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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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正当防衛

「……俺に言われてもな」

 店舗の玄関口で、アノンの声がする。

 ニコルとアルティマは顔を見合わせて、店舗の中へと入った。

 まず視界に入ったのは、メルディヴィスの魔術師だろう、漆黒の外套を纏った長身の人物の背中だった。

 カウンターを挟んで向こう側に、車椅子に座したアノンがいる。作業中だったのか、左手に使い古されたハンマーを持っている。

 ニコルたちが入ってきたことに気付いたのか、ゴーグルの下で気だるげに前を見つめていたアノンの双眸が動いた。

「アルティマ。あんた、メルディヴィスの部隊に喧嘩売ったのか」

「……ああ」

 一同の視線が集中する中、アルティマは思い出したかのように髪を掻き上げながら言った。

「正当防衛よ。喧嘩を売られたのはあたし」

「……困りますよ。ただでさえ戦力が不足しているというのに、いたずらに数を減らされてはたまったものでは」

「だから正当防衛だって言ってるでしょ」

 アルティマは魔術師の横を通り過ぎ、カウンターまで行くと、担いでいた機関銃をそこに置いた。

 魔術師の方に向き直り、腕を組んで、続ける。

規則ルール違反はしてないわよ。やられたからやり返しただけ。たまったもんじゃないって言いたいのはこっちの方だわ」

「アノンさん、素材、工房の方に……」

 部屋の奥のドアが開き、ネイティオがひょっこりと顔を出し、口を噤む。

 何やらただならぬ雰囲気に、首を突っ込むのは得策ではないと思ったのだろう。まあ正しい判断ではある。

「吹っ飛ばされたくないなら、きちんと教育してちょうだい。アナクトの連中と工房の人間の区別が付けられないなんて前代未聞よ。こっちはそんな何人もいるわけじゃないんだから、難しい話じゃないでしょ」

「そうは言いますが、知能が退化している兵も少なくはないんですよ。全員に教え込むのは、流石に──」

「じゃあ吹っ飛ばしても文句は言えないわね。そこまで面倒見てられないし、面倒見るのが工房の仕事じゃないんだから」

「…………」

「何よ」

 はあ、と魔術師は溜め息をついた。

「……分かりました。この件についてはこちらで注意喚起しておきます」

 どうやら、言い争いでは勝てそうにないと察したようだ。

 魔術師はアノンへと視線の先を戻し、尋ねた。

「注文していた祭器ですが、いつ頃完成しますかね?」

「3日もあれば十分だ」

 掌中のハンマーを弄びながら、アノンは落ち着いた物腰で答えた。

「誰が引き取りに来るかは知らんが、きちんと持ち運べる奴を寄越してくれ。流石に配達までは請け負いかねるのでね」

「承知しました」

 ではこれで、と魔術師は頭を下げ、玄関から外へと出て行った。

 アノンはハンマーを膝の上に乗せると、車椅子を反転させた。

 ネイティオが開いたドアをくぐり、部屋の奥へと姿を消す。作業に戻ったのだろう。

「……また何かやったんスか? アルティマさん」

「人聞き悪いわね。正当防衛だってさっきから言ってるでしょ」

 ふん、と鼻を鳴らして、アルティマはカウンターの裏側に回った。

 棚を漁って小さなタグを取り出すと、そこに小さく何かを書き記し、カウンターの上に置いていた機関銃に結わえ付ける。

 機関銃を担ぎ上げて、肩越しにニコルの方へと振り返る。

「突っ立ってないで、入ったら?」

「あ……はい」

 ニコルは1歩を踏み出して、法衣の裾を思い切り踏みつけた。

 べたんと床に突っ伏す彼を見て、ネイティオが笑う。

「裾上げ、した方が良いかもしれないっスね」

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