王都か地方都市か? そりゃ王都でしょ
「あの! ミルクを保管する缶とか、大きめのビンを売っているお店があったら教えてほしいです」
お腹がふくれて満足したから、もうのんびり森へ帰ろうかなって気分だったけど、プリ先生に念を押されたんだよね。
私の質問にさほど間を置かず、エウリコさんは裏口近くで野菜の皮むきをしていた少年に向かって手招きをした。
「ウーゴ、アリをジジイのところに案内してくれ。終わったら、そのままあがっていいぞ」
エウリコさんが少年の頭をなでまわしながら、私の案内役に任命する。
「りょ〜かぁ〜い!」
ウーゴと呼ばれた少年は、私よりすこしだけ背が高かった。体よりも大きめのチュニックの袖をなんども捲くりあげ、まっ白い前掛けをしている。
人なつっこい笑顔をみせるこげ茶の瞳の下には、同じ色のそばかすが散っていた。
なんだか元気だけど、かなりのんびりした子だな。そう思ったと同時に、エウリコさんの指導がはいる。
「ウーゴ! 承知しましただ。普段から慣れておかないと、とっさに素がでてしまうぞ」
わかる。とくに『うけたまわりました』とか、慣れないと噛むし、うまく口がまわらないよね。『老若男女』もむずかしくて、私は高確率で『ろうにゃくにゃんの』になってしまうんだよ。
「はぁ〜い。しょーちしましたぁ!」
トウモロコシは収穫したら早めに処理したほうがおいしいからと、さっそくエウリコさんが調理をはじめたので、私たちは邪魔にならないように、厨房横の控え室から退出する。
エウリコさんは少年の頭をなでたからか、めっちゃ念入りに手洗いしていたが、それは料理人なんだから当たり前だよね。少年も傷ついた風じゃなかったから、私も特になにもいわないけど、なんだか気まずかったわ。
「ウーゴ君だよね、私はアリだよ。忙しいとこゴメンだけど、よろしくね」
「ん〜ん、へーきだよぉ。案内したら〜、きょうはもう帰れるし〜」
「ふ〜ん。ウーゴ君は、いつも何時に終わるの?」
「ん〜? 九時くらいかなぁ〜。あと〜、おれのことは〜、ウーゴでいーよ〜」
「そう? なら私のこともアリってよんで」
ウーゴは通いの下働きを二年ちょっと続けている街の子で、母親と七歳の妹、そして母方の祖父母との五人暮らしだという。父親はウーゴ君が十歳になる前に、高所作業中の落下事故で亡くなったらしい。
正直、十二歳なんてまだランドセルを背負っている年齢で、早朝から働くなんて考えられない。新聞配達だって、十三歳になってからだったはずだぞ。
一瞬そう考えたけど、ここでは十歳になったら働けるんだった。
ウーゴは調理場で三時間ほど働いた後に、ハンターギルドで採取や街内での雑用を引き受けているらしい。
「とーちゃんがしんじまって、どーしようってこまってたら、妹が十になるまでは、ギルドから助けてもらえんだって〜」
そういえば、どのギルドでも万が一に備えた保険があるんだったな。
ハンターギルドは危険と隣り合わせだから、保障はあまり手厚くないが、ウーゴの父親は建築ギルド員で仕事中だったから、親子でギリギリ生活できる額が支給されているようだ。
ギルド加入年数がもっと長ければ、子どもが十歳になるまでではなく、成人である十六までだったと教えてくれた。
「ウーゴのお父さんは、ずいぶんと若かったんだね」
「とーちゃんが建築ギルドにはいったのは〜、二十八んときだよ〜」
そっか、三十前に亡くなったかと思った。でも、三十三歳だって若すぎるよ。そのときウーゴは九歳で、妹は四歳だったのか。お父さんは、ウーゴたちを心配したんだろうなぁ。
私は幼い子をおいて亡くなったわけじゃないし、正直あまり心残りもなかったと思う。ただ母親から逃げたくて仕方がなかったから、ここで生きなおせるのは単純にうれしい。
ウーゴの父親は、きっとこの世界から離れたくはないだろうし、家族のことを忘れたくもないだろうな。
けれど前世の記憶だよりに、以前の家族の前にあらわれたという話は聞かない。問題を起こす人もでてこないのは、なにか神様の作為を感じるよ。
「私のときは、記憶を残すかどうかも選べたんだけどね」
記憶は消したかったのに、あの女性は残したかったのか。でも地球外に生まれたいとか、矛盾してないか?
「アリ? おれのはなしぃ〜、聞いてるの〜?」
「聞いてるよ」
ゴメン、聞いてなかった。記憶の有無なんて、いまさら考えてもどうしょうもないのにね。
「ハンターギルドは〜、もー辞めてたからな〜」
職歴が短いのは、もともとはハンターギルドに所属していたからだった。辞めて五年は経ったが、ハンターギルドには十五年以上所属していたのに、特になにもなかったらしい。
たぶん、そのときは退職金のようなものが支給されたんじゃないかな。けれど、さすがに引退した人の遺族は、補償対象にはならないよね。
ウーゴは父親のことを、とび職で活躍していたと自慢げに話す。その父親は斥候をしていた男性で、奥さんが二人目を妊娠したことを機に、安定した収入がある職人へと転向したそうだ。
それから五年は働いたので、ギリギリ遺族年金の対象になったらしい。
「親方がさ〜、とーちゃんをかわいがってたって――」
ウーゴの話を要約すると、建築ギルドの幹部のひとりが、大黒柱を失ったウーゴたちを心配して、十歳になったらレオナルド様のところで働けるように口添えしてくれたらしい。
「そっか、十歳になるまではウーゴも支給対象だもんね」
それはふた月もなかったが、父親不在の生活を受けいれるには必要な期間だったようだ。
ウーゴとその母、そして妹は、祖父母と一緒に暮らすことで、お互いに足りない部分を補いあって暮らしているのだと、おとなびた表情で話すのを、神妙な面持ちで見守った。
早朝からの数時間だけど、領主館だから賃金を誤魔化されることもないし、街の食堂で働くよりも時給がいい。昼食まではいないので賄いはないが、たまに料理や食材をもらえる日もあるのだと、ウーゴはうれしそうに話している。
「アリは〜管理者サマだから〜、おしえたんだ〜」
つらい環境に置かれている子はウーゴひとりではないので、こんな恵まれた話はほかではできないらしい。
妬まれて、嫌がらせを受ける原因をつくるバカはいないと、間のびした話し方で力説されても、違和感がありまくりで同意しづらいんだけど。
しかし、はじめましての子どもにさえも、私には秘密を漏らすようなお友だちがいないという、究極のボッチ生活が見抜かれているのは何故なんだろうな。
「アリはさ〜。ひとりごとが〜、多いよね〜」
それが原因か! たしかに自覚はある。しかも考えを声に出していると、自分で気づくこともあるくらいだし。思考中はなぜか勝手に、声が出ちゃうんだよなぁ。
「あ〜。うん、気をつけるよ」
それから十五分くらいで、隣家とは若干距離がある建物がつづく区間に着いた。
「もー着くよ〜」
そこは、商業ギルドに顔を出しにくい私にはありがたい、売店と一体化したギルドなのだという。
「じーちゃ〜ん! おきゃくさんだよ〜」
「んん? なんだ、ウーゴじゃねぇか。オメェ仕事はどうした」
カウンターの奥で、ダボっとしたシャツを着た男性が立ちあがる。あんなに若いのに爺ちゃんなんて呼ばれるのかと驚くくらい、老けたところはどこにも見当たらないオジサンだった。
「いまはね〜。道案内だよ〜」
爺ちゃんと呼んではいるが、ウーゴの祖父ではない。メインストリートよりも下町にちかい、職人たちが集まる場所にある、窯ギルドのギルド長だった。
カウンターから出てウーゴの前に立った男性は、モスグリーンのカーゴパンツに、アイボリーのシャツを着ている痩躯な男性で、白髪もシワも目立たない、色素の薄い姿をしている。
ウーゴはエウリコさんから私の道案内を頼まれたことと、私が管理者であること、ミルクを入れる容器を欲しがっていることを、やはり間のびしながら説明してくれた。
「じゃあ〜、おれはもー帰るからな〜」
きょうは領主館にいく必要がないから、自宅へ帰るのだろう。聞けばここからそれほど遠くない場所に、彼が家族と住む家があるという。
「わかった〜。ありがとーね、ウーゴ。エウリコさんたちにもよろしくねー」
感染ったわ。
道中、世間ばなしを聞きながら来たから、ウーゴの口調に染まってしまったよ。
「はーん? 数日前からご活躍の管理者さんねぇ?」
腕を組んで見下ろされ、頭のてっぺんからジロジロと観察されるのは、居心地のいいものではない。
エウリコさんがジジイ呼びしていたくらいだから、見た目よりもご高齢なのだろうが、いくら老人要素を探しても、五十より上には見えないんだよね。
そうすると、エウリコさんよりも年下っぽくなっちゃうので、ジジイ呼びが謎なんだよなぁ。
「ちょっと、ギルド長! 子どもに威圧はやめてくださいよ」
「ふんっ。まぁ、ゆっくり見てけや」
カウンターにいた女性からかばわれて、ようやく私はギルド長の視線から解放された。
悪徳商会の話は、すでに関係ギルドにも通達済みらしいし、商業ギルドの関係者や貴族も処罰されているから、恨んでいる家族だって少なくないだろう。今後、コンバの街を歩くときは、闇討ちに用心しないとダメだね。返り討ちにはできるけど、逆恨みで攻撃されるのは不愉快だし。
でも、ギルド長の視線から悪意は感じない。まあ、あったとしても、こちらからはなんのアクションも起こせないんだけど。
「このように、ちいさなサイズもありますよ」
「いいてすね〜」
売店の女性が持ってきたのは、五リットル缶だった。これがいちばん小さいサイズらしい。
持ち手は両方についていて、缶のが直径二十センチくらい。高さも三十センチはなさそうなので、私でも抱えて運べる大きさだ。だけど、ちょっと重いんだよな。
銀色の金属製だが、アルミのような軽い素材ではないのだろう。これにミルクを限界までいれたら、運ぶのは魔素に頼むしかないか。
棚にある見本は、持ち手が両手か片手かの違いだけで、あとは内容量が五リットルから二十リットルまでのサイズ別にならべられている。
「これより大きいものが必要なら、受注生産になります」
ミルクを入れるような缶は需要が少ないので、あまり在庫を置かないのだという。ふつうなら、この店ではサイズなどを確認するだけで、ギルドをとおして職人に作成を依頼する。
数が多くて納期も急ぐなら、複数の職人に声をかけるらしい。
「いえ、サイズは五リットルと十リットルがいいです」
乳牛を飼っているわけではないので、二十リットルはさすがに大きすぎる。五リットルのが使いやすいが、二個しか置いていなかった。
「見本がなくなっても困らないなら、こちらの小さいほうから五個ください」
五リットルが二個、十リットルは三個だ。五リットルの在庫は両手用と片手用がひとつずつだが、十リットルは二個ずつあったので、片手用をひとつと両手用をふたつ選んだ。
「あ、こっちのビンもほしいです。ビンのフタはコルクなんですね」
王都で三百ミリリットルの小ビンと、千八百ミリリットルの大ビンは買ったから、これは中ビンにあたるサイズなのだろう。
「はい、そのとおりです。こちら、一箱ご購入の方には、予備のコルクもおつけしております」
一リットル用の細長いビンは、いくつかネジ山が歪んだために金属のキャップは合わず、フタはコルクで封をするようだ。これは、木箱にはいった十二本をまるごと買う。予備のコルクは三個で、あわせて十五個受けとった。
ここでは、商会には卸せない弟子がつくった習作や、作成過程で歪んだものをB級品として安く売っている。本体に問題があるものは、検品過程ではじかれているから、傾けない限り中身が漏れることはないので安心だ。
「こっちの太いのも買いたいんですけど、見本を残さなくても大丈夫ですか?」
「こちらは、完全密封ではありませんが、問題ありませんか」
「はい、大丈夫です。果実を漬けるので」
発酵するとガスが出るから、完全密封だと爆発しちゃうよね。焼酎やウイスキーで漬けてもおいしいんだろうけど、年齢的にアウトだからやめておく。
果実酒ビンのような口広タイプのガラスビンを、大小合わせて二十個購入する。サイズは、一リットル、三リットル、五リットル、八リットルを五個ずつ選んだ。
依頼されている薬は、ちゃんと王宮から預かっている印つきの容器を使うから、これは完全に自分用だ。
大量の購入品をせっせとバッグにしまいながら、ついでにカウンターのなかをながめるが、窯ギルドの事務室はとてもせまくて、机も三台しかない。
ギルド長とかばってくれたお姉さんと、売店のおばさんが使うのだろう。
「では、合計で四百五十一オーロてす」
思いきって買ったのに、報酬の一割にも満たないとは。
「ええっと、じゃあ大金貨と銀貨と一オーロも一枚ね」
これて五百五十一オーロだから、おつりは百オーロだね。
「まあ! 現金でお支払いですか?」
「はい、お願いします」
売店のおばさんはカウンターの奥に行き、ギルド長に話しておつりの金貨を金庫から取り出した。大金を使うお客様は、カード決済が主流なのだろう。
こんなファンタジーな世界でも、現金払いは敬遠されるらしい。こんなことなら、個人カードを使うんだったよ。
ギルド長の観察するような視線は気になったが、特になにも起きず、おつりをもらってギルドをあとにした。
「必要なものは、けっこう買えたかな」
レオナルド様から高額報酬をもらったので、この領地にお金を落とすぞという目的は、ほんの少しは果たされたと思う。
もっと数がほしいものもあったが、ギルド長と仲良くできるかわからないので、注文はやめておく。せっかくエウリコさんが紹介してくれたのだが、人には相性というものがあるのだ。
こんな感じで、領主館をでてから四十分ほど過ごし、孤児院の子どもたちが朝食を食べ終えていると予想した、九時をすぎたくらいに神殿を訪れた。
「傷の経過はどんなかな? ゴメンね、ちょっとだけ見せてね。痛いところはあるかな?」
「大丈夫です」「…………」
パウラちゃんは返事をくれたが、チュイ君は首を横に振って応えてくれた。
彼らの傷には四色の森で育った薬草をつかったので、跡も残さずとはいかないが、すでに薄っすらとしたピンク色になっている。痛みは消えているというが、触れるとビクリと震えるので、人に触れられるのはまだ怖いんだろうね。
まだほんの少しだが、こうやってチュイ君にも反応が出てきたことが嬉しい。自分の対応の悪さには反省するばかりだが、痛む背中に触れてもまったく反応がなかった子が、いまは緊張したり体を弛緩させたりしている。
そりゃあ恐怖心なんて。かんたんに消えるものではないのだから、時間をかけてケアしていくしかない。けれども、彼らはすでにベッドから離れていて、孤児院の子たちと一緒にお手伝い中だった。
すでに元凶が罰せられているので、保護者が子どもを受け入れる環境が整えば、すぐにでも孤児院から出て自宅に帰れるのだという。
「パウラちゃんのとこはお母さんと住める家を探してて、チュイ君はお父さんが元気になったら、お家に帰るんだね」
「そうです」「んっ」
チュイ君が縦に頭を振ったら、少しだが声が出た。自分の名前を呼ばれるのも、だいぶ慣れてきたらしい。
こうやって徐々に言葉が増えて、話せるようになっていくんだろうな。
「つぎは喉にいいネルガのシロップか、クプの実をおみやげにするからね」
嬉しそうにするふたりの頭をなでて、治療はおしまいだと宣言すると、お礼を言ってから出て行った。授業が始まる前は、掃除や畑の作業など、やることがたくさんあるのだ。
「子どもが犯罪の被害者ってのは、もう見たくないんだけど」
逞しくないと生きていけないような環境だから、療養している時間も惜しいと思っているのか、まだ幼いのに勤勉なことだね。
意地悪な継母から助けてくれなかった父親だから、受けつけないかと思ったけれど、商会から監禁されていてヨレヨレのガリガリだったからか、自分のことよりも心配しているのだろう。
継母が言ったことはすべて嘘だったとわかり、父への思慕が戻ったのかもしれない。そして、やはり彼らも嫌な思い出がある家からは出たいようで、引っ越しを検討しているという。
だが、あのイヤな記憶を呼び起こすトゲのある木がある家に帰すのは、事件を知る誰もが反対したと聞いた。
彼らの帰宅よりも先に庭のカラタチをすべて撤去させ、オウゴンマサキに似た生け垣にすることに決め、加害者からの賠償金というかたちでギルドに依頼したのは、ご領主様なのだという。
レオナルド様も、自分のお膝元で起きた犯罪の責任をとらなければならないから、被害の範囲は把握済みなのだろうね。
日本ではオウゴンマサキには毒性があったが、こちらの品種には毒性がなく害虫にも強いので、庭木として人気があるらしい。あざやかな黄色い若葉も、明るく希望あふれる未来の象徴として、好まれる要素のひとつなようだ。
「そっか、チュイ君とチャロちゃんの父親が迎えに来るのを見送りたいんだね」
畑の片すみで草むしりするメルを見つけたので、一緒にしゃがんで、いまの気持ちを聞いてみた。
「ん、おりぇにょこぶんらし」
子分って、きみがいちばんチビッコなのに。
「わかった。森に行くかどうかも、ゆっくりでいいんだよ。私もまだ調べたいことがあるし」
「ん!」
メルも神官たちの支えがあるからか、ベッドで餅巾着になるのはやめたようだ。子どもたちの過干渉もなくなって、落ち着いているのだという。
メルを四色の森に連れて行ったら、兄君が刑期を終えて帰ってきても、ここには誰もいないことになっちゃうのか。メルもちょっと難しい子だから、まだまだ子どもの兄君に任せることはできないんだよね。
「メル、体は女の子だからなぁ」
「やはり入浴時やトイレでは、いまだに戸惑う様子が見られますね」
「あまり気負わずに、自分の心と向き合えたらいいんですけど」
そんな話を神官長様としたあとに、偶然にもハンターギルドで知り合いに会ったのだ。
「噂ですか」
「ええ、そうなのですよ」
ふくよかな頬に手を添えて、ちょっと困った表情をしているのは、騎士団づきの医術師であるダニエラさんだ。
噂というのは、トリャフェンという名のラッコモドキ。私を目の敵にして、一般的には幸運のお守りみたいな扱いの、幸石という小さな不幸をまき散らす。各地にある広場の噴水に住みつく、小憎らしいあんちくしょうのことである。
「それが、ある地域から減少していると?」
「はい、王都西区のギルド員からの報告ですので、間違いはありませんわ」
王都カメリアの住民は二十万人ほどらしいが、住宅街と決められている土地は限られている。王都には山や湖などの人が住まない場所もあるし、王都の食を支える農地も広い。人口が増えたとしても、それらを減らすことはないようだ。
当然人の住む場所は、生活に便利な平地にかたまっていて、住民が集まる場所にはインフラが整備される。そのなかで命にかかわる水場は、最速で整えなければならない。
「青のドラゴンと一緒に見おろしたけど、王都ってけっこう緑が多かったんですよね」
パパガヨ国に大きな街はいくつかあるけれど、やっぱり王都の面積が一番ひろい。
そのおそろしく広い王都のまわりは、人を襲ういきものの侵入を防ぐために、高い街壁で囲まれている。なので、万が一他国から攻め込まれたときにも国民が飢えることがないよう、農地や森を維持しているのだと聞いた。
同じように王城も高い石壁で囲まれているし、城の北には森や湖があり、狩りの獲物が豊富なのだ。
「王都の森の生き物は、毎年個体数調査を行っているのですわ。バランスを取るために、家畜の頭数も制限があると聞いておりますし」
「へ〜」
王城に近い王都の北や北東側には、庭つきの屋敷をもつ貴族が暮らし、中央よりやや北側には地方に領地がある貴族のタウンハウスが並ぶ。
中央には裕福な商会や、格式の高い宿屋にレストランが軒を連ねているし、大通りには各ギルドの本部が集まり、王都内や各領地に点在する支部の統括を行っている。
そして南側にはいくつもの集落にわかれて平民たちが暮らし、それぞれの集落にはギルドの支部や商店、神殿などが配置されているのだという。
「だから広場もたくさんあるし、その数だけ噴水状の水場あると」
「そのすべてに、トリャフェンは住みついておりますわ」
このように、王都はある程度区画分けされており、そんな王都の中央にある時計塔よりもすこしだけ南西。その辺りにある大きな商会の跡取り息子の妻が、しばらく店頭に顔を見せておらず、どうやら原因不明の病を患っているらしいという。
妻の長患いがまだ噂でしかないのは、評判が売り上げに直結する、商会という立場にあるためだ。
「わたくしが確認したところ、間違いなく昨年の春に女児を出産しておりましたわ」
なるほど、産婆さんも医療ギルドに入っているんだね。
女の子を産んだ女性。しかも、原因不明の病にかかっていると。
産後に体調を崩す人はそれほど珍しくはないけれど、この商会の奥さんが違うとは断言し難いね。
「トリャフェンが減少している水場から、その商会が近い。むしろ中心に位置していると?」
「ええ」
ダニエラさんが神妙な顔つきで頷く。
「たしかにアレは魔素に寄ってくるもんね」
アイツらは大気中の魔素よりも、魔術を使ったあとの燃えかすみたいな魔素を好むのだ。だから王城の魔術師棟には、トリャフェンたちがうじゃうじゃいるって聞いたんだよね。
そして天然の魔素清浄機な私は、奴らから心底嫌われているのだ。
「それにどうやら大変なネコ好きらしいのですわ」
「ネコ?」
「正確には、ネコのような鳴き声のいきものが、複数いる気配がすると言われているようですのよ」
商会の屋敷に入れる者は多くないが、まわりではよくネコの声が聞こえるらしい。
トリャフェンもニニャーって鳴くよね? ネコっぽいと言われたら、そんな気もするな。
盗んだ魔石が家族の周辺に悪影響を与え、その変質した魔素にトリャフェンたちが集まっているのか?
あいつらってどうやって移動してんだろ。水に浮くか石を投げるかしかしないじゃんね。
「王都にいても完治しない病か」
ガラの悪い神様が言ってたよね。私が転生局で申請したお願いを思い出せって。
私はすぐに寿命が尽きないように、戦争がなくて、すぐに医者から診てもらえるような環境を望んだ。
ダニエラさんが、いまの医術師長が王都並みの医療が受けられるよう、ネットワークを整備してるっていってたから、地方都市で生まれていてもおかしくはない。
でも、結局は王都が一番ってことでかわらないんだから、同郷の女性は王都で誕生した可能性が高いと思う。
となると、いまのところはその商家しか情報がないんだから、調べない手はないよね。
問題はチコさんがいないと、王都に着けたとしてもそこでタイムアップすることだ。
一日以上青の森から離れられないんだから、オーバーするとわかっていながら、そんな無茶をすることはできない。
神様との話しでは一年の猶予はあるのだから、チコさんが戻るまで待っても許されるだろう。いまも謎の病で苦しんでいる人がいるのは心苦しいが、魔石が原因じゃなかったら、私ができることはあまりに少ないのだ。
「わたくしは騎士団に所属しておりますので、街の医術師たちとはあまり面識がないのです。けれど、騎士団が常駐していない地方都市からも、あと数日で連絡が来るでしょうね」
思ったよりもレスポンスがはやい。ギルドのネットワークもバカにできないんだな。
「ありがとうございます、ダニエラさん。つぎに王都へ行く前に、また確認にうかがいますね」
まったく手がかりがなかったのだから、この情報はありがたい。一発であたりを引くとは思っていないけど、手探り状態ないまは、この商家のご婦人が探し人であって欲しいと願うばかりだ。




