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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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万工房の懸念

「ピュクシスの女探しに躍起になっているな」

 作業台の上に散りばめた宝飾を弄りながら、アノンは背後のニコルに向け言った。

「前々からその風潮はあったが……此処まで顕著化してきているとはな」

 帰宅したアルティマの報告を耳にして、思うところがあったようだ。

 先の魔術師が残していった言葉も含めて。

 ふう……とアノンは肩の力を微妙に抜く。

「そろそろ、警戒すべき段階に入ってきているのかもしれないな」

「警戒……ですか?」

工房ここが襲撃対象になる可能性に対する警戒だ」

 ニコルの疑問符に、アノンはさらりととんでもないことを言った。

 世間に対して中立を掲げて商売をしている工房が、攻撃される。

 それはすなわち、両都市と結んだ不可侵条約が破棄されるようなものであって。

 ニコルは狼狽した。

「まさか、戦争……」

「持った方だとは思うがね。元々無理のある条件だったからな」

 作業の手を止めて、アノンはニコルの方へと振り向いた。

「今後は、アルティマとネイティオには出張は控えてもらう。此処を防衛するには、2人が必要不可欠だからな」

 腹の上に組んだ両手を置いて、アノンは真っ向からニコルを見据えた。

「ニコル=ルーヴィエ」

「は、はい」

 よれた白衣の襟元を正し、ニコルはアノンの目を見つめ返した。

 アノンはしばらく無言でニコルのことを見ていたが、やがて開口する。

「あんたは軍人でも魔術師でもない。だがこの際それは言っていられない段階に状況は落ち込んできている」

 車椅子の側面を左手で探り、何かを取り出してニコルへと渡す。

 それは、抜き身のコンバットナイフだった。

「自分の身は自分で守れる程度で構わない。戦える術を最低ひとつは身に付けておけ」

 それは、警告だった。

 工房に身を置く者としての、最低限の責務として課された初めての条件である。

 アルティマとネイティオの2人だけでは、工房全体を護り通すのは難しい。そう判断されての言葉なのだろう。

 渡されたコンバットナイフに視線を落とし、ニコルは喉を鳴らした。

 長年、研究以外のことはろくにしてこなかった身だ。それで唐突に護身術を身に付けろと言われても無理があることを理解しているのである。

 おそらくナイフ1本まともには扱えまい。

 しかしそれでも、できないなどとは言っていられない。やらなければ、遅かれ早かれ周囲に翻弄されて死ぬだけだ。

「あんたに魔術師の素質はない。だから何かを教わるならアルティマの方がいいだろう。護身用の武器は、後で良さそうなのを見繕っておいてやる」

 アノンは作業台の方に向き直った。

 再び宝飾を弄り始める彼の背中を、ニコルはコンバットナイフを握り締めたまま見つめていた。

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