表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/58

夫婦関係の変化

「サマンサ様、また間違えていらっしゃいますよ」

 サマンサは家政婦長の声ではっとし、手元に意識を戻す。今回は二色で織っているので違う糸を通した二本の杼を順序良く通す必要があるのだがその順序を間違えていた。彼女は小さく首をひねってから濃紺の杼を戻して青色の杼を通し直す。単調作業のせいなのか、彼女は上手く集中出来ないでいた。

「セリム殿下の態度が戻ったと思ったら、今度はサマンサ様がおかしいなんて。いかがされたのですか?」

 家政婦長はまるで母親のような表情でサマンサを見つめている。使用人の皆がセリムの態度が戻った、やっとらしくなったと言うので今の態度が正しいのだろう。彼女も言われてみれば顔合わせをした時の態度に一番近いと思えるのだから、あれが素なのだろう。

「皆には通常のセリム殿下が、私にはどうも馴染まないだけよ」

「確かにサマンサ様に遠慮されている雰囲気はありました。サマンサ様は今のセリム殿下がお嫌いなのでしょうか?」

 サマンサは返答に困り無言で筬を打った。好きか嫌いかわからない。確かに彼女はセリムの素を見たいと思った。だから今の状況は最初の頃よりも好転している。好転しているのだが好きだと言われてもどう対応していいのかわからず、結局無言になってしまう。嬉しくないわけではないが、夫婦なのにありがとうと言うのはおかしい気がする。だが私も好きだと返す事も出来なかった。そんなやりとりがもう三日続いている。

「今日は雨ですから午後の外出は難しそうですね」

 家政婦長は窓から外の様子を見る。サマンサが嫁いできて初めての雨である。アスランは春から秋にかけては晴れの日が多く冬の間は雨の日が多い。今は春なので雨は珍しい。

「そうね。午後も機織りをしようかしら。思うように進んでいないし」

「集中出来ないのでしたら一度離れた方が宜しいかと思います」

 そう言いながら家政婦長はサマンサの手を止めた。また違う色の杼を持っていたのだ。彼女は家政婦長に礼を言うと杼を持ち変えた。

「その方がいいかもしれないわね。前回より質の悪い物が出来ても仕方がないもの」

 サマンサが作業しているのは織る事だけである。全ての準備は家政婦長がしてくれているので、彼女は経糸の張り方も知らない。そこまで本格的にやる気がないので彼女も覚える気はない。だが彼女の織り方で布の完成度は変わってしまう。セリムなら何でも受け取ってくれそうな気はするが、それでも何の模様か不明な物を渡すのは忍びない。

「そろそろ昼食の時間です。休憩にしましょう」

 家政婦長にそう言われサマンサは杼を手放した。昼食の時間が終わればセリムは帰ってくる。一体どう対応するのが正しいのかまだ答えが出ていないので、彼女は内心悩んだまま立ち上がった。



「ただいま、サマンサ」

 セリムは部屋に入り、サマンサの横に腰掛けると彼女を抱きしめた。遠慮をしないと宣言した次の日から、彼はポーラが控えていようとも彼女の隣に座り、腰掛けると彼女を抱擁した。それはいかにも挨拶という触れ合いで密着度も低く僅かな時間なので、彼女は嫌だと言う程でもないと彼の好きなままにさせていた。正しくは最初に驚いて彼女が反応出来なかった所を、彼が許容されたと判断した為に抱擁は続けられ、彼女は文句を言う機会を完全に失っていた。

「おかえりなさい」

「今日はあいにくの雨だから外出は難しい。ごめん」

「気にしないで」

 アスランでは特別急ぎの用事でもない限り雨の日は外出をしない。会議は雨でも行われるが、それは別館から王宮へは屋根のある廊下で繋がっている為、また大臣達は自前の馬車で自宅から屋根のある王宮入口まで乗り付けられる為、あまり雨に濡れる心配がないからである。

 二人の抱擁を後ろに控えながら見ていたポーラが急に歩き出した。彼女は自室へつながる扉の前に立つと二人に対し一礼した。

「私はこちらへ下がらせて頂きます。御用の際はお呼び下さい」

 サマンサは逃げないでとポーラの方を見たが、ポーラは笑顔を向けると自室へと下がっていった。夜はあまり長居する事はないし、眠そうな顔をすればセリムは自室に戻ってくれるだろう。しかし今は昼を過ぎたばかり。夕食まで時間が長すぎると思ったが、ここが自室である以上彼女に逃げ場はない。

「サマンサ、どうかした? 最近少し口数が減った気がする」

 誰のせいだと思っているという言葉をサマンサは呑みこんだ。好意を向けられている事は最初からわかっていた。上の兄エドワードのように執着されるかもしれないとも思っていた。しかしセリムは執着心があるようには見えない。彼なりに自分の事を思って一線を越えようとしないというのは彼女もわかっている。だがどうしてもすっきりしない。

「セリムさん、ひとつ聞いてもいいかしら?」

「何? 時間はたくさんあるから何でも答えるよ」

「何がきっかけで態度を変えたの?」

 サマンサはセリムの瞳をまっすぐ見つめた。これ以上考えても、どうせ答えは出ないと彼女は諦めた。このまま彼に翻弄されるのも面白くない。ここはきっかけを聞いて考えたいと彼女は思ったのだ。

「サマンサがエイメンへの興味を完全に失ったように見えたからかな」

「それほどエイメン殿下が気にかかっていたの?」

「俺がエイメンに勝てる事なんて剣術くらいしかないから」

「そのような事はないわ。セリムさんと話しているのは楽しいもの」

 この三日間、サマンサはセリムの態度の変化に戸惑っていたものの、彼と寝る前に話す会議の話も、お互いの過去の話もつまらないと感じる事はなかった。

「そう言ってくれると嬉しい。でもまだ友達くらいなのかな」

 セリムは少し寂しそうな顔をした。しかしサマンサはそれを否定する事が出来なかった。今自分の胸にある感情を言葉にしようとすれば、多分友情が一番近いと思えたのだ。

「サマンサは昔好きな人はいた? どういうきっかけで人を好きになる?」

 セリムは優しそうな笑みを浮かべている。それはサマンサの過去を知りたいのではなく、純粋に自分が好まれるために何をするべきかを知りたいのだろう。そうは思うのだが、彼女は好きだと思った男性は一人しかいないし、カイルと彼とでは人間性も顔立ちも違うので参考にならないように感じて、素直に言う気にならなかった。

「人を好きになるきっかけは決まっているの? セリムさんはいつも一目惚れ?」

「いや。俺はサマンサ以外でこんな気持ちになった事がない。だけど確かに一目惚れはただのきっかけで、好きだと思うのは別の事かもしれない。俺はサマンサが手紙の返事を必ずくれる事が嬉しかった。徐々に書き慣れて綺麗になっていくアスラン文字を見るのも嬉しかった。一緒に歩いてくれる事も、笑ってくれる事も嬉しい」

 セリムはサマンサに微笑んだ。その微笑みは本当に嬉しそうで、彼女もつられて微笑む。

「サマンサがここにいてくれるのならゆっくりでいい。俺もまだサマンサに相応しくなれたとは思わないから急かす気もない」

 一線を引いている感じがするのはそういう事なのかと、サマンサは納得して頷いた。抱擁するのは急かしている内に入らないのかと思ったが、最初に手を握ったのは自分の方なので文句を言うのは憚られた。ちなみに最初に指が触れた時と態度が違うと彼女はセリムに聞いてみたが、あの時は突然で驚いたけどもう慣れたと返された。そこまで順応能力に優れている事があるのだろうかとも思ったが、彼女はそう尋ねる気にはならなかった。肯定される気しかしなかったのだ。

 この後二人は夕食までお互いの幼い頃の話をした。育った環境が違うからか子供の頃の話は暫く話題が尽きそうな雰囲気はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
宜しければ拍手をお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ