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群馬県の祠についての報告書  作者: 九條葉月


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19/28

 


「さて、では出かけようか」


 何の説明もないまま立ち上がる美代子だった。


 しかし今回は行き先を考えるまでもない。わざわざ身代わり人形まで作ったのだからこのまま城跡の祠まで行くのだろう。


「おっと、ウィッカーマンは持って行ってくれよ?」


「はい」


 唯々諾々と美代子の指示に従い、ウィッカーマンを脇に抱えて事務所を出る幹也。


 幹也としては身代わり人形を使ってまで生き延びるつもりはないのだが……しかしせっかく美代子が作ってくれたものだし、祠へ代償を払わなくて済むならそれもありかと思ったのだ。――そうすれば、日菜に呪い殺してもらえるだろうし。


 常人ではあり得ない思考をしながら幹也たちは階段を降り、外に出て……美代子が辺りをキョロキョロと見渡した。車が来ないか確かめている、にしては道路以外も確認している気がする。


「どうかしましたか?」


「いや、誰かに見られている気がしたが、気のせいだったみたいだね」


「はぁ」


 いくらなんでも探偵事務所を監視する人間なんていないだろうと思う幹也だった。


 そんな彼の心境に気づくことなく美代子は崖道を上り始めた。祠がある上鄕を目指しているのは分かるが、それなら車を使えばいいと思うのだが。今はウィッカーマンを持っているので重いし、周囲の目が気になるのだ。


「城跡に行くのですか?」


「そうなるね」


「車を使えばいいのでは?」


 視線を感じる。おそらく崖道を通る車に乗った人間が幹也のことを見ているのだ。それもそうだろう、いい年した人間が巨大な藁人形のようなものを抱えているのだ。見るなという方が無理な話だ。


 だというのに美代子に気にした様子は見られない。


「まぁ、いいじゃないか。最後の仕上げだ。ウィッカーマンに幹也君から色々と移そうじゃないか。そのためには徒歩で時間を掛けて移動した方がいい」


 そう言われてしまうと、専門外の幹也としては強く反対しにくくなってしまう。


 なるべく車が通らないことを願いながら崖道を登っていく。とっくの昔に死を覚悟したはずの幹也でも、他人からの冷たい目は辛いらしい。


「――葛城日菜は、どんな女の子だったのかな?」


 暇つぶしもかねてだろう、そんな提案をしてくる美代子だった。


 本来であれば話の種にするようなものではない。


 しかし、自分のためにウィッカーマンまで用意してくれたとなれば、断りにくくなってしまう幹也だった。


「葛城日菜は、幼なじみだったんです」


「ほぉ?」


「変わった子でした。父親が歴史研究家でしたから、彼女自身も研究者の真似事をして、地元の色々な歴史を調べるような子で。幼なじみの俺たちもよく一緒に史跡巡りをしたんです」


「その過程で、地元に伝わる祠――千鬼伝説を知ったんだね?」


「……はい」


「そうして。キミは復讐のために千鬼を利用しようと考えた。葛城日菜を虐めて自殺に追い込んだ連中を皆殺しにしてやる(・・・・・・・・)と心に決めた」


「…………」


 ずしり、と。


 抱えたウィッカーマンが重くなった気がした。それは幹也の罪の重さなのか。あるいは罪悪感がそう思わせるのか……。


 だが。そんなものは今さらだ。


「はい」


 あっさりと認める幹也だった。なぜならこれから死ぬべき人間に言い逃れも否定も必要ないからだ。


「そこまで簡単に認められると、探偵の立場がないのだけどねぇ」


 美代子が握り拳を幹也に向け、まずは人差し指を立てた。


「キミは葛城日菜の復讐のためにあの祠を利用しようとした?」


「はい」


 次いで、中指を立てる。


「祠の力を使い、葛城日菜の自殺の原因となった人間を次々に殺してもらった?」


「はい」


 続いて薬指。


「復讐が終わったのだからもう祠に呪い殺されても、葛城日菜に殺されても構わないと思っている? しかしどちらかと言えば葛城日菜に呪い殺してもらいたい?」


「はい」


 最後に小指が立てられた。


「葛城日菜は、自殺の原因となった皆藤幹也を今でも恨んでいる?」


「……はい」


「なるほど、なるほど」


 くすくすと笑う美代子は、それ以上問い詰めてきたりはしなかった。普通ならあり得ないのに。祠に願って人を殺してもらうとか、幽霊に呪い殺してもらうことを望むなど。


 それが怪奇探偵という職業柄なのか、あるいは美代子の性格なのか。まだまだ付き合いの短い幹也には分からない。


 自然とお互いに沈黙し、崖を登り終える。会話が途切れれば気まずくなったりするものなのに、美代子相手では不思議とそういう感覚にはならなかった。


 そのまますぐ左の道に入り、しばらく進めば城跡だ。


 うるさいくらいにセミが鳴いている。この城はいわゆる山城とか崖城と呼ばれるものなので木々が生い茂っているのだ。


 幹也が高校生の頃から『天守閣再建』を目指しているが、具体的な話はまるでない、観光地として扱うには弱い、市民の憩いの場。それがこの城跡であったはずだ。


 高校時代よりは綺麗に整備されているが、やはり人影はほとんどない寂れた城跡の中を進む。大手門から、本丸。そして一番奥の崖側にある古城へと。


 その古城に、例の祠はある。


 さんざん利用してきた幹也が言うのも何だが、不気味な祠だった。


 大きさとしては小さなものだ。いかにも庶民が作ったというような石造り。まるで子供の粘土細工のような簡素さ。だというのに、見ているだけで祟られそうな圧があるのが不思議だった。


「さて、それでは代償を捧げようか」


 美代子の指示に従い、祠の前にウィッカーマンを置く幹也。


「これからどうするのですか?」


「ん? もちろん火を付けるのさ。これはウィッカーマンだからね。中に入れたものを燃やしてこそ生け贄となるんだ」


 あっけらかんと答えた美代子に絶句してしまう幹也。


 いやしかし言葉を失っている場合ではない。いくら人がまばらとはいえ、いつ誰が来るかも分からない公園だ。近くには木もあるので延焼する可能性もある。祠は石造りなので燃えはしないだろうが……こんな場所で火を付けることなど見過ごせるはずがなかった。


「いくらなんでもそれは――」


 ダメですよ。


 その言葉は続けられなかった。



 ――かちゃん、と。



 その音が聞こえてしまったから。


 甲冑の音だ。


 明美を殺したときも。理喜や聡也を殺したときも。清彦を殺したときも。ずっとずっと、すぐ近くで聞こえていた音だ。その音に追いつかれたとき、彼らは首を失う形で死んでいった。


 そんな音が聞こえていないのか。

 あの甲冑武者の姿が見えないのか。

 美代子はどこか楽しそうな様子でライターを取り出した。そのままウィッカーマンに火を付けようとして、何かを思いついた様子で幹也の方を振り向いた。


「そうだ。ここはやはり幹也君に火を付けてもらおう――」


 そこまで口にして動きを止める美代子。幹也の顔色から『何か』がいると察したのだろう。


「幹也君、まさか、いる(・・)のかい?」


 声が出せない。


 答えることができない。


 それは恐怖からか。あるいは千鬼が何かをしているのか。


 理屈は分からないが、幹也は頷くことしかできなかった。


「まさか! 私にも見えないというのに!? 対象者にのみ認識できるなど、それほどまでに強力な存在だとでも!?」


 美代子には聞こえないのか?

 美代子には見えないのか?


 甲冑の音が。

 甲冑武者の姿が。


 幹也を見ているのに。

 幹也の後ろにいるものが、見えないのか?


 かちゃん、と音がする。

 ぎしり、と。草履で地面を踏みしめるような音がする。


 武者の息づかいが聞こえるかのようだ。


 睨み付けられているのか、その圧のせいで心臓すら止まるのではないかと錯覚してしまう。


 いいや、もうすぐ止まるのだろう。


 散々都合よく利用していたのだ。何度も何度もこちらの都合で連れ回したのだ。神にも等しい力を持つという存在が、幹也を許す道理はない。


 幹也もまた、犠牲となるのだろう。

 明美のように。理喜のように。聡也のように。晴彦のように。


 幹也は、それぞれがどんな最後を迎えたのか直接目にしてきた。幹也もあのように首を失う無残な最後を迎えるのだろう。


 ……だが、それでも良かった。

 なぜなら彼は成し遂げたのだ。


 日菜の復讐を。

 人生の目標を。


 終わらせた今。この命が終わることになっても惜しくはない。恐怖はあるが、逃げるつもりはない。


 そうして幹也が覚悟を決めたところで。


「――幹也君!」


 美代子が手を伸ばしてきた。


 そのまま幹也の手が掴まれる。右手で。まだ、火傷も治ってないから痛いだろうに。


 なぜそんなに必死になっているのだろうか?


 幹也には分からない。

 二人は出会ったばかりのはずだ。

 探偵と依頼人という関係でしかないはずだ。


 言葉を交わした回数もそれほど多くない。

 何度か一緒に出かけたが、それはあくまで祠の調査のため。幹也も、美代子も、それ以上の意味は含めていなかったはずだ。


 なのに、なぜ?


 なぜ美代子はそんな顔をしているのだろうか? なぜ叫んでいるのだろうか? なぜ幹也の手を握っているだろうか?


 分からない。

 分からない。

 幹也には分からない。


 何も分からない。けれども。



『それに――キミがいなくなると、私が寂しい。それで納得できないかな?』



 美代子の言葉が、思い出された。


 寂しいと彼女は言う。

 同情とか、愛情とか、そういう感じではない。


 いなくなると寂しい。

 少し仲が良ければ当たり前に抱く感情だ。少し交流があれば不自然ではない想いだ。


 そしてそれは、幹也も同じ。



 ――美代子に会えなくなるのは、少しだけ、寂しいかもしれない。



 だからだろうか。


 考える前に。

 無意識に。


 幹也は、美代子の手を握り返した。


 温かい。


 血が通っている、人間の温もりだ。


 冷たくなっていくことはない。

 命が失われていく感覚はない。


 死んだ人間ではなく。死にゆく人間でもなく。今を、これからを生きていく人間の生命を感じられる温かさだった。



 かちゃん、と。



 甲冑の音が聞こえる。幹也のすぐ後ろにいる。


 美代子が幹也の手を引く。甲冑武者から逃すように。千鬼の呪いから遠ざけんとするかのように。火傷の痛みに構うことなく。


 でも、幹也の身体は微動だにしなくて。


 美代子にはやはり見えていないようで。音も聞こえてないみたいで。


「千鬼様――」


 だから幹也は願うしかない。


「この女性は関係ありません」


 だから、首を取るなら自分だけで。


 そう口にしようとした、直前。



 かちゃん、と。



 甲冑の音が、耳元で聞こえた。

 いよいよか。と、幹也がゆっくりと目を閉じたところで。




『――約定は果たされた』




 そんな声が聞こえた。


 音が消える。


 周囲からセミの声が蘇ってくる。今までは甲冑や草履の音しか聞こえなかったのに、それが嘘のように命の喧噪が耳朶を満たしていく。


 約定、と確かに聞こえた。


 それは確か『約束』の古い言い方だったはずだ。


 つまり幹也は、許されたのだろうか?


「み、幹也君? どうしたんだい?」


 幹也の様子がおかしいと気づいたのだろう。美代子が恐る恐るといった様子で尋ねてきた。


「祠が……千鬼様が、約定は果たされたと」


 幹也の言葉を聞いて、美代子が一気に脱力した。


「あぁ、そうか。それはいい。――傑作だ」


 そのまま地面に倒れ込む美代子。


 必然的に、腕を掴まれたままの幹也も引っ張られ地面に転がるが……なんだか悪くない気分だった。



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