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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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運命かもしれない

 セリムとサマンサは別館に戻ると、不安そうな表情をしていた使用人達に笑顔で迎えられた。特にポーラは今にも泣きそうな表情で勢いよく彼女に抱きつき、彼が背中を支えてくれなければ危うく倒れる所だった。

 サマンサは埃だらけではないかと不安だったが、ポーラが簡単に叩いただけで大丈夫と言うので、二人は食堂へと向かった。料理人は申し訳なさそうに、食材がなかったので簡単な物しか作れなかったと謝罪をした。給仕達が運んできたのはピラフとスープ。ハサンとメルトは戻ってきていないので図らずも初めて二人だけで食事をする事になった。

「サマンサ、食べられそう?」

 セリムが不安そうにサマンサの顔を覗く。彼女は上手く笑顔を作れず、諦めて困った表情を浮かべた。

「お腹は空いていると思うのだけれど、そういう気分ではないわ」

 ミライに誘拐されてここへ戻ってくるまでにそれほど時間は経っていない。セリムに心配をかけてはいけないと思ったが、サマンサは食欲がわかなかった。

「無理はよくないと思うけど、スープは出来るだけ飲んで欲しい」

 サマンサは頷くとスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。温かくて優しい味が身体に沁みた。彼女が彼の方を見ると心配そうな表情を向けていた。

「サマンサ、大丈夫そう? 医者を呼んだ方がいい?」

「大丈夫。怪我はしていないから」

「もう二度と同じ事がないように徹底する。サマンサの希望があれば叶える。だからレヴィには帰らないで俺の側にいて欲しい」

 サマンサはセリムが言い出した事が一瞬理解出来なかった。彼女は誘拐騒動ぐらいで母国に帰ろうなどとは思っていない。むしろ先程まで繋いでいた手から伝わった温もりで、彼女の心は幸せだった。助けに来てくれると信じていたせいか、助けられた時にときめきは感じなかったけれど、とても安心した。そういう穏やかな気持ちは彼女にとって初めて抱いた感情だったのだ。

「それはセリムさん次第だわ」

 サマンサはそう言うとスープに視線を落として口に運ぶ。以前のセリムなら帰らないか不安そうな顔をしていた。だが今の彼はそのような心配をしているようには感じなかった。自分がアスランの生活で不安にならないように努力してくれる彼の気持ちが嬉しくて、彼女は顔がほころびそうになるのを見られないように視線を外したのだ。

「うん。これからは気を付ける。俺だけで解決しようとしたのがいけなかった。サマンサに相談していたら今回の事は防げたかもしれないのに」

 サマンサはセリムの話の方向がわからず視線を彼に向けた。

「実はエイメンの使用人から、ここの使用人に接触があったらしい。俺はそのうち追い出されるからエイメンの下で働かないかと。しかも数人に。だがサマンサのおかげで誰も首を縦に振らなかったそうだ」

 セリムは嬉しそうに微笑んだ。サマンサは思い当たる事がなく首を傾げる。

「私は何もしていないわ」

「皆と仲良くしてくれている。ゼフラがあの態度だろう? サマンサの振舞いは皆の心を掴んだらしい」

「それならセリムさんだわ。皆がセリムさんに感謝をしているのを聞いたもの。王太子が変わると使用人は総入れ替えが普通なのに、セリムさんは誰も変えなかったと」

「俺は兄が信用していた人をそのまま信用しただけだよ。ただ、ミライに関しては本当にすまない。ハサンから忠告を受けていたのに彼女も残してしまった」

「一人だけ暇を出すのも難しいから仕方がないわ。ミライはどうなるの?」

「もう別館では雇えない。王太子妃誘拐だから牢に入る事になるだろう」

 サマンサは視線を伏せた。危害はなくても誘拐はされているので無罪ですむはずがない。だが今回の行動はミライがエイメンに対して身分違いの想いを抱いたが故に起きた不幸な事件だ。もしエイメンがミライの気持ちを知っていて利用していたのだとしたら裁くべきはエイメンだが、現状では利用していたかまではわからない。

「出来ればミライの事をエイメン殿下から守ってあげて。口封じされるのは流石に可哀想だわ」

 サマンサの言葉にセリムは驚いた表情を向けた。彼女は微笑む。

「私が最初に気のあるふりをしなければよかったの。誤解させるような事をした私にも責任があるわ」

 サマンサはレヴィ王宮で暮らしている時、色々な情報を集める為に様々な人と接点を持った。少し気のあるふりや頼りにしていると思わせると、男性の口は軽くなった。エイメンと接した時にそれをしなければ、今回の事件は起こらなかったかもしれない。またセリムと最初から夫婦として向き合ってつけ入る隙などないと思わせていれば、違った結果になったかもしれない。だが後悔してもどうにもならない。せめて彼女に出来る事は、思いつめさせてしまったミライの処罰を軽くする事だけだ。

「わかった。エイメンから守る事は約束しよう。だが彼女は罪を償うべきだ。サマンサが許したとしても、俺はサマンサを侮辱しようとした事は許せない」

 ミライが侮辱の言葉を口にする前にセリムはそれを封じた。あれはミライの罪を増やさないように、彼なりの優しさだったのだろうとサマンサは思えた。それでも誘拐した事実は変わらず、安易に罪を許せば示しがつかない。彼女は自分の判断の甘さを痛感した。

 その時扉をノックして食堂にハサンが入ってきた。彼はサマンサを確認すると安堵の表情を浮かべた。

「サマンサ様が御無事で何よりです」

「そちらの首尾は」

「タラール大臣には揺さぶりをかけておきました。ゼフラ様は何も知らない御様子でしたが」

「ゼフラが何も知らないのは今に始まった事でもない」

 サマンサはセリムの言葉が引っ掛かった。その表情が出ていたのか、彼は彼女に微笑みかける。

「ゼフラは政治に興味がないから、父親が何をしているのかを知らないという事」

 サマンサは納得して頷いた。彼女もそれはゼフラの態度を見ていればわかる。ゼフラは王太子妃になりたいのではなく、セリムの妻になりたいだけ。もう少し賢く立ち回ればそれも出来たであろうに、その辺りは残念な人という印象しかない。

「ジョージ様から頂いた情報もありますし、明日の議会は荒れそうですね」

「そうだな。だがそれで落ち着けば問題ない」

 セリムの言葉にハサンは頷いて答えた。



 夜、いつものように入浴を終えると、サマンサは自室のソファーに腰掛けていた。だがいつもと変わらない夜とは思えなかった。彼女は視線を自分の手に向ける。繋いだ手は本当に温かかった。より触れ合えば更に温かくなるのだろうか。こうして二人で戻ってこられたのだから、この結婚は運命と思ってもいいのではないだろうか。

 扉の奥から声が聞こえてサマンサが現実に引き戻されると、セリムが部屋に入ってきた。しかし今夜は給仕も一緒に入ってきて、テーブルの上にグラスをふたつ置くと葡萄酒をそれぞれに注いだ。そして給仕は一礼すると部屋を出て行った。彼女は困惑の表情を浮かべて彼を見上げると、彼は微笑みながら彼女の隣に腰掛けた。

「あのような事があったから簡単に寝付けないだろう。お酒の力を借りて眠った方がいい」

 サマンサはセリムの気遣いをどう受け止めればいいのかわからず視線を伏せた。今までの経験上、グラス一杯の酒があれば朝まで眠れるだろう。だが、今夜はそのような眠り方をしたくなかった。

「気持ちだけ頂いておくわ」

「俺の好きな酒だから気に入らない? 別の物を用意しようか」

「別の物も要らない。お酒を飲みたい気分ではないだけ」

 前回と違いポーラは控えていない。サマンサは自分が何をするかわからない状況で酒を飲むのが怖かった。セリムに抱きつくだけで済めばいいが、それ以上に何かしても記憶に残らないのが嫌だった。

「眠れそう?」

「わからないけど多分大丈夫。セリムさんは遠慮せずにどうぞ」

 サマンサはセリムに心配かけまいと笑顔を作ったが、彼は困った表情を浮かべた。

「その表情で大丈夫と言われても説得力がない。不安があるなら何でも言って欲しい。明日メルトをここに残してもいいし、警備を増やしてもいい」

「明日は兄達が挨拶に来るからいつも通りでいいわ」

 サマンサはまた誘拐されるとは思っていない。エイメンが別館の使用人に声を掛けて失敗している以上、手を出してくるとは思えなかった。タラールもハサンが揺さぶりをかけたと言っていたので動くとも思えない。

「私は不安そうな顔をしているかしら。不安は特にないのだけれど」

「何と言えばいいのかわからないけれど、いつもと違う。いつもと一緒の方がおかしいとは思うけれど」

 サマンサは横目でグラスをちらりと見た。葡萄酒を飲めばセリムは安心するかもしれないが、やはり飲む気にはなれない。

「本当に大丈夫よ。今日は助けてくれてありがとう」

「礼はいいよ。当然の事だし、そもそも防げなかった事を責められてもおかしくない」

「それは私が悪いの。ミライの案内を受け入れたのは私だから自業自得。同じ失敗は繰り返さないわ」

 サマンサの言葉にセリムは納得したように頷いた。

「そうか。サマンサは二度と飲まないと言っていたから飲みたくないのか。俺は気にしないけど、気が利かなくてごめん」

 セリムはそう言うとグラスをひとつ手に取り立ち上がった。

「俺は部屋に戻るよ。寝付けなかったら飲むといい。一人なら飲めるだろうし」

 サマンサは戸惑ったものの、どうしていいのかわからなかった。セリムはおやすみと言って自分の部屋へと消えていった。彼女は困惑した表情のままグラスを手に取ると、一気に葡萄酒を飲み干した。そして酔いが回る前にベッドへと潜り込んだ。

 サマンサが枕を抱きしめながら、セリムさんの馬鹿と呟いたのは当然彼の耳には届かない。彼女もまた何と表現したらいいのかわからない感情を持て余していたが、酒の力で強引に眠りへと誘われていった。

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