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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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32/58

違和感

 エイメンに昼食に呼ばれた翌日、サマンサはゼフラにエイメンの館から出る所を見られセリムに露見したので、次は夫婦で誘って下さいという旨の手紙をしたためた。ゼフラが今後どのような行動をするのかはわからなかったが、セリムの態度からしてエイメンの所へは二度と一人で行ってはいけない気がしたのだ。

 しかしその夜、セリムがサマンサの肩を再び押す事はなかった。話の内容も午前中の会議の話だった。彼女は何故急に会議の話になったのかわからず、アスランを知って欲しいという事だろうと勝手に結論付けて話を聞いていた。しかしそれはその日だけに留まらずその後毎晩同じ事が繰り返された。



 サマンサは午前中に読書をし、昼食の時間には使用人用の食堂で皆と話す生活を送るようになっていた。ナディアと接してから使用人達ともう少し距離を縮めたいと思い行動をしたのだ。彼女が生活していたレヴィ王宮は広く、使用人の数も多かった。使用人の中で序列は決まっており、王族と顔を合わせる事が出来る使用人はほんの一握り。しかしこの別館では使用人が十二人と控えめで、家政婦長に確認した所問題ないとの事だったので、彼女は昼食を取らず飲み物だけでその輪に入っていた。ただミライだけはここにいなかった。

「エリフはどうしたの? お休み?」

 サマンサは洗濯担当の女性が一人足りない事にすぐに気付き、他の使用人達に尋ねた。

「エリフの子供が体調を崩したので看病の為にしばらく休むそうです」

「大丈夫なの?」

「はい。幼児はかかりやすい病気で、一度かかると二度とかからないと言われています」

 サマンサは病気よりもエリフに子供がいる事の方が気になった。結婚した女性は家を守るのだから、働いている女性は基本的に未婚だと思っていたのだ。その疑問に対し家政婦長は、私のように夫に先立たれた者は子供を育てる為に働くのだと説明した。死別後再婚するかしないかは自由であり、家政婦長とエリフは再婚しない道を選んだとの事だった。

「サマンサ様は昼食抜きで平気なのですか?」

「私は皆のように働いていないから二食で十分よ。ゼフラ様は違ったの?」

「ゼフラ様は三食召し上がっていました。しかも毎食ミライさんに部屋まで運ばせていました」

 その時からミライはここで昼食を取らなかったから、ゼフラがいない今もここで昼食を取る事はないとの事だった。サマンサはミライの行動の意味も気になったが、それ以上にオルハンの態度が気になった。

「オルハン殿下はゼフラ様と食事を一緒にされなかったの?」

「はい。いつもお部屋で召し上がられていました。あの二人の夫婦らしい振舞いは見た事がありません」

 一人の女性がそう言うと周囲の使用人達も頷く。ポーラが聞いても何も出てこないはずだと、サマンサは納得をしていた。

「私とセリム殿下は夫婦らしく見えるかしら」

 サマンサの問いに使用人達は顔を合わせる。やはり見えないかと彼女は少し落胆し、すぐに何故落胆しなければいけないのかと自分の中で問うた。しかし彼女が答えを出す前に、使用人達は口を開いた。

「サマンサ様を連れて歩くセリム殿下の考えが良くわからないのです」

「えぇ。サマンサ様の母国では夫婦で一緒に出歩くものなのですか?」

「夫婦によると思うけれど兄夫婦はよく二人で王都を歩いていたわね」

 サマンサの答えに使用人達がまた話し始める。先日訪ねてきた夫婦は腕を組んでいた。信じられないけれど、あれが普通なのかと。彼女は兄夫婦を基準にしていいものか迷ったが、夜会で夫婦が腕を組むのは普通なので、それがレヴィの普通だと答えた。

「それではセリム殿下はサマンサ様の普通に合せようとされているのかしら?」

「ですがここ数日のセリム殿下の態度が妙なのですよ。夕食の時もいつもと違うような気がします」

「私も思いました。ここ数日は違和感があるのです。無理をしているような」

 セリムが言われたい放題なのをサマンサは黙って聞いていた。彼女よりも使用人達の方が付き合いは長いのだから感じるものはあるだろう。それに彼女自身も思う所があった。妙な違和感がエイメンの館に行った翌日から拭えない。

「実際の所、サマンサ様はセリム殿下の事をどう思って――」

 使用人の一人の口を家政婦長が押さえて言葉を封じた。サマンサは困ったように微笑む。

「家政婦長、手を離してあげて。私の態度が妻らしくないから、夫婦らしく見えないという事はわかったから」

「そのような事はありません。サマンサ様は歩み寄ろうとされているではありませんか」

 サマンサの横で黙って食べていたポーラが声を上げる。最初、彼女がここで話をしたいというのを使用人達は自分達だけが食べるのはと躊躇った。そこでポーラが私は食べます、皆さんが昼食を抜くのは自由ですけれどと率先して食事をしてくれた事により、今では使用人全てが昼食をとっている。彼女は慣れない昼食を取ってくれているポーラに感謝をしていた。

「どうかしら。私はセリム殿下に寛げる時間を提供したいのに、ここ数日そういう雰囲気がなくなってしまって。やはり怒っているのかしら」

 ゼフラがセリムに告げた事により、別館内であの日サマンサがエイメンの館へ行った事は皆が知る事となった。彼女は仕方なく経緯をここに揃っている、つまりミライ以外に説明をした。

「ですがセリム殿下の許可を得ている以上、怒るのは筋違いですよ」

「それに怒っている感じではありません。無理をしているという感じです」

 サマンサもその意見には納得し頷いた。会議の話を彼女の部屋でするのは、どこか無理をしているような気もしたのだ。まるで部屋の中に柔らかい空気が流れるのを避けているようで、彼女は隣に座る彼の手を取る事も出来なくなっていた。

「セリム殿下の話を聞いていると色々な会議で大変みたいだから、そのせいかもしれないわ」

 セリムの口から語られる内容は主に二つ。いかに戦争を終わらせるかと、どうやって財政を立て直すか。戦争に関しては彼がこつこつと色々な角度から説得を試み、もう少しで纏まる所まで来ているが、財政の方は先行きが不透明なままらしい。サマンサも出来れば協力をしたい所なのだが、彼女は母国で政務に携わった事がない。税収がいくらでどのように使われているかは知っていても、どのように税収を上げたのかまでは知らない。それにレヴィは国が豊かで経済も安定しており、アスラン王国で同じ政治をしても上手くいかないというのは何となくわかっていた。

「オルハン殿下もいつも難しい顔をされていました。常に国の事を考え、生き急いでいるようでした」

「いつも彼女が心配していたわね」

「彼女?」

 サマンサは知らない人物に興味を持ち聞き返すと、使用人は頷いた。

「オルハン殿下の身の回りの世話をしていた女性がいたのです。オルハン殿下が亡くなった後、ここにいるのは辛いと去ってしまったのですが」

「彼女は今どうしているのかしら。後を追っていないといいのですけれど」

「どこに住んでいるのか知らないの?」

「元々住込みでしたから。誰も彼女の行方は知らないのですよ」

「サマンサ様、そろそろセリム殿下がお戻りの時間ですから、お部屋に戻られた方が宜しいと思います」

 サマンサがその女性の名前を聞こうとした時、遮るように家政婦長が言葉を発した。別館では主を出迎える習慣はないが、セリムは戻ってくると彼女の部屋に向かうので自室でいつも待つのが習慣となっていた。

「そうね。ポーラ、戻るわよ」

 サマンサが声を掛けるとポーラは既に昼食を終えていた。ポーラは自分が食べたいから食べているだけなのかもしれないと彼女は思ったが、尋ねる事はやめておいた。



 セリムとサマンサは図書館で借りていた本を返した後、ケィティ料理店へと足を向けていた。そこでは店主が笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 前回と同じくカウンターへと勧められ二人は腰掛ける。店内はそれなりに客が入っていたが、一人の女性が見つからなかった。

「アイシャは?」

「子供が熱を出したので面倒を見て貰っています」

 サマンサが不思議そうな顔をすると、店主は二人子供がいて上の子が熱を出したのでアイシャに下の子を見て貰っていると説明をしてくれた。

「使用人の子供も熱を出したと言っていたわ。流行病かしら?」

「こちらではたまに流行るようですよ。私も三年前にかかって大変でした」

「子供がかかると使用人に聞いたけれど」

「私はケィティの出身ですから子供の頃にかかっていませんでした。サマンサ様も気を付けて下さいね」

「気を付け方がわからないけれど、心に留めておくわ」

 セリムとサマンサは前回と同じものを注文した。店内は騒がしく二人が黙っている事など誰も気にしない。彼女は彼が何か話さないかと待ってみたものの、彼の口は開かなかった。

「セリムさんがわからない」

 サマンサの独り言のような言葉にセリムは彼女を見る。店主の距離なら聞こえるだろうとはわかっていたが彼女は言葉を崩した。エイメンから次の誘いはないのに毎晩繰り返される会議の話。しかも会議は進捗しておらず、そろそろ同じ内容続きで彼女は飽きてきていた。彼女は視線を感じても彼の方を見なかった。

「毎晩同じような仕事の話は嫌だと言ったらやめてくれる?」

 サマンサはセリムの方を見た。彼は残念そうな表情をしていた。

「仕事の話ではどうにもならないか。難しいな」

「何が?」

「サマンサはどういう話なら興味を持つ?」

「セリムさんの仕事の話に興味がないわけではないの。ただ、それだけなのが嫌」

 サマンサは発してから自分の言葉にはっとした。自分は運命がわかるかもしれないと予感がした、あの雰囲気をまた感じたいのだ。会議の話だけだと感じられなくて、それが嫌だったのだ。

「それならサマンサの話を聞かせてくれる?」

「本はかなり読んだと思うけれど、どういう話が好きなの?」

「そういう話ではなく今まで楽しかった事や悲しかった事、俺が知らないサマンサの話を聞きたい」

 サマンサは何故そんな事をと思ったものの、お互いをよく知るには過去を話すのはいいかもしれないと思い直し微笑んだ。

「セリムさんも同じように話してくれる?」

「勿論、聞かれたら何でも話すよ」

「わかったわ。今夜を楽しみにしているわね」

 話がまとまり二人が微笑み合った所で、店主が珈琲を二人に差し出した。サマンサは今日の珈琲は美味しく感じた。店主に前回より甘めに作りましたと言われたが、多分それだけが原因ではないだろうと彼女は思いながらも、次回もこの甘さでお願いと店主に伝えた。

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