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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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メルディヴィスの魔術師

 外の空気はべたついている。

 機械の油や、人間の脂肪が熱で焦がされ、空気中に溶け出しているのである。

 庭から1歩外に出れば、そこは全てが戦場だ。そこかしこで廃棄処分扱いになった兵器やら人間やらが道端の石のように転がっている様を目にするのは当たり前のことで、特にこれといった感慨も沸かない。むしろ家の清浄な空気の方が珍しいのである。

 もっとも、それはこの戦場風景を幾度となく体感してきた自分だからこそ言えることであって。

 家から外に出たことがないあの子にとっては、此処は何になるのかしらね。

 独りごちて、アルティマは傍らに落ちていた丸い物体を拾い上げた。

 全体に縦横無尽にコードやパイプが張り巡らされた、メタリックな鉄の玉だ。外側からの衝撃ですっかりひしゃげており、内部に納まっていたであろう眼球部分が押し出されてしまっている。

 唯一そこだけが生身の人間の部品であるという事実は、この鉄の玉が元々は人間であり、その頭部に位置する部位であったろうことを彼女に予測させるのは容易かった。

「──e38386──」

 何処から発声しているのかも分からない、やけにノイズ混じりの高い声が発せられる。

 それは、少女の声色に近かった。

 つまり、この『頭』の持ち主は元々は少女だったのだ。エルピスよりは成長し、しかし自分よりは明らかに幼い、それくらいの……

「──e382b3e383ade382b7e38386、e382b3e383ade382b7e38386、e382b3e383ade382b7e38386」

「……あたしに言われてもね」

 同じパターンの『言葉』を繰り返すそれの、零れた目玉の瞳孔を覗き込み、アルティマは肩を竦めた。

「あたしはどっちの味方でもないの。一個人に依頼されても、それが商売として成り立たない以上は肩を貸すこともしちゃいけない規則ルールなのよね」

「e382b3e383ade382b7e38386e382b3e383ade382b7e38386e382b3e383ade382b7e38386」

 微妙に困った様子で己のこめかみの辺りを指先でとんとんと叩き、少女の頭を足下に置いた。

「けど──」

 ゆるりとその場を振り返り、そこに壁のように並んでいる法衣ローブ姿の老若男女たちを一瞥する。

 何もかもがまちまちで、明らかに腕や足の本数がおかしかったり人間には備わっていないような器官を持ったその集団は、全員が物申したそうな眼差しをしてアルティマのことを見据えていた。

「あたし自身に危害を加えられたら、反撃していい。それはちゃんと両国から提示されてる規則ルールだから、そういう理由で貴女の願い事は叶えてあげられるかもしれないってだけ答えておいてあげる」

 生え際の辺りの髪をさらりと指で梳く。

 それと同時に、彼女が立っていた場所を中心として突如出現した溶岩の池壷が、そこにあった全てのものを容赦なく飲み込んだ。

 煙も立たずに燃え尽きた少女の行く末を見届けつつ、その場を高く跳躍したアルティマは宙返りをしながら傍らの地に降り立った。

「ほんと、メルディヴィスの連中って見境ないわよね。ネイティオが頭抱えるわけだわ」

 着地と同時に2方向から繰り出される魔術砲撃を、軽口を叩きながらしれっと身を引いてかわす。

 右肩を炎の塊が、左の脇腹を雷撃の帯が立て続けに掠めていき、ちりっと空気中の塵が焦げる音と臭いが立った。

「けどまあ……アナクトの機兵も似たようなもんか。あたしが言ってもてんで聞く耳持たないんだもの」

 結局似たもの同士なのよ、と肩を竦めて、迫り来る魔術師の腕を反射的に掴み取った。

「……何の理由があってあたしを襲撃したのかは訊かない。そこを追求したところで事実が変わるわけじゃないんだからするだけ無駄ってやつよね。ただ、あんたたちは『工房あたしたち』を敵視した。それが確かなものとして存在してるのならそれだけで十分よ」

 腕を掴んだ掌に、ぐっと力を込める。

 きりきりと固いものが軋む音がして、ぺきん、と何かが彼女の掌中で砕け散った。

工房アノンに害為す存在は例外なく消去する。それがあたしの仕事なの。恨まないでちょうだいね」

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