60話 復讐
「お前さん、わしが見えちゅうろ?」
久しぶりのネイティブ土佐弁。そう言えば地方行っても割と標準語に近い言葉の人が多かったのはやっぱりアデヤさんの西洋かぶれに関係があるんだろうか?なんか僕が一番方言丸出しな気がして居心地悪いぞ。
「ウミ!お前、あっこのじいさん見えるか?」
「え?なんのこと?」
く~っ、遠すぎるんか。霊に限って言えばやたらと遠くの物が見えるようになってるな。逆に近くのは裸眼だとよく見えないおかしな能力。老眼みたいじゃん!やだな。
「クゥ~ン」
サチ、僕の膝頭を前足でポンポンして慰めなくていいよ。
「ソラ、誰か見えるのね?」
ユイも見えない距離なんか。
「おう、なんか着流しのじいさんの姿やからずいぶん前の霊かな。稲川さんみたいな無精ひげのじいさんが手招きしてるわ」
「怪談レジェンドの稲川さんはご健在だよ!ソラ君」
だから「みたいな」って言うてるやん。なんでこんなに離れてるのに声も僕だけにくっきり聞こえるんだよ、変な能力やなぁ。
「おい爺さん、なに者なん?なんか俺らに用事か?」と聞く。あれが見えない人からしたら僕の独り言にしか見えんやろな。
「はあ?もっとおっきな声で言わんと聞こえんがやき」
出た~!難聴の幽霊出た~!自分の言いたいことだけ言って聞こえんって無敵やろ?
「おい!爺さん!なんか用か!」と大声で怒鳴ってみた。
「そんな怒ったげな、大きい声出さんでもえいがヤバいな」
出た~年寄りの常套句。聞こえんから気を遣って大きい声で言うと怒ってるみたいだと文句を言う。どこもそうやんな?
「ソラ、耳元でうるさい!」
僕だって自分の声がうるさいさ。大きな声出すの嫌いなんだよ、僕的にはね。温厚だから。
「だってあの爺さんが……」
「どこにいるのよ?そんな人。からかってるの?」
マジでユイでも見えんのやな、この距離だと。サチくらいかな?センサーに反応してるのは。
「お~い!爺さん、こっち来い!遠すぎて話ができん!」
と、さらに大声で怒鳴ると爺さんはスーッと宙に浮かんでこっちに向かって飛んできて……数十メートル近づいたところでパッと消えた、みたいに見えた。なんやねん!近づくと見えなくなるこのポンコツ能力は。いらんわ!
「あ、着流しのお爺さんってあなたの事ね?」
「ソラ君が言ってた人ってこの人か」
「お爺さん一体どうされたんですか?」
うわ、僕以外の人みんな見えてるし。近づいたら見えなくなるってなんなんこの無駄な力。マジいらんわ。
「ソラ君、眼鏡かけてみて」
あ~意味が無い力だな。仕方ない眼鏡かけるか。
「あ、びっくりした。さっきの爺さんや!で?なんの用なん?」
「お前らわしが見えちゅうろ?」
「だからさっきから返事してるやろ?ボケてんのか?おい」
「あなたお年寄りに対して失礼よ!」
「そうだよ、ソラ君。お年寄りは大事にしないと」
「大事にするも何も、もう死んでるやないか。どう大事にするねん!」
「お前らわしが見えちゅうろ?」
やっぱボケてるやん……。かくなる上は奥の手。
「ご飯ならさっき食べたばかりじゃない、おじいちゃん」
「わしゃ、なんも食べてへんわ!」
って聞こえとるやないかい!やっぱりボケたふりかい、じじい。
「さて、冗談はさておき!」
おもんないな、そしてめんどくさいな、このじじい。
「お前、空海の縁者じゃろ?遠くからでも同じ臭いがしたき声をかけたがじゃ」
空海さん関連の人か?
「まあ俺らは血縁関係では無いけど関係者と言えばそうかもしれん」
「そうじゃろ?で、そっちの娘!お前」
「え?私?」
「そうじゃ、お前は体から天狗の臭いがするがじゃ」
「え?なんでそれが……」
ユイ、自分の服の匂い嗅いでもわからんて。ロクシタンとかの香りやろ?それ。僕は好きよ、うん。
「空海と一緒に旅をしとった天狗の匂いがしたきよ」
あ、こいつホンマもんの1000年以上前の霊やな。でもそんな前の爺さんがなんで成仏してないんだろう?
「爺さん、あんた空海様の生きてた頃を知っているならとっくに死んでるだろ?当時なら普通に仏教もあって弔われてるだろ?なんぞこの世に未練があったんか?」
「わしか?わしが死んだがは最近じゃ。誰も弔いなんぞしてくれんかったきね」
ん?意味が分からん。
「おじいさん、多分あなた人じゃないんでしょ?空海様が八十八ヶ所の霊場を開いていた頃を知ってて、最近亡くなったとしたらかなり長生きする物の怪じゃないの?」
サトちゃん賢いな。すぐそっちに考えがいくんだ?さすが本をよく読む人はスッと考えが出てくるな。
「物の怪ねぇ……思い浮かぶのはこの辺だと四国に多いタヌキかな?あらかた長命種の化けタヌキだと思うけど違う?」
ウミ、すごいな。それは水木しげる先生のマニュアルのおかげ?
「お前も空海の匂いがするのぉ。さすがやのぉ?空海よ、わしを忘れたか?」
「忘れるも何も僕らは空海様の記憶は一切ないからね。空海様の様な特別な力も無い。だからあなたが何者かわからないよ。以前は親しかったのかな?」
「そうか、そうか、何も覚えておらんのか?法力も持たんと。お前らにとってはもう1000年以上も前の話か。ほうほう、それは良かったちや」
そういうとそいつは不適に笑った。
「まっこと良かった。長年の恨み思い知れ!空海!」
そう言うと爺さんはたちまち姿を変え、大きな化けタヌキの姿に変わった。本性を現しやがったな。僕らがよく知る信楽焼のタヌキとかのイメージは一切なく、口が耳元まで裂け、目が爛々と輝き口元には牙がのぞいている。凶悪この上ない獣の姿。これは邪悪だな。うん、心は決まった。
「サチ、思いっきりやっていいぞ」
と声をかけると、サチはたちまち闇落ちサチバージョンと化し、グレーの巨大なアラスカン・マラミュートサイズになった。あ~あ、せっかく気合入れて変化した化けダヌキよりはるかにでっかく凶悪だな。
「なぁあああ!なんぞこれ!こんなの前はおらんかったぞ!」
「そりゃそーだ。最近飼いだした幽霊犬やからな。元はお前のお仲間の山城の町の犬神の母だわ。犬神よりよっぽど怖いから気を付けろ。タヌキじゃ相手にならんと思うけどまあ善処しろや」
「グワゥ」
サチはあっという間に化けダヌキの首に喰らい付き頭を左右に振り回し、ものの数分で制圧した。僕らはただ見ているだけ。サトちゃんはフリクションの替芯を探してた。タイミング悪いな。
「お前らこの恨みは……」
まだ言うか。
「ウミ、ユイ」
そう言うとウミが印を切ると化けダヌキは全く動けなくなった。ユイはアデヤさんに祈りを捧げるのかと思うと、そんな優しくはなく、化けダヌキの顔にハイキックを見舞った。え?物理攻撃でいくの?
「お前ら、汚いぞ!多勢に無勢。年老いた老人に容赦なく。空海の記憶がないとか言って油断させといてずるいがやき」
「え?誰が老人?タヌキの霊でしょ?」
うんうん、霊だったよな。
「妖怪だよね?」
うんうん、そっから妖になったな。
「ワワワン」
うんうん、それは僕にはわからん。
「元はと言えば遠くからお前が俺にちょっかい出してきたからじゃん」
「わしを封印した恨めしい匂いがしたき、復讐の機会がきたと思ったがじゃ」
「悪意満々やん。よし、こいつ消すか!殺気出しまくってたし情状酌量の余地は無いな。金剛杖で思いっきりしばくか」
怪我をした手も嫌がるユイに頼んで木綿糸と針で塗ってもらい長がくれた革のグローブをはめると治りが早く、もうすっかり傷口はふさがった。久々に全力飛び込み面でもいってみるか!
「待て、待ってくれ!わしは空海と天狗に封印された後は、大人しく寺の石の下で潜んでおったがじゃ。腹が減ったらお遍路さんが供えてくれるお供えの養分を食らって、生きながらえておったがよ」
ほうほう。ちゃんと封印されてたんやな。
「ところが100年程前に寺がめちゃくちゃに壊され、それ以降は霊場ではなくなってからは誰も来んようになった。わしは外に飯を食いに行く事もできず、そのまま餓死するしかなかったがじゃ」
「なるほど、だから最近死んだって事か。で?」
「で?って……わしは死んでからやっと石の下から出られるようになったが、誰もわしに気が付かんしそもそも人が来ん。死んだから腹も減らんが、ここでずっと何をしたらええかもわからん。妖が死んだらどうしたらええがじゃ?」
「ん?死んだ妖のその後?知らんなぁ」
「あ、子泣きさんとか……」
「あ、あのじじいか。あのじいさんは元は人だったしな。人が妖怪になって妖怪が天にあがったけど、こいつは化けダヌキが死んだ形だからまたルートが違うんじゃない?」
「まぁ。昔、悪い事いっぱいしたから空海様に封じられたんだろうしね。たくさんの人を殺めたりしたんじゃないかな」
「わしは、人を騙しても殺したりはしちょらんぞ!神に誓って!」
「ん?お前、神さん信じてるんか?仏教じゃなくて?」
「この寺、真言で開かれたのに途中で長宗我部の殿さんが臨済宗に変えたがぞ。そんなコロコロ変わるようなもん信用できるかちや」
「それを空海様の生まれ変わりとわかってる僕とソラ君に言うんだね?勇気あるね」
ウミ怖い。
「ウミ、そんなんどうでもええわ。こいつが神さん信じてるなら神さんとこで鍛え直してもらおうや。神と仏、どっちがよかったかはこいつが身をもって知ったらええ」
「なんか怖い言い方やのぉ?なんの話じゃ」
「ユイ、こいつアデヤさんの下でこき使えうことはできる?俺らを殺そうとした奴ですって、のし紙つけて身柄を渡すアデヤさんに伝えて」
そう言うとユイは目を閉じてアデヤさんと話しているようだった。
「どう?アデヤさんはなんて言ってる?」
「了だって。私達を殺そうとしたって言ったらかなりピキピキしてたけど」
「化けダヌキよ。お前は昔、人を騙して空海さんに罰を受けた。まあ1000年もの長い間封印されててそれはそれで辛かったろうよ。その後も結局餓死してそれは気の毒だったな。でもいきなり俺らを殺す気で襲ったのはやはり罰せられんといかんわな。サチに……犬神に食わせて消すという手段もあったけど、それも後味悪いから神様に天にあげてもらうよ」
「え?天に?わしが?ええがか、それ?」
「ええよ。そこで今の女神様、アデヤ様って言うんだけどその方の下でしっかり働け。アデヤさんがお前の働き見て、いいと思えば、いつかは人になるのか神になるのかわからんけどええことあるかもしれん。だからまぁ辛いことがあるかもしれんけど頑張れ」
「ほんまに天にあげてもらえるが?」
「ああ、くどいけど行っても極楽や天国に行けるってわけちゃうぞ?神のもとでの辛い下働きやぞ?」
「あののぉ……石の下で1000年以上封じ込められているのも地獄ぞ。そして死ぬに死ねん。石の下で何もすることなく終わりが見えない中ずっと息だけしちゅう。腹が減ったらお供えから栄養だけいただく。寝ても覚めても石の下。そして食うものもなくなり餓死。死んだ後も誰も訪れず、死んで100年以上年寄りの姿をしてずっとそこに立っておったがじゃ。誰も訪れる事も無い廃寺となった雪蹊寺で365日、一人で1日中『お前らわしが見えちゅうろ?』と言い続けた。やっと今日お前に見つけてもらったがじゃ」
「ん?じゃあなんでいきなり殺そうとしたんだよ!おかしいだろ!」
「人を殺せばここを抜け出して地獄にでも行けるかと思うたがじゃ……」
「……」
僕は言葉を無くした。ここを出たいが為に、ってか。相手が僕らじゃなかったらどうなってたんだよ。でもな。
「ユイ、前言撤回。なんかええようにしたってってアデヤさんに」
「ママは全部見てるわよ、さっきから」
あ、そう。
「ありがとうな、空海の縁の者たち、天狗の娘、犬神の母」
「おう、またそのうち上で会おうや。50年後くらいかな?しっかり働けよ、タヌキ」
「ありがとう。人を殺めずにすんだわ」
そう言うと天から下りてきた光に包まれた化けダヌキは上に上がっていった。嬉しそうに。
ウミとユイは言わなくても読経と祈りを捧げていた。サトちゃんは黙ってペンを走らせていた。
「サチ、俺は何をしたいんだろうな、なんかわからんわ」
「ワワン、ワン」
と言って僕の膝頭を前足でトントンしてくれる。うん、やっぱりお前の言うことは僕にはわからん。
*(61話へ続く)*




