第十八話:収穫祭、計算された勝利
「最高のビール」と「最高の焼き鳥」を携え、
『転生亭』はいよいよ収穫祭の舞台へ!
対するは、老舗の誇りをかけた女主人セシリア。
料理と酒、そしてプライドを賭けた勝負の火蓋が、
今、切られる――!
町一番の広場は、熱狂の渦に包まれていた。年に一度の収穫祭当日。
色とりどりの旗がはためき、屋台からは香ばしい匂いが立ち上る
。人々は皆、笑顔で祭りの賑わいを謳歌していた。
そんな喧騒の中央に、ひときわ大きな人だかりができていた。
中央広場に設けられた特設ブース
――『転生亭』と『黄金の麦穂亭』の勝負の舞台だった。
「マスター、準備はいいか?」
リリアーナが、キンと冷えたビールの入った樽を最終確認しながら、やちるに問いかけた。
その顔には、S級冒険者として幾多の修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、鋭い集中力が宿っている。
「もちろんです、リリアーナさん!
みんなの協力で最高のビールと焼き鳥ができたんですからね!」
やちるは、炭火の入った七輪の前で、炎の熱を肌に感じながら答えた。
横でミルドが、冷却魔法で完璧な温度を保ったビールのジョッキを並べていく。
その向こうでは、キッドが元気よく客の呼び込みを始め、ガルムとリーファが
やちるが丹精込めて串打ちした焼き鳥を焼く手伝いをしていた。
『転生亭』のブースからは、香ばしい炭火の匂いと
麦芽の芳醇な香りが広場中に漂い、人々の食欲を刺激する。
対する『黄金の麦穂亭』のブースも、負けず劣らずの盛況ぶりだった。
豪華な装飾が施されたブースからは、上品な肉の煮込み料理の香りが漂い
熟成された美酒の樽がずらりと並べられている。
女主人セシリアは、職人たちに指示を出しながら、その全てに完璧を求めるような
毅然とした態度で客を迎えていた。
「さあ、祭りの始まりだ! 両店の最高の料理と酒を存分に味わい
みなの手で、この町の新たな歴史を刻もう!」
領主エルドリックの開会の宣言と共に、勝負の火蓋が切られた。
「いらっしゃいませー! 冷えてますよー!
最高のビールと、炭火焼き鳥、いかがですかー!」
やちるの元気な声が、広場に響き渡る。
開始直後から、『転生亭』のブースには長蛇の列ができた。
客たちは、まず琥珀色に輝くビールを手に取る。一口飲んだ瞬間、彼らの顔に驚きと感動が広がる。
「なんだこれ!? キンキンに冷えてる!」
「喉越しが違う! そしてこのコク……こんなビール、初めてだ!」
「この苦味と香りが最高に美味い! いくらでも飲めそうだ!」
口々に感嘆の声を上げながら、客たちは「おかわり!」と叫び
木製の投票コインを猛烈な勢いでブースの投票箱に投じていく。
続いて、炭火焼き鳥。熱々の串を手に取れば、香ばしい醤油の匂いが鼻腔をくすぐる。
一口食べると、外はパリッと、中はジューシーな肉汁が溢れ出し、炭火独特の香りが鼻に抜ける。
ビールの爽快なキレが、焼き鳥の香ばしさと旨味を一層引き立て、まさに至福の組み合わせだった。
「美味い! この焼き鳥には、このビールしかねぇ!」
「何本でもいける! マスター、もう一本!」
キッドはしっぽをぶんぶん振りながら、目を輝かせて注文を捌き
ガルムとリーファは、やちるの指示通りに焼き鳥を焼き続ける。
ブースは活気に満ち溢れ、まるで嵐のような勢いで注文が舞い込んだ。
「マスター、すごい勢いで売れてるわ! このペースだと、酒が足りなくなるかもしれない!」
リリアーナが、心配そうな顔でやちるに耳打ちした。
ミルドが醸造したビールは、確かにこれまでの試作品の量をはるかに超えていたが
この客の熱狂ぶりは、やちるたちの予想を遥かに上回っていたのだ。
「大丈夫です、リリアーナさん! これだけ喜んでくれるなら、最高じゃないですか!」
やちるは、客たちの満面の笑顔を見て、その不安を振り払った。
彼にとって、客の「美味い!」という言葉と笑顔こそが、何よりの報酬だった。
彼は、ジョッキを次々と提供し続けた。
一方、『黄金の麦穂亭』のブースは
『転生亭』のような爆発的な勢いはなかったものの、安定した人気を誇っていた。
セシリアは、落ち着いた様子で客と会話を交わし、自慢の料理と酒を提供している。
「この『黄金の煮込み肉』は、長年受け継がれてきた秘伝のレシピでございます。
肉をたっぷりのオイルと、厳選された野菜、そしてスパイスでじっくりと煮込んでおりますので
口の中でとろけるような柔らかさと、奥深い旨味をお楽しみいただけますわ」
セシリアの言葉通り、皿に盛られた煮込み肉は
見るからに柔らかそうで、芳醇な香りが食欲をそそる。
それに合わせるは、彼女が自信を持つ熟成された美酒。
客たちは、料理と酒のペアリングをじっくりと楽しみ、満足げな表情で頷いた。
「さすがは『黄金の麦穂亭』。いつ食べても変わらぬ安心の味だ」
「この酒も、料理とよく合う。やはり老舗は格が違うな」
『黄金の麦穂亭』の客たちは、一皿一皿を丁寧に味わい、その度に投票コインを投じていく。
そのペースは『転生亭』に比べれば緩やかだが、着実に、そして確実に票を伸ばしていった。
祭りの前半が終わり、中盤に差し掛かった頃。
「投票箱の途中経過を発表する!」
領主エルドリックの声が広場に響く。
両ブースの代表者が前に出る。
「現時点での投票数は……『転生亭』、1250票! 『黄金の麦穂亭』、800票!」
会場が大きく沸き立つ。
『転生亭』が大きくリードしていることに、客たちは歓声を上げた。
やちるも思わず拳を握り、リリアーナとミルドも安堵の表情を浮かべた。
セシリアの顔には、一瞬、悔しさが滲んだが、すぐにそれを隠し、冷静な表情を保った。
(ふん……所詮、見慣れない物珍しさで一時的に票を集めたにすぎないわ。
本物の酒場が、付け焼き刃の店に劣るはずがない!)
セシリアは、内心でそう呟いた。
そして、自分のブースに戻ると、職人たちに低い声で指示を出した。
「まだだ。焦ることはない。計画通り、最高の品質を維持し、最後まで丁寧に提供するのよ」
祭りの後半戦が始まった。
『転生亭』のブースは、相変わらず客が殺到していた。
やちるは汗だくになりながらも、次々と焼き鳥を焼き
リリアーナとミルドがビールを提供する。しかし、その時だった。
「マスター! ビールが……! もう、これ以上は出せない!」
ミルドが、悲痛な声を上げた。最高のビールを注いでいた樽が、完全に空になったのだ。
予想以上の売れ行きに、ミルドが計算した量を遥かに超えて消費されてしまった。
「なっ……!?」
やちるの顔から、血の気が引いた。
まだ祭りの終了時間まで、かなりの時間が残っている。
しかし、もう『転生亭』から提供できる酒は、何もない。
客たちは、ビールが切れたことに気づくと、口々に残念そうな声を上げ始めた。
「えー、もう終わりなの!?」
「せっかく並んだのに……」
『転生亭』のブースの長蛇の列は、瞬く間に消え去った。
客たちは、がっかりした表情で他の店へと流れていく。
ブースは、一瞬にして活気を失い、沈黙が訪れた。
その間も、『黄金の麦穂亭』のブースは、変わらず客で賑わっていた。
セシリアは、計算され尽くした販売計画で、終盤まで安定して酒と料理を提供し続けていたのだ。
客たちは、安心して店を訪れ、じっくりと料理と酒を堪能する。
やがて、祭りの終了を告げる鐘が鳴り響いた。
最終結果の発表。領主エルドリックが、両ブースの投票箱を回収し、その場で集計を行う。
「では、これより、今年の収穫祭、酒場対決の最終結果を発表する!」
会場全体が、固唾を飲んで見守る。
「……結果は!」
エルドリックは、手に持った紙を読み上げた。
「勝者! 『黄金の麦穂亭』!」
会場から、大きな拍手と歓声が湧き上がった。
『黄金の麦穂亭』のブースでは、職人たちが喜びの声を上げ
セシリアは静かに、しかし確かな満足感を滲ませていた。
やちるは、その場で膝から崩れ落ちそうになった。
悔しさ、無力感、そして自身の経験不足と「計算」の甘さが、彼を打ちのめす。
「……負けた」
リリアーナが、やちるの肩にそっと手を置いた。
ミルドは、悔しそうに唇を噛み締めている。
セシリアは、勝者の証である領主からの花束を受け取ると
ゆっくりと『転生亭』のブースへと歩み寄ってきた。
その表情は勝利の喜びに満ちているが
やちるを見つめる瞳の奥には、どこか複雑な光が宿っているようだった。
収穫祭、運命の対決!
最高のビールと焼き鳥で、
『転生亭』は快進撃を見せるが、
祭りの経験不足が、まさかの失速を招く!
対するセシリアは、
計算された販売戦略で、
見事な逆転勝利を飾る!
やちるが、初の敗北を喫したこの戦い。
勝者セシリアが、敗者やちるに下す「命令」とは!?




