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紅き箱庭のフィロソフィア  作者: 高柳神羅
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噂と真実

「それじゃ、行ってくるわね」

 大量の箱を積んだ台車を片手で軽々と押しながら、アルティマはアナクトに向けて出発した。

 行ってらっしゃい、と並んで手を振るネイティオとエルピス。アルティマの一言があるためか、エルピスはやや残念そうな顔をしてはいるが一緒に行きたいとは言い出さなかった。

 アノンはカウンターの奥でメモを片手に戸棚を物色していた。目当ての品を見つけては膝の上に乗せていく。

 その最中に、ふと呟く。

「……そろそろ、香油を作る時期だな」

「薔薇の花っスか? 必要なら畑から見繕ってくるっスけど」

「そうだな」

「おっし。エル、おれと一緒に畑で花摘みしよう」

 よいしょ、とエルピスを抱き上げて、肩車をするネイティオ。

 きゃーと笑いながらはしゃぐエルピスを連れて、彼は玄関から外へと出て行った。

 それと入れ替わりに、見覚えのない顔が入ってくる。

 貫頭衣を纏った若い男だった。手に鳥の意匠を刻印した杖らしき木の棒を携えている。メルディヴィスの魔術師だろう。

 長い赤毛を跳ねさせながら、男は近くに立っていたニコルに詰め寄った。

「女を出せ」

「……え?」

「女だ。金髪の女が此処にはいるだろう」

 男が指している女とやらがアルティマのことを示していることは、すぐに察しが付いた。同じ女でもエルピスは少女だし、何より彼女は金髪ではないからだ。

「メルディヴィスの人間がアルティマに何の用事だ」

 戸棚を物色する手は止めぬまま、アノンが言葉に詰まっているニコルの代わりに応える。

「メルディヴィスからの注文はネイティオに任せている。何か用事があるならあいつに言え」

「誤魔化すな。あの女がピュクシスの女なんだろう」

 困惑しているニコルより話が通じると思ったのだろう。男はあっさりとニコルから離れると、大股でカウンターに歩み寄り、中を覗き込んだ。

 アノンは鼻で小さく溜め息に似た息を吐き、男の方を見た。

「アルティマが歳を取らないのは当たり前だ。あれは俺が設計した生体機兵オートマトンだからな」

「……な」

「疑うなら本人に見せてもらうといい。代償として手足の1本くらいは吹っ飛ぶかもしれんがね」

 ふ、と口元に意地悪い笑みを浮かべる。ゴーグルで目元が隠れていることも手伝って、余計に性根悪く見えるのは仕様だとしか言いようがない。

 男は口をぱくぱくと水揚げされた魚のように開閉させている。アルティマの正体に驚愕しているのか、それともアノンの態度に絶句しているのか。あるいはその両方になのか。

「うっかり忘れてたっス。鋏がなきゃ花摘みできないっスよね」

 沈黙の場と化した店内にエルピスを肩車したまま戻ってきたネイティオは、目を瞬かせた。

「……何か、あったんスか?」

「……オ、オレは騙されないぞ。ピュクシスの女が此処にいると、オレの勘がそう告げてるんだからな!」

 ネイティオの一言で硬直から脱した男は、カウンターをばんと叩きながら大声を上げた。

 それを剣呑という言葉がぴったりの雰囲気を漂わせながら見つめ返すアノン。

 何とか場を納めようとニコルが声を掛けようとしたところで、男は踵を返した。

 荒々しい足音を立てながら外に出て行くそれをのんびりと見つめながら、ネイティオが小首を傾げる。

「何の話なんスか? 今の」

「気にしなくていい」

 アノンはひらひらと手を振ってネイティオの言葉を流すと、カウンターの下に置かれていた鋏を取り出した。

 カウンターの上にそれを置き、面倒臭そうに言う。

「根拠のない噂話に振り回されるほど、俺たちは暇じゃない」

 ちらり、とニコルに目配せをする。

 余計な話はするな。

 それが無言の圧力であるとニコルが察するのに、それほどの時間は要さなかった。

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