推理
しばらく二人で地面に転がり、呼吸を整えたあと。
「――さて。ここで探偵らしく推理といこうか」
少しわざとらしい口ぶりの美代子だった。彼女が一風変わった言動をするのはいつものことなので幹也もわざわざ指摘したりはしない。
「妙だとは思っていたんだよ」
そんなことを言いながら美代子が立ち上がった。まだ手を繋いだままだったので必然的に幹也も起き上がることになる。
「おっと、これは失礼」
今さら気づいたのか、慌てた様子で手を離す美代子だった。少しだけ頬を赤く染めながら。
そんな反応をされると幹也も気恥ずかしくなってきてしまうので、ごまかしも兼ねて美代子の言葉を繰り返す。
「妙、とは?」
「うん、そうだね。その前にもう一度確認するけど、幹也君が祠に願い、葛城日菜の復讐を行った。ここまではいいかい?」
「……はい。そうなりますね。明美、理喜、聡也、そして晴彦。みんなみんな、俺が祠に願って殺したんです」
「ならば、やはりおかしいよ」
「おかしいとは?」
まさか『手を下したのは千鬼なのだから、幹也が殺したという表現はおかしい』とでも言いたいのだろうか? ……いや、美代子の様子からしてそれはなさそうだ。
推理、と美代子は口にした。
探偵が推理をするのだからそこには謎多き事件があり、未だ明らかにされない犯人がいるはずだ。
しかし、今回の事件は推理するまでもない事柄だ。なぜならば事件はもう終わっていて、犯人も明らかなのだから。
死んだのは葛城日菜を虐め、自殺に追い込んだ男女。
犯人は祠に祀られた千鬼。
そして真犯人がいるとすれば、千鬼の力を使って復讐を成し遂げた幹也だ。
ただ、それだけの事件であるはずだ。
日菜の復讐をするために、幹也が千鬼に願って――
「幹也君が祠に願い、葛城日菜を虐め殺した復讐をした。なるほど筋が通っているように思えるね。……だが、それでは計算が合わないんだ」
「計算、ですか?」
「その通り。簡単な計算だ」
美代子が右手の人差し指を立て、まるで教師のような口ぶりで説明し始めた。
「この祠の仕組みは単純明快。首を捧げれば願いを叶えるというものだ。人一人の命で数万の軍勢を押し流したというのは伝承に誤りがあったようだが、ほかのものは間違いない。飢饉が起きれば首を捧げ。復讐を欲せば首を捧げ。城主が暴政を行い民の生活を顧みなければ首を捧げる。単純明快だが、だからこそ強力な『約定』となる」
約定とは、約束の古い言い方だっただろうか。
「伝承から読み取れるのは、願いを一つするごとに首を一つ捧げること。天候操作や大名家の没落まで効果があるのだから、ずいぶんと効率がいいと言えるよね」
何がおかしいのか美代子がククッと喉を鳴らす。
「まぁ大軍を押し流したのと同じように話が大きくなっていっただけの可能性もあるけれど。少なくとも、私たちが調べた中では一回につき一つの首だ。願いの大小含めて、それは間違いない。間違いないからこそ、計算が合わないんだ」
握り拳を幹也に向けた美代子が、まずは人差し指を立てた。
「一人目。明美という女性が死んだ。身体はバラバラになり、特に首は何十メートル先までも飛ばされていたそうだね。そして幹也君は葛城日菜の月命日に墓前へ報告したと」
続いて中指が立てられる。
「そしておよそ一ヶ月後。二人目が死んだ。登山中に落石があり、首が潰れて死亡したという。幹也君は次の月命日に報告をする」
次いで、薬指。
「それから一ヶ月後に三人目。落ちてきた鉄骨に頭を押しつぶされる。これも次の月命日に報告」
最後に小指。
「一ヶ月後。虐めを見て見ぬふりをしていた元担任が死亡。私もニュースを見たよ。ホテルから飛び降りた際、フェンスで首を切断されてしまったみたいだね。ほら、ああいうところのフェンスって先が槍のような形をしているからね」
地元だからフェンスの形も見たことがあるのだろう。美代子は両手を使って死体がフェンスにぶつかるような動きを再現してみせた。
「そして月命日に報告。これで葛城日菜の復讐は完遂された」
違う。
まだ終わっていない。
なぜなら幹也がまだ生きているからだ。
最も罪深い幹也が、まだ死んでいない。
そんな幹也の贖罪を知ってか知らずか、美代子が広げた指を全て折りたたんだ。
「だが、やはりおかしい」
そう、おかしい。
まだ幹也が死んでいないのだから。
美代子が言うように、おかしいのだ――
「計算が合わない」
先ほどから、何を、計算計算と。
「――四人殺したのなら、四つの首を捧げなければならない」
美代子が四本の指を立てた。おそらくは今回犠牲になった四人を意味しているのだろう。
「一度に四人死んだのなら、一つの願い事としてカウントしてもいいのだろう。幹也君の首一つでも足りるはずだ。でも、四人はそれぞれ別の時期、別の場所で呪い殺された。これでは首を四つ準備しなければ計算が合わない」
美代子が一本、二本と指折り数えていく。
「一人目が死んだとき。代償の首は求められなかった。二人目が死んだときも。三人目が死んだときも。四人目が死んだときも。キミは望みを叶えたというのに、代償の首を求められなかった」
「……だから、計算が合わないと? しかし、どういうことなんですか? まさか千鬼の力は伝説でしかなく、あの四人は偶然死んでしまったとでも?」
「違うよ。そもそも祠の契約は完了しているんだ」
「完了? 俺は一度たりとも首を捧げてはいませんが」
「いいや、キミは首を捧げていたんだ。一人目は電車にぶつかって首が飛ばされ。二人目は落石に押しつぶされ。三人目は鉄骨で潰され、四人目はフェンスで切断。まるで狙ったように首がなくなっている。……あるいは、そういう風に狙っていたのかもね。幹也君に被害が行かないよう、約定の理屈をねじ曲げたんだ」
狙うだなんて、一体誰が?
千鬼?
でも、千鬼がそんなことをする意味なんて……。
「千鬼は宣言したのだろう? 『約定は果たされた』と」
「……聞き間違えでなければ、確かにそのように」
「ならばそういうことだろう。もしかしたら私の推理が間違っている可能性もあるが、少なくとも千鬼は代償に満足し、これ以上の代償を求めないようだ」
そんな、そんなことで、いいのだろうか?
幹也は四人もの人間を殺したのに。何の代償も払わなくていいだなんて……。
「――そもそも、千鬼は本当に幹也君の願いを叶えていたのだろうか?」
それは、どういう?
視線を投げかけても美代子は意味深に微笑むだけ。これ以上追求しても話してくれないだろうという雰囲気がある。
しかし、千鬼が願いを叶えていないだなんて、そんなはずが……。
――いいや。
まだだ、まだだと幹也は考える。
たとえ千鬼が代償を求めなくても。
まだ日菜がいる。
幹也を恨んでいる日菜が、呪い殺してくれるはずだと。
そんな彼の想いを否定するかのように、美代子が柔らかく微笑んだ。
「どういう経緯であの祠を頼るようになったのか、聞いてもいいかい?」
「…………」
面白おかしく話すような内容ではない。
祠に頼る経緯となれば、幹也は話さなければならない。
日菜の自殺を。
幹也の罪を。
まだまだ付き合いの浅い美代子に、全て明らかにしなければならないのだ。
それは、怖い。
それに、そんな義理はないと思う。幹也と美代子はあくまで依頼人と探偵。いや、金銭的なやりとりはないのでそれ以下かもしれない。
赤の他人。
この件が落着すれば、もう会う口実すらない間柄だ。
でも、幹也は思い出す。
千鬼を恐れることなく手を伸ばしてくれた美代子を。
火傷の痛みに耐えながら、諦めることなく腕を引いてくれた彼女を。
そんな彼女になら。
幹也は、話してもいいように思えた。
そうして幹也は語り始めた。十年前に何があって、どうしてこんなことをするに至ったかの経緯を。




