いつもの普通な日常へ
ただただ流されて過ごしていて、すっかり頭から抜け落ちていたこと。ふとした時に浮かんできた。
お母さんや、友達の皆は元気かな……?
ここでの暮らしに何も文句は無いけれど。私、本当にずっとこのままでいいのかしら?
結局、女王になっても女王としての普通な毎日なのよね。
いや、普通の女王の生活に飽きて来たとは言わないけれど。元の世界が恋しくなったとは思う。
私がいなくなっても、皆平気なのかな……?
そもそも、元の世界は一体どうなっているの?
その答えを知っているようで全く知らない少女が、今まさに商店街を闊歩していた。
「ああっ! 何度見てもここの世界は全てが新鮮ですわ! もう覚えましたわよ、あのサクサクの俵状の食べ物はころっけと言うのですわよね。その隣にある鶏肉料理はからあげ。フフッ、私ここの世界に来てなんだか生き生きとしてきたように思います。寝る時こそ橋の下でだんぼーるですが、お金の稼ぎ方も覚えましたし、なんら不便はございませんことよ」
雰囲気と話し方と身なりが不釣り合いのこの少女こそ、すみれの世界に飛ばされてきたリーデであった。
元のリーデはすみれと同じ15歳だが、この少女は見たところ6〜7歳……しかもリーデが来る前は今より更に痩せこけていたようで、正確な年齢が推測しにくいほど。
どうやらすみれとリーデが直接入れ替わっているわけではなさそうで。
では一体、すみれの身体は何処へ……?
――戻って! 戻ってきて、すみれ……
――すみれちゃんがいないと、寂しいよ……
微かに聞こえた気がする、懐かしい声。
変ね、願望から生まれた空耳かしら……
「すみれ!! 目を覚まして、すみれ!」
お母さん!?
確かにはっきりと聞こえてきたわ、お母さんの声!
「すみれちゃん! 学校で皆待ってるよ……早く起きて」
この声も、友達の真里!
私は寝てるっていうの? 今ここで女王として生きているのに……?
その瞬間、世界がぐらぁぁっと歪んで、何処かに飛ばされたような感覚があった。
目を開けたら視界が一気に変わっていた。私は病院のベッドの上だった。
「あれ、私……」
「すみれ!!」
「すみれちゃん!」
その日は母と真里がお見舞いに来てた日だったようで、二人から一気に名前を呼ばれた。
「私、今まで一体どうしてたの……?」
「1ヶ月前の日曜の夜以来、一度も目を覚まさなくなっちゃってね……突然の脳梗塞だったのよ。命は助かったものの、このままずっと目を覚まさないんじゃないかって、心配で……」
「やだ、お母さん……泣かないでよ。私は大丈夫よ」
「良かった……すみれちゃんが目を覚ましてくれて」
「なんだか、長い長い夢を見ていたようだったわ」
「え、何の夢? 気になるなぁ」
「……内緒」
夢にしては、痛覚も味覚も嗅覚も、ヤケにはっきりしてたから……変な感じだわ。私が寝ている間の体験は一体何だったのかしら。
兎にも角にも、これから佐久間すみれとして再スタートね。さぁ、私のこれからの人生……どんな色にしていこうかしら。
その時、リーデも元のローズウィンド王国に戻っていた。すみれが公務をやっていたのでそう大きな影響はなかったようだ。ただ、戻ってすぐの頃には、ころっけとからあげはどこ? と混乱していたようだが。
リーデの身体となっていた橋の下の少女は、暫くはリーデの力で補給出来た栄養で生き永らえたものの、残念ながら後程に息絶えていた。行政と福祉の目が届かない所で生きていた少女の哀しい最期だった。
すみれが戻らなければ少女が助かったと言い切れる訳ではない。少女は少女で元々死線を彷徨っていたからこそ、リーデの受け皿となったのだから。
少女とすみれの両方が生きるか死ぬかの瀬戸際だったのには違いない。すみれが女王でいる間、目を開けないすみれの身体には少女の魂がほのかに宿っていた。
すみれが元の世界に戻りたいと願っていなければ、どうなっていたかは……ご想像にお任せとしたいところだが、すみれの身体も少女の魂も次第に灯火の終わりを迎えていたのだろうと容易に想像がつく。
少女がなぜ酷な環境に身を置いていたのかは、様々な形のネグレクト報道が飛び交う現代でも滅多に有り得ないことと思われるかもしれない。だが我々大人の目の届かないところで犠牲になっている子供達が多いというその根本に変わりはない。
願わくば、普通に健やかなる少年少女としての毎日を送る子供達ばかりであることを。
後書きです。
ご読了ありがとうございました。
すみれが成り上がり女王になるお話は、異世界物が流行るずっと前から(それこそ20年以上前から)温め続けていたのですが、小説として読み応えがあるほど長く書こうとしたら書かないままでまた何年も経つと思い、暇すぎる今この時にiPadとiPhoneでササーッと短めに書きあげてみました。
この終わり方にしようと決めたのは今日の今日です。最初はすみれとリーデを単純に入れ替えるつもりが、リーデとその小さな身体を生き生きさせる書き方もいいなと。そして警鐘にもしようと。後味悪くなってしまってすみません…
罪も無い子供が犠牲になる事例が後を断ちませんが、どうか一人でも多くの子が助かり、またそんな辛い事例がゼロになる日が来ることを祈って。




