ネイティオの悩み事
無事に『仕事』を終えた2人は、帰路を歩んでいた。
「……腹が重たいっス」
胃がある辺りを撫で擦りながら、ぽつりと呟くネイティオ。
それはそうだろう、と言葉には出さないがニコルは胸中で頷いた。
あれだけの量の『素材』を丸飲みにしたのだ。身体に何も変化が起きないはずがない。
見た目に変化がないので、飲み込んだ分の質量は何処に行ったのかという疑問はあるが、そこは突っ込んではいけないのだろうと思うことにしていた。
「ニコルさんは」
と、唐突にネイティオがニコルの名を呼んだ。
「はい?」
「やっぱり、おれのこともメルディヴィスの魔術師たちと同じ存在みたいに思ってるんスかね」
「…………」
いきなり思案の核心を突いてきた問いかけに、ニコルは言葉に詰まった。
確かにそう考えたことは否定しない。だが、それを馬鹿正直に話せばネイティオが傷付くだろうことは分かっているのだ。
まっとうな人間なんて、今更探したところで存在しないのかもしれない。
だがそれでも。ネイティオは、──アルティマも、アノンも。ニコルの側に立って、物事を見て考えて接してくれている。
戦争のことしか頭にない工房の外の人間たちとは、違うのだ。
「……いい人です。貴方たちは」
ニコルはしばし沈黙した後に、ゆっくりと、言葉を選んで開口した。
「僕を見捨てないで、普通に接してくれているから……それだけでも、僕にとっては『人間らしい人間』だと思っています」
「無理して言わなくてもいいんスよ。おれは、自分でも納得してるつもりっスから」
撫でていた腹をぽんぽん、と労わるように叩いて、ネイティオは微苦笑する。
「大陸最凶の屍賢者だって言われてること、否定してないっスから……」
メルディヴィスが誇る人体変異のひとつに、屍人化というものが存在する。身体の一部がどんなに吹っ飛んでも動き続ける死体を生み出す技術だ。
通常、屍人と化した魔術師は知性を失い、魔術を行使することもなくなるが、時折知性を保ったまま屍人となる者が誕生することもある。
そういった者は屍賢者と呼ばれ、生きた魔術師とは区別されるのだ。
ネイティオはメルディヴィスの魔術師ではないが、その特殊性からそのように呼ばれ、ある者からは畏敬され、ある者からは忌避されていた。
一個の兵団を上回る戦闘能力を秘めた万工房の屍賢者、と──
「……ネイティオさんはネイティオさんです」
ネイティオの方をしっかりと見据えて、ニコルは言った。
「それでは、駄目ですか?」
「……ニコルさん」
「……すみません。上手い言葉が見つからなくて」
頭を下げると、ネイティオは気にしないでくれとかぶりを振った。
「アノンさんと同じことを言うんスね」
「アノンさんと?」
「昔、同じ質問をしたことがあるんスよ。おれはメルディヴィスの魔術師に似せて創った屍人なのかって」
ネイティオも、アルティマも、アノンの手で創られた存在だ。
アノンは何を望んで、彼らという存在を生み出したのだろうか。
ただひとつ、分かっていることは。
「今更気を揉むようなことか、って言われたっス。おれはおれで、アルティマさんはアルティマさんで、納得して此処にいればそれでいい、って叱られたんスよ」
ネイティオは微苦笑を柔らかな微笑へと変えた。
「変な話して申し訳なかったっス。気にする必要ないことなのに、どうにも気になってつい訊いちゃって」
「……いえ」
むしろ変な話と称されるような話をさせたのはこちらではないのか、とニコルは思った。思っただけで口には出さなかったが。
これ以上言葉を増やして話を膨らませても互いに困るだけだろう。話の終着点が見つかったのならそこで完結させるに限るのだ。
前方に見えてきた工房の敷地に目を向けて、──そこに人影があることに気付き、ニコルは歩をやや遅めた。
人影は、アルティマだった。機関銃を片手に、2人の方をじっと見つめている。
敷地の入口に到着するなり、彼女は言った。
「遅い」
つかつか、と歩み寄って来るなり、右足を振り上げる。
アルティマの華麗な回し蹴りは、ネイティオの腰をものの見事に捉えた。ばすん、と景気の良い音が立ち、ネイティオが痛いと声を上げた。
「腹回りはやめてほしいっス! 中身が出ちゃ……うぇっぷ」
「ちょっと、此処で出さないでよ! やるなら工房の方に行ってからやってちょうだい!」
「ニコルさん、ごめん、おれ先に戻ってるんで、後からアルティマさんと来て……うぅ」
蹴られた腰を撫で擦りながら、よたよたと、それでも早足で工房に向かうネイティオ。
全くもう、と溜め息をつき、アルティマはじろりと横目でニコルを見据えた。
「で? 2人して何しょうもない話してるのよ」
「……聞こえてたんですか?」
「あたしの耳はその辺の連中とは作りが違うの」
アルティマは機関銃を肩に担ぎ上げながら、溜め息をついた。
「ネイティオも馬鹿よね。賢者とか言われてるけど、あたしからしたらただの馬鹿よ。あたしたちは家族、その一言で済む話をうだうだ悩んでるんだもの」
「……家族」
「言っとくけど、今やあんたもその中の1人に数えられてるのよ。その辺り、ちゃんと自覚しといてちょうだいね」
同じ屋根の下で暮らす家族。
聞いているだけでほっとするような言葉だ。
「……はい」
ニコルは頷いて、笑んだ。久々に心の中から涌き出た笑みだと実感できる、晴れやかな笑顔だった。




