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第二十三話:不穏な客と王都の影


セシリアの行方は依然として掴めず、

やちるたちの焦燥と絶望は

頂点に達していた。

だが、その暗い闇に、

一筋の光が差し込む。


舞い戻ってきたのは、

リリアーナの婚約者、アルフレッド。

彼の登場が、物語を

予期せぬ方向へと導く――。



セシリアが誘拐されてから、すでに十日が経っていた。


やちるたちの必死の捜索にもかかわらず、手掛かりは一切見つからないまま

ただ時間だけが虚しく過ぎていく。


『転生亭』は休業のままだ。

やちる、リリアーナ、ミルドの三人は、連日、無力感と疲労に苛まれていた。

リリアーナは、S級冒険者としてのプライドをかなぐり捨て

町の裏社会の情報屋にまで頭を下げて回ったが、返ってくるのは

「セシリア? 知らねぇな」という冷たい返事ばかりだった。


ミルドは、憔悴した顔で魔力解析を続けるが、誘拐現場に残された微細な痕跡は

彼女の天才的な頭脳をもってしても、それ以上の情報を引き出すことはできなかった。


「くそっ……! 一体、どうすれば……!」


やちるは、店のカウンターに突っ伏し、握りしめた拳を震わせた。

セシリアを助けたいという思いは募るばかりだが、何をしていいのか分からない。

このままでは、『黄金の麦穂亭』の暖簾も

セシリアが守り続けてきた伝統も、消えてしまうかもしれない。


その時、閉めきっていた『転生亭』の扉が、ゆっくりと開いた。


そこに立っていたのは、一人の高貴な男だった。

上質な革で作られた旅装を身にまとい、優雅な仕草で店の中を見渡す。


その顔立ちには、リリアーナとどこか似た、品の良い美しさがあった。


「リリアーナ。まさか、君がこのような場所で給仕をしているとはね。

 噂には聞いていたが、まさか本当だったとは」


男は、やちるには目もくれず、リリアーナに話しかけた。


「……アル! どうしてここに!?」


リリアーナは、驚きと動揺を隠せない様子で立ち上がった。

そう、この男こそ、リリアーナの婚約者であるアルフレッドだった。

彼は、リリアーナが町外れの居酒屋にいるという噂を耳にし

彼女を連れ戻すために、はるばるやってきたのだ。


「どうして、だと? 君が家門を捨てて、こんな町外れの店で働いていると聞いて

 心配しないはずがないだろう」


アルフレッドは、やちるの店を嘲るような視線を一瞬だけ向けた。

やちるは、その態度に無言で拳を握りしめた。

しかし、リリアーナはアルフレッドをカウンターの席に座らせると、落ち着いた口調で話し始めた。


「アルフレッド。今はそれどころじゃないの。

 実は、この店のもう一人の協力者が……誘拐されてしまったの」


リリアーナは、セシリアの誘拐事件について、アルフレッドに詳細を語った。


アルフレッドは、リリアーナの話を眉一つ動かさず聞いていたが

彼女が話し終えると、静かに口を開いた。


「なるほど。ただの家出や痴情のもつれではないな。

 犯行の手口、痕跡の少なさ、そして犯人からの連絡が一切ないこと……。

 これは、金銭目的の誘拐ではない。

 目的は、彼女が持つ『黄金の麦穂亭』の技術か、あるいは……」


アルフレッドは、やちるを一瞥し、意味深に言葉を濁した。

やちるは、彼の鋭い洞察力に、ただならぬものを感じ取っていた。


アルフレッドは、静かに椅子から立ち上がると、リリアーナの顔を真っ直ぐに見て言った。


「リリアーナ。私は、君を連れ戻すことはいったん保留しよう。

 その代わり、この事件の真相を解き明かすことに、協力させてもらおう

 私には、王都の情報網や、貴族のコネクションがある。すぐに調べさせよう。

 だが、結果が出るまでには数日かかるだろう」


アルフレッドは、それだけ告げると、再び店を後にした。

彼の足取りは、来た時よりも速かった。リリアーナも、彼の言葉に希望を見出した。


「ありがとう、アルフレッド!」

「感謝いたします、アルフレッド様!」


やちるも、思わず深々と頭を下げた。



それから数日後。店にアルフレッドが再び現れたのは、夜も更けた頃だった。

彼は、疲労を滲ませながらも、その顔には確かな手応えを感じさせる表情を浮かべていた。


「リリアーナ、分かったぞ」


アルフレッドは、静かに口を開いた。


「私の調べでは、彼らは、以前王都にきたこの街の行商から

 君の店の酒の噂を聞きつけて、この酒を扱わせてほしいと申し出たそうだ。

 しかし、君がそれを断ったため、その製法を知るために、セシリアを誘拐したのだ。

 ……全く、傲慢な連中だよ」


アルフレッドの言葉に、やちるはハッと顔を上げた。

彼は、以前数度、柄の悪い客から

「王都の偉いさんが、あんたの店の酒に興味を持ってるぜ」といった

同様の話をされたことを思い出していた。


しかし、その客たちは、やちるが相手にしなかったため、すぐに諦めて去っていったのだ。

まさか、それがこんな大事件に繋がるとは、思いもしなかった。


「なぜ、町の裏社会から情報が漏れてこなかったの

 ……それは、**王都の裏社会と、この町の裏社会が、敵対関係にある**からだ。

 互いに情報網を張り巡らせていても、相手の領域には手を出さない

 という暗黙のルールがある」


アルフレッドの説明は、これまでのやちるたちの捜索がなぜ行き詰まっていたのか

その理由を明確にした。王都の裏社会が相手では、町の情報網では全く歯が立たなかったのだ。


「……セシリア様を、助けられるのですね?」


ミルドが、震える声でアルフレッドに問いかけた。


「ああ。犯人の目的と居場所が判明した以上、あとは救出するだけだ」


アルフレッドは、静かに頷いた。

彼の瞳には、迷いは一切なかった。


「作戦を立てよう。リリアーナ、ミルド。君たちの力が必要だ。

 やちるよ、貴様にも協力をしてもらうことになるがいいかな?」


アルフレッドは、やちるを冷たく見据え、問いかけた。

やちるは、彼の言葉の裏にある、リリアーナを奪われたことへの敵意を感じ取っていた。

しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「もちろんです! セシリアさんを、必ず助け出します!」


やちるは、迷うことなく、アルフレッドの言葉に応えた。

自分の行動が引き起こした事件ならば、自分の手で解決しなければならない。

無力感に苛まれていた自分に、再び希望の光が灯ったのだ。


やちるの言葉に、リリアーナも、ミルドも、力強く頷いた。



セシリア誘拐という絶望の淵に、

リリアーナの婚約者アルフレッドが駆けつけた!


彼がもたらした情報は、

事件の背後に王都の裏社会が潜んでいるという

驚くべき真実!

そして、彼らの誘拐の目的は、

『転生亭』の秘密の製法だった――。


絶望から一転、

希望の光が差し込んだやちるたち。

次回、セシリア救出に向けた、

三つ巴の作戦が幕を開ける!

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