろうか。とりあえず待っているあいだにしなくてはいけないことを考えてみる。

 薬師も倒れていたらアリリオが薬の投与までしなきゃいけないかも。アリリオにはこの薬の服用方法を教えないと。


 問題は道中の意思の疎通だよね。

 コミュニケーション支援ボードみたいなものを作るか。

 私にはアリリオのことばがわからないんだから、言いたいことを表した絵を指差してもらえば、最低限の意思の疎通はできるはず。

 ハイとイイエは首の動きで大丈夫だけど、トイレに行きたいとか、飲みたい、食べたい、休みたいとか――


 そんなことを考えていると、プリ先生が鳥かごから飛び出してきた。


「アリ、アタシも行くわ」


「えぇッ!?」


 だって仲間は? そう尋ねるとプリ先生はもうその四人は森にいないという。

 鳥かごの中はどうなっているんだろう。


「ガウッ、わんわん」(あり、ぼくもいく)


 キリッとした顔で決意表明したらしいけど、わんわんで台無しだな。ワォーンとかなら格好よかったんだけど。


 でもみんなでこの家を空けるのか。必死に歩けば一日に四十キロくらい歩けるかな。それでも往復で一週間は留守にしちゃうか。


 アリはしばらく考え込み、フッとすべてを解決できる方法を思いついた。


「先生、ドラゴンは呼べるかな」


 ドラゴンは私を乗せてくれるだろうか。


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