14 王宮からの呼び出し
14 王宮からの呼び出し
王宮から、ミーナに会いたいという連絡が届いた。
しかも内容は妙だった。
――誰にも知られぬよう、密かに王宮へ連れて来い。
それだけでも十分に胃が痛くなるというのに、ほぼ同時にギルド本部からも通達が届いた。
王命には従え。
そして、そのすぐ下に一文。
ミーナを必ず守れ。
短い文章だった。
だが、その一文だけで十分だった。
おれは思わず机に突っ伏した。
「……おれの平穏なギルドマスター人生が……」
十年間、この町で静かに暮らしてきた。
新人冒険者の面倒を見て、依頼をさばき、たまに酔っ払いの喧嘩を止める。
そのくらいがちょうど良かった。
それなのに、なぜ王宮なんだ。
しかも相手は、二十年前に追放された元聖女だ。
どう考えても嫌な予感しかしない。
胃薬が欲しい。
いや、ミーナの特製ポーションでも飲めば治るだろうか。
そんな馬鹿なことまで考えてしまった。
その日のうちにミーナの家へ向かった。
庭ではキーランが薬草を干している。
こちらを見るなり、嫌な予感でもしたのか、表情が引き締まった。
「ギルド長?」
「ミーナはいるか?」
「います」
家へ入ると、ミーナはお茶を淹れてくれていた。
「こんにちは。今日はどうされたんですか?」
穏やかな笑顔を見るだけで、ますます言いづらくなる。
だが言わねばならない。
「……王宮から呼び出しだ」
茶碗を置く手がぴたりと止まった。
「わたしを?」
「ああ」
封書を差し出す。
ミーナは最後まで読み終えると、小さく息を吐いた。
「理由は書いてありませんね」
「おれも知らん」
「どうして平民のわたしなんでしょう?」
「正直に言うとわからない」
おれは首を横に振った。
「わからん」
本当に分からないから、安心させる嘘もつけない。
ミーナはしばらく黙っていた。
それから苦笑した。
「断れませんね」
「ああ」
「王宮に呼ばれたら、平民にも拒否権はありませんものね」
淡々とした口調だった。
諦めではない、昔からそういう決まりを知っている者の声だった。
「だから、おれも同行する。」
「ギルド長が?」
「ギルド本部からも命令が来た。お前を守れ、と」
するとミーナが少し困ったように笑う。
「守られる年でもないんですけど」
「そういう問題じゃない」
「そうですね」
くすっと笑って立ち上がった。
「では、いつでも出発できます」
まるで近所へ買い物へ行くような気軽さだった。
その落ち着きが、おれには逆に恐ろしい。
すると横で聞いていたキーランが一歩前へ出た。
「本当に二人だけですか」
低い声だった。いろんな意味合いが声にある。俺と二人で行くのを嫌がっている。俺と二人だけを王宮に呼びつける、不自然さにも憤っている。
「ああ」
「護衛は?」
「王宮側が用意するそうだ」
キーランの視線がおれへ向く。
睨んでいる。
完全に睨んでいる。
「……やめてくれ」
思わず両手を上げた。
「おれのせいじゃない。」
「……」
「本当におれのせいじゃないんだ」
キーランは何も言わない。
ただ、ますます目つきが鋭くなる。
勘弁してくれ。
おれだって行きたくないんだ。
結局、出発は三日後になった。
ポーションを作る時間が必要だと言うのだ。
留守にする間、冒険者たちが困らないように。
近所の老人たちが薬を切らさないように。
ミーナはポーションを大量に作った。
いつもよりずっと多い本数を納品すると、最後に小さな瓶を二本取り出した。
「ギルド長」
「ん?」
「これは持っていてください」
透明な瓶だった。
ほのかに金色の光が揺れている。
「これは?」
「特別製です」
さらりと言う。
「お守り代わりです」
「……飲むものか?」
「必要なら」
必要なら、とは何だ。
聞き返したくなったが、ミーナはそれ以上説明しなかった。
おれは黙って腰のポーチへしまい込む。
不思議と、それだけで少し安心した。
迎えの馬車は、拍子抜けするほど質素だった。
貴族の紋章もなければ、飾りもない、どこにでもある辻馬車そのものだ。
「徹底してるな……」
だが、周囲を見ると分かる。
一見すると旅人。
一見すると商人。
一見すると馭者。
だが歩き方が違う。
腰の落とし方が違う。
視線の配り方が違う。
全員、手練だ……
目立たぬよう配置されているが、おそらく近衛か、それに準ずる者たちだろう。
ミーナを守っているのか?見張っているのか?
ますます嫌な予感しかしない。
旅は静かだった。
途中で宿へ泊まった。
料理は美味いし、部屋も広い。
本来なら旅を楽しめる宿だった。
だが、おれは食事の味もよく覚えていない。
夜中も何度も目を覚ました。
ミーナは普段通りだった。
本を読み、お茶を飲み、「いい宿ですね」と笑っていた。
この人は本当に肝が据わっている。
あるいは、覚悟を決めているのか。
どちらなのか、おれには分からなかった。
やがて、王都の巨大な城壁が見えてきた。
そして、その中心にそびえる王宮の塔。
馬車は速度を落とし、ゆっくりと城門へ近づいていく。
重々しい門が軋みを立てて開いた。
おれは無意識に腰のポーチへ触れる。
そこには、ミーナから渡された二本の小瓶が入っていた。
――頼むから、使うことになりませんように。
そんなことを願う俺を乗せて、馬車は静かに王宮の中へと入っていった。




