167話 目覚まし
「アオ、眠い……」
「ソラさん、手元しっかり見て!テープ曲がってます」
「あ、う、うん」
「ウミ、今何時?」
「今?午前二時過ぎだよ」
「お前、眠くないん?」
「社長さんが差し入れてくれたモンスターエナジーで目はギンギンだよ。久々に飲むと効くねぇ~」
「ええなぁ。俺、カフェイン耐性強すぎて、ブラックコーヒーがぶ飲みしても秒で寝てまうわ」
「エスタロンモカとかいう錠剤は?」
「あんなんラムネと一緒じゃ」
「眠眠打破とか」
「ラムネと一緒じゃ」
「ああ、最初のが粒のラムネで、後のが瓶の飲み物のラムネと同じってこと?」
「解説せんといて、恥ずかしいから」
「要は何飲んでも効かないのね?」
「一切効かん。なんぼでも寝る」
「変わらんのう、ソラは。お前、宿直のときも最初爆睡しとったもんな。お客さんからの電話取らんから、会館までインターホン鳴らしに来た言うとったぞ」
淵さんが懐かしい話をする。そんな話は忘れた。
「あったなぁ。電話で起きんもんが、なんでインターホンで起きると思うかなぁ」
「そこちゃうやろ!」
まあ眠気には勝てん。
「なんでお前、そのうち起きれるようになったんや?」
「あんまり起きんから、誰か起こしてくれるようになったんよな」
「誰かって誰や?」
「え?宿直室の……」
「あ、お前も知ってたん?」
「あ、淵さんも?」
「なんか息苦しくて目が覚めるやつやろ?」
「そうそう。電話とか鳴ったら息苦しくて目が覚めて、いつの間にか電話取れるようになった」
「あれ、首絞められてるんやぞ」
「え?首を?」
「俺もじっと見たわけじゃないけど、宿直じゃない日に飲みに行って車で帰れんから、田中さんを隣の部屋に行かせて、宿直室で寝てたら息苦しくて目が覚めての。見たら女が首絞めとった」
「淵さん見える人?」
「見えるかいや。見えたらこんな仕事できるか。でも酔っぱらってたら、なんか目の焦点が合ったみたいでそんときだけ見えたわ」
「へ~。あそこに女の幽霊おるんか。首絞めて起こしてくれるって、親切なんかどうかようわからんけど御礼しとこか」
「御礼ってお前、祓うんちゃうんかい。今、そんな仕事しとるんやろがい」
「似たようなことはしてるけど、やってるの僕ちゃうし。ウミがメイン。僕は妖怪系担当」
「妖怪ってお前、そんなんホンマにおるんかいっ」
思い出した!サブローとの記念写真をバカにした張本人だった、この人。
「妖怪舐めてたらえらい目にあうで。例えばそこのシゲさん。こんな格好しているけど、実は妖怪唐笠こぞう……」
「あ?ソラなんぞ言うたか?わしは神様やぞ」
「あ、整形したからもうあの姿になれんのか……スマホに誰かのそれっぽい写真無いかなぁ」
「ウミ!ウミよ!おいっ!お前、ユキさんとソロの写真ないか?とりあえずラベル貼りやめて」
「あるよ。家作ったときの記念写真」
「それや、それ淵君に見せてやれ。それだったら……」
「おお、えらい男前と美女やな?家の新築祝いか?」
そう言われてウミのスマホを覗き込む。ああ~そうやった!二人とも人型に変化してた。あのユキさんがとぐろ巻いたやつとかないんか。
「さすがに前のは持ってないよ。ソラ君、牛鬼のは?」
「首落としたグロいのなんて撮るかいや」
「じゃあ化けダヌキとかは?」
「タヌキなんざ徳島にもおったし、どうせ愛媛や香川でも出るやろ?物珍しくないから撮ってない」
「島のタコみたいなブツブツは?」
「写真を撮る間もなくあっさり浄化したのは誰や」
結局一枚も残って無かった。あ!
「天さん、天さん!あれ天狗やん。淵さん、天さん天狗!」
「知っとるわい。一緒に遊びに行ったら、しょっちゅう飲み屋の女の子の前で一発芸ってやっとるけど、もうウケん」
「天さん、飲み屋で変身するの?」
「おう、天狗!とか農夫!とかゼウス!とかキリスト!とかやってるわ。得意ネタが世界各地の神様シリーズって意味わからんわ。誰も実物見たこと無いやん」
「それが実物だったりして」
小声でウミが呟いてる。そんなことあるかい。
「しかしアホやな、あのおっさん」
「おう、アホやで、あの人」
「でもええ人やで」
「おう、ええ人やの」
淵さん気が合うな。さすが僕の幼馴染み。
「で、話は戻るけど、まだその電話が鳴ったら起こしてくれる霊っておるの?」
「おお、普通に素面のときは見えんけど、ちゃんと起こしてくれるのう」
「じゃあいっちょ挨拶してくるか」
「おい、宿直室は四郎君寝とるぞ」
「まあええんちゃう?」
「四郎君の寝起き、死ぬほど悪いぞ」
「知っとる。マイク・タイソンみたいな顔が普通のマイク・タイソンになっとるんやろ?」
「おお、あんな一重らしい一重瞼は最近の日本では見かけんわ」
「まあちょっと見てくるわ。作業は順調やし。ウミ、襲われたとき用に用心棒でついて来て」
「え?ラベル貼りは?」
「淵さんと田中さんにやらしとこう。田中さん、隙あらば寝てるやろ?起こして仕事させよう」
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コンコンコン。
宿直室のドアをノックする。反応は無い。まぁそりゃそうだ。基本的に宿直のときにドアをノックされることなんて無いもん。会館利用者がいて、宿泊している人がいたら時々呼ばれることはあるけど、それ以外は自分以外に人はいないからね。お客さんがいるときは、おかしな格好をして寝ないように気を付けていた。
コンコンコン。
再度ノック。反応は無い。僕の経験上、自分しかいない会館で宿直しているときにノックされたことは実は何度かある。そのうちの一回は淵さんが「飲み過ぎたぁ~泊めてくれぇ~」ってときだった。それ以外は……まあいいじゃない。そういうこともあるさ。
しゃーない。電話じゃ。
トゥルルルルと宿直室内で電話の呼び出し音が鳴る。田中さんが宿直した翌日はボリューム最大なんで心臓が止まりそうになる。何度かコールしても出ない。熟睡だなと思ったら、中から呼び出し音に混じってうめき声が聞こえて、
「はい……善通院葬儀社……です」
四郎さんの声。
「あ、ソラです。起こしてごめんなさい。開けてもらっていいですか?」
「あ?殺すぞ」
と、マイクは言う。四郎さんだけど。でも、四郎さんは僕にはめちゃくちゃ優しいのを知っている。なんか知らんけどいつも目をかけてくれている。目覚めてちゃんと覚醒したらいつもの四郎さんになるはず。中からどたどたと起き上がって歩く音がする。歩いてる間にこの人は覚醒するのだ。
「どしたん、ソラ?」
ほら、いつも通り。
「淵さんと喋ってたんだけど、まだこの部屋、霊が出るって?」
「ああ……さっきのな」
「四郎さん見えるの?」
「え?女やろ?お前ら見えてなかったんか?」
「前は見えてなかったけど、今なら見えるかも」
「押し入れ開けて見てみぃ」
四郎さん、凄いな。おるのわかってて平気で爆睡してたんか。
「ウミ、一緒に行こう」
中に入るとタバコ臭い。寝タバコダメなんだぞ!この宿直室にはなぜか福利厚生として大人のDVDとか置いてあったり、大人の絵本とかが備え付けられている。あんまり興味の無い僕は、もう使わなくなった古い家庭用ゲーム機を置いて、宿直の日はゲームをして時間を潰していた。まあ独身男のむさくるしい部屋みたいって言いたかっただけ。
「押し入れ開けるぞ」
ウミに言い、ばっと開けると、
「きゃー!」
声を上げる女。つられて、
「ぎゃー!」
と叫ぶ僕。
「ソラ君、うるさい」
ウミが冷静に突っ込む。
「な、おるやろ?」
四郎さん。あんたよく平気だな。
押し入れの下段に正座して座っている女性の幽霊がいた。僕もすっかり見える人の仲間入りだな。
「お姉さん、ここで何してるの?」
声をかけると、驚いた目でこっちを見ている。
「私が見えるの?」
「見えているから声をかけている」
「え?声も聞こえるの?」
「いや、聞こえてるからさっきつられて声を上げてしまったんだけど」
「あーやっと話が通じる人がいた~」
安堵した声を上げる。
「で、なんでここにいるのよ?ここ葬儀会館の宿直室よ?わかってる?」
「わかってます。わかってるけど、ここを動けないんです」
「地縛霊ってこと?なんで二階にいるのさ」
「掃除のおばさんが私を……」
え?掃除のおばさん?まさかまさかの八代さんかいっ!
「おばさんに何されたの?」
「私、死んでここでお葬式を上げてもらったんです。もともとは別のところで亡くなって火葬してもらって、骨壺に入った状態でここに運ばれて来て、新しい骨壺に遺灰を移してくれたんです。うちのお墓に入るサイズのにしないといけないってことで。で、遺灰は新しい骨壺に入れられて供養してもらって、お墓に入ったんですけど」
「じゃあちゃんと弔われてるじゃん」
「そうなんですけど、入っていた骨壺を掃除のおばさんがここの押し入れにしまい込んでしまっていて……」
「え?お骨が入っていた壺を?」
「あ、知ってるわ。梅干し漬けるんに丁度いいって言うて、八代のおばはん、そこの布団の奥に隠したまま死んだわ」
「え?その壺まだあったん?怖っ!」
「そうなんです。ちゃんと家族もお寺さんも供養してくれてるんですけど、最初に入った骨壺が最初の家だったもので、その思いが一部残ってて、こんな形でここに留まっているんです」
なるほどなぁ。供養されていても思いが残っちゃってるパターンか。
「あなた名前は?」
「私ですか?私は舞です」
「今も別嬪さんやけど、生きてた頃は美人さんやったんやろな」
「ソラ、俺、その人知ってるわ。記憶にある。確か地震……」
「はい、おっしゃる通りです。遠い場所で荼毘にふされて、こっちに戻って来て地元でお葬式を上げてもらいました」
「あのさ……舞さん成仏したい?」
「は?」
「ここから離れて成仏したいのかって聞いてるの」
「それはどういうことですか?」
「別に成仏したくないなら、いて欲しいかなって。悪さしてるわけでも無いし、首絞めるって言っても、あれって僕らを起こしてくれてるんでしょ?」
「は、はい……」
「じゃあいてくれないと困るかなぁって。僕以外も含めて」
「いてもいいんですか?」
「逆にいて欲しいと思ってるけど。四郎さんどう思う?」
「わし?添い寝してもろうてもええくらいやけど」
さすが四郎さん。
「他の人には見えてないみたいだし、いてくれると目覚ましになって助かるんだよ」
「実は……」
「え?なに?」
「私もここ嫌いじゃないんです。男の人が自宅みたいにパンツ一丁でウロウロしてて目のやり場に困りますけど、一緒にテレビ見たり、大人のDVD見たり……」
あ、そこは見ないで。
「じゃあ今後ともよろしくってことで。なんかして欲しいこととかある?俺、あと少ししたらまたこっちで仕事に復帰するから、そのときに力になれることがあれば何でも手伝うよ」
「では……電話の呼び出し音なんとかしてください!うるさすぎるから私、毎回、首絞めて起こしてるんですよ!なんでみんなこんなに寝起き悪いんですか」
「あ、単にうるさいから起こしてたのね?了解。気を付けるよう周知徹底しま~す」
「お願いしますね。じゃあ私、寝ますので……」
自分から押し入れの戸を閉めて戻っていった。
「なんか、明るい霊でしたね」
四郎さんに言う。
「そうやな。まあみんな今後は2コール以内で起きるよう徹底しようや。じゃあ俺も寝るわ、お休み~」
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あ、なんか二階で電話が鳴ってるなぁ……。
ぐぇえええって声が聞こえて来た。
さあ、ラッピングもラストスパート、がんばろう!
「ぐええええ」
四郎さんの悲鳴が続いている。締めすぎて殺さんようにな。
*(168話へ続く)*




