サマンサ初飲酒
レヴィ王国では十五歳で成人となる。
幼い時に婚約をしていても十五歳になるまで結婚は出来ない。また飲酒も基本的には十五歳からとなっている。
「今夜は三人なの?」
サマンサはエドワードの部屋に入って驚いた。そこには戦地にいる筈のジョージがいたのだ。二人が向かい合って座っていたので、サマンサはエドワードの隣に腰掛ける。
「あぁ。サマンサの成人の祝いだから参加しろと強引に引き留めた」
「それなら数日は王宮にいるの?」
「いや、明日出立する。隊長職は暇じゃない」
ジョージは嫌そうな顔をする。サマンサは相変わらず仕事馬鹿だと内心思った。
「カイルは一緒ではないの?」
「俺が不在の時に俺の代理の仕事をするのが副隊長の役目だからな」
ジョージの冷たい言葉に、サマンサはつまらなさそうな顔を向けた。給仕は三人の前に置かれているグラスに葡萄酒を注ぐ。
「サマンサのこれからの未来に乾杯」
エドワードがグラスを上げ、ジョージとサマンサもグラスを持ち上げる。
「私の未来よりも自分の事を心配した方がいいのではないの?」
サマンサは冷めた視線をエドワードに向けた。彼とその妻ナタリーの関係が彼女は気にかかっているのである。
「私の将来はジョージの働きにかかっているから」
「仕事の話をするなら帰りたいんだけど」
うんざりといった表情のジョージにサマンサは呆れた表情を向ける。
「王宮がお兄様の帰る場所でしょう?」
「俺は黒鷲軍団基地のベッドが一番落ち着いて寝られる」
「何故前線のベッドが一番落ち着くのよ。おかしいわ」
「俺の話は良いからとりあえず飲んだらどうだ」
ジョージに促されサマンサは葡萄酒を口に運ぶ。
「あら、美味しい」
「私がサマンサの口に合いそうなのを選んだのだから当然だ」
「ありがとう、エドお兄様」
サマンサは微笑むと葡萄酒をもう一口飲む。
「でも久しぶりね。三人なんて。戦争が終わったらこうしてまた食べられる?」
「俺は料理長の食事がいい。噂には聞いていたけど、これは酷い」
ジョージは薄味の料理に耐えかねて、置いてあったソースをかける。
「それならお兄様もお父様に文句を言ってよ。私の話は聞いてくれないの」
「サマンサの意見が通らないのに俺の意見が通るはずがない。兄上に依頼してくれ」
「私は父上とは仕事以外の話はしない」
「俺もする気はない」
エドワードとジョージは顔を見合わせて笑う。それを見てサマンサが不満そうな顔をする。
「どうして二人ともそういう態度なのよ」
「それは父上に聞いて欲しい。父上はサマンサにだけ父親の顔をするのだから」
レヴィ国王ウィリアムは息子に対しては誰に対しても冷たい。一人娘のサマンサに対してだけ、父親らしく愛情を持って接していた。
「もう。それならエドお兄様からナタリー様に忠告してよ。王妃殿下と対立しなければ戻るかもしれないわ」
「それは私が口出しをする事ではない。言いたいなら自分で言えばいい」
エドワードは冷めた声でサマンサに言った。
「役に立たないわね」
「そう言うならソースをわけないよ。葡萄酒に合うよう特別に私が作らせたものだから」
「待って、ごめんなさい。ソースを下さい」
慌てて謝ったサマンサにエドワードは微笑むとソースの入った器を渡した。サマンサは肉料理の上にソースをかけ、一切れ口に運ぶ。
「これは美味しいわ。これを常備したらいいのではないの?」
「仮にも王妃殿下の命令だから、私がこそこそやっているのは宜しくない。今夜は特別」
「そう。それならまたどこかに食べに行くしかないわね」
サマンサは残念そうにそう言うと、美味しいソースを味わいながら葡萄酒を飲んだ。
いつもなら給仕がいるのだが今夜は三人という事もあり、給仕は下がっていた。給仕の代わりをする事に何の躊躇いもないジョージがエドワードの空いたグラスに葡萄酒を注ぐ。
「サマンサももう一杯飲むか?」
「ん。飲む」
サマンサの普段とは違う話し方にジョージが彼女の顔を覗きこむ。彼女の顔は赤い。
「もう酔ったのか? いくら初めてでも早くないか」
「酔ってないわよー。はい、もう一杯」
サマンサは上機嫌でグラスをジョージに差し出した。
「いや、やめておいた方がいい。思ったより弱いな」
エドワードはサマンサの手からグラスを取り上げる。彼女は悲しそうな表情をした。
「弱くない。返して」
「やめておけ。酒は飲むものであって飲まれるものではない」
「飲まれてないもん」
そう言ってサマンサはエドワードに抱きついた。
「エドお兄様、大好き。だから返して」
その光景にジョージは驚きを隠せなかった。
エドワードとサマンサは兄妹の中で一番仲が良いのは誰もが知っている事ではある。しかし抱きついたりなどはしない。そこはあくまでも王族らしく振る舞っているはずなのである。
「サマンサ、態度が良くない。離れろ」
「何でよ。お兄様も抱きついて欲しいの?」
「抱擁を求めているわけじゃない。礼儀の話をしている」
「兄妹で礼儀は要らないわよ、ねー。エドお兄様」
エドワードはにこやかに微笑んだ。妹を可愛がっている彼にとって、この状況は嫌ではない。
「兄上、注意をして」
「まぁお酒が入った上での事だから大目に見てやればいい」
その時扉をノックする音がして給仕が入ってきた。一本では足りないと言われたので、追加の葡萄酒を持ってきたのである。
サマンサはその酒瓶を目にしてエドワードから離れると給仕の方を見た。
「それ頂戴」
そう言いながらサマンサは給仕に抱きつこうとした。それに気付いたジョージが、慌てて給仕の腕を引っ張って離す。
「えー。お兄様のけちー」
「今のサマンサの事は誰にも言うな。もし言ったら命はないと思え」
エドワードは普段とは違う冷たい雰囲気を纏いながら給仕を睨んだ。給仕は背筋を凍らせながら必死に何度も頷くと、酒瓶をテーブルに置いてそそくさと退室をした。
「誰にでも抱きつくんじゃない」
「えー。お酒ー」
「完全に飲まれているな。これはもう外で飲ませられない」
「あぁ。私が貴族達に通達しよう。食事に招いても飲酒させたら爵位剥奪、と」
エドワードとジョージが話し合っている間もサマンサはエドワードに抱きついていた。
「難しい話は、いいから、お酒、頂戴」
サマンサの言葉がたどたどしくなってきた。彼女の目は虚ろである。
「もう寝るのか? たった一杯で?」
「寝ない」
ジョージの呆れたような問いかけに、サマンサは不機嫌そうに答えるが今にも寝そうである。エドワードは徐々に体重をかけてきているサマンサをしっかりと支えた。
「サマンサ、少し目を閉じるといい。私がジョージを説得するから」
サマンサは笑うと大人しく目を閉じた。そしてすぐに眠りへと落ちていった。
「ジョージ、サマンサをソファーへ寝かせて欲しい」
「兄上が自分で運べばいい」
「このような体勢からサマンサを持ち上げられる程、私は鍛えていない」
ジョージは小さくため息を吐きながら席を立ち、サマンサに近付くと軽々と抱きかかえてソファーへ横たわらせた。サマンサは笑顔のまま寝息を立てている。
「ここからサマンサの部屋まで誰にも見られずに運べるか?」
「運ぶ事自体は問題ないけど、サマンサは身の回りの事に何人も侍らせているから、誰にも見られずは無理だ」
サマンサには侍女が三人仕えている。他にも入浴や着替えを手伝う者など王女付きの使用人が複数いる。当然彼女の部屋に誰もいない事がない。
「それもそうだな。酒に弱くすぐに寝る、という事にしよう。酔っている最中だけは隠し通した方がいい」
「あぁ。勘違いしたどこぞの子息に酒を飲まされては大変だ」
「サマンサには絶対に他人の前で飲まないようには私から言い含めておく」
ジョージは頷くと席に戻った。エドワードは笑顔を浮かべる。
「飲み直すか。二人で飲むと言うのもたまにはいいだろう」
「あぁ」
エドワードとジョージはグラスを持って乾杯をした。サマンサはソファーで気持ちよさそうに眠っていた。
【謀婚を読んで下さった方への補足説明】
ジョージは謀婚で二年王宮に戻ってきていないとカイルが説明していましたが、実際はウィリアムとテオの間の手紙配達の為に半年に一度王宮へ足を運んでいました。
ただ、それはカイルに内緒の事だった為、カイルは把握していなかったのです。




