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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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31/58

十日目の夜

 サマンサは部屋で本を読んでいた。神話は実際にあった事かどうかはともかく、話としては面白い。アスラン王国は多神教であり、神々がどこか人間味があって物語として引き込まれるのだ。このような人間味のある神だからこそ身近に感じて、気軽に神殿へ足を向けるのかもしれない。

 いつものように使用人の声がして、サマンサが返事をしながら本を閉じるとセリムが部屋に入ってきた。彼は少し視線を伏せたまま彼女の隣に座る。

「どうかした?」

「エイメンの所へ行った帰り、ゼフラに会った?」

「えぇ。それが何か」

 知らぬ間にゼフラがセリムに言いつけていたのかと、サマンサは内心驚いていた。あの後ゼフラは追いかけてこなかったし、その後はセリムと共に王宮の庭を散歩した。別館へ戻ってきた後、夕食まで彼女は部屋で読書をしていたので、その時に訪ねてきたのかもしれない。

「エイメンの館から笑顔で出てきたと。あれほど楽しそうに出来るのなら、俺に内緒で何度も食事をしているはずだと」

「エイメン殿下の館へ伺ったのは今日が初めてよ。ゼフラ様はさらっと嘘を言うのね」

 サマンサの言葉にセリムは彼女を見つめる。彼女は微笑んだ。

「私が頻繁に出かけていたら敷布は織れないと思うわ。この国の女性が織った物ならもっと上手に出来ているでしょうし、家政婦長ならセリムさんには嘘を言わないと思うから聞いてみたら?」

 サマンサの言葉にセリムもゼフラの言い分の方がおかしいと気付き、頭を下げる。

「ごめん。疑ったわけではないのだけど、ゼフラがまるで見てきたように言うものだから」

「ゼフラ様は私をここから追い出したいのだから、適当にうまく言うでしょうね」

 サマンサはセリムの素直さに驚いていた。今後国王になるのならば、もっと人を疑うべきではないのだろうか。しかしそれはあくまで彼女の家族が疑う者ばかりだっただけで、この国では必要ないのかもしれない。だが、この素直さは利用されないとは限らない。

「セリムさん、王宮での食事は細心の注意を払ってね」

 セリムはサマンサが何を言い出したのかわからず、不思議そうな表情を浮かべた。彼女はまた自分の悪い癖が出たと思いながら微笑む。彼女は頭の中で色々と考え、結論だけ話す癖がある。よく話す相手ならそれを理解してくれるのだが、知らない人からすれば脈絡のない話をするようにしか思えないのだ。

「エイメン殿下は王位を諦めていないけれど、直接行動をする気はなさそうなの。もしオルハン殿下が王宮の食事で毒殺されたのだとしたら、同じ手を使っても不思議ではないわ」

「だが兄上と違って私は病弱ではない。明らかに不自然だと思うけれど」

「毒にも色々とあるわ。すぐという事はないでしょうけど、少しでも変な味がしたら適当な理由をつけて食べないという選択肢を覚えておいて」

「レヴィ王宮ではそのような事があったの?」

「私が知る限りではなかったわ。昔はあったみたいだけど」

 レヴィ王国は今でこそ平和だが昔は内部の争いが絶えなかった。王宮の広大な庭には王家専用の畑があり、家畜も育てられている。現在はいないが昔は毒見係もいた。

「俺はハサンの思い込みだと思っている。兄上を殺してエイメンが立太子されるのならまだしも、俺に変わった所で得する者がいるとは思えない」

「ゼフラ様は?」

「ゼフラはここで好きなように生活していたらしいから、不満はなかったと思う。それに俺は何度も彼女に結婚は考えられないと言っている」

「はっきりと何度も断っているの?」

「何度言ったか覚えていないくらい言っている。だけどゼフラは俺の照れ隠しだと解釈しているようで、正直どう言えば伝わるのかわからない」

 サマンサはセリムの言葉に違和感しかなかった。目の前の男性は照れ隠しなど出来たりしない。彼女は彼の手を取った。彼は明らかに困惑の表情を浮かべる。

「ゼフラ様はセリムさんがどう照れるか知らないのね」

 サマンサは指を絡めるとセリムに微笑みかけた。彼は困惑した表情を浮かべたままだったが、逃げる事はなかった。

「俺もサマンサがどう照れるのかは知らない」

「私はセリムさんの前では自然体でいられるの。今はこうして一緒の時間を過ごすのが楽しいわ」

 セリムと指が触れた時は少し恥ずかしく思ったサマンサだったが、やはり手を繋いだだけでは照れる気がしなかった。その時とは違い、一度思っている事を言った彼女の心はすっきりとしていて、今はただ純粋に二人の時間が楽しみになっていた。

「俺といて楽しい?」

「楽しくなかったら一緒に出かけたりしないわ。今だから言うけど、私はレヴィにいた時はあまり歩かなかったの。だから何十分と歩くと疲れてしまうのよ」

「ごめん。俺は歩く事に何の苦も感じないから気付かなくて。ただサマンサにアスランの事を知って欲しかったんだ。本当にごめん」

 セリムは申し訳なさそうに頭を下げた。

「でも馬車は一緒に乗りたくないのでしょう?」

「馬車は護衛に不向きだから出来たら使いたくない」

 サマンサは思っていた理由と違う事に驚いた。てっきりセリムが密室に二人きりが嫌なのだろうと思っていたのに、まさか警備の話だとは予想していなかった。

「メルトは足が速くないから馬車だと御者台に乗り、後ろを見るのが俺の役目になる。だけどそれだとメルトは俺が見えないから嫌がる。そういう話」

 サマンサはメルトにまで気を遣ってくれてありがとうと言うのは、そういう意味だったのかと納得して頷いた。確かに彼女が母国で馬車に乗る時は前後左右四人の騎士が馬車を守っていた。

「遠出をするなら護衛もつけられるけど、王都内は出来たら控えめに行動したいから」

「セリムさんの考えはわかったけれど、異国人とわかる私がいる時点で控えめにならないのではないの?」

「市場の人達はテオを知っている者ばかりで、サマンサが孫娘と言うのもわかっている。ただテオがケィティの長という事と私が王太子という事を知らないから、先日嫁いだレヴィの王女がサマンサとわかっている者はとても少ないだろう」

「祖父は有名なの?」

「テオは顔が広いよ。言葉もいくつも操るし。この部屋の物全てを購入出来るのだから、かなりの資産家であるはずなのに気取らないし、一見ではただの商人にしか見えない」

「本当に祖父がこの部屋の物を?」

 確かにそう聞いたがサマンサは信じられなかった。この部屋にある物はレヴィ王宮にある物と遜色ない。かなりの金額がかかっているはずだ。

「あぁ。俺が購入したのはサマンサの着ている服とストールだけ。輸入した物は全てテオの支払いだ。テオは自分で孫娘の嫁入り道具を揃えたいと張り切っていた」

 嫌なら戻ってきてもいいと言いながら、ここまで揃えるのはどういう意味なのだろうとサマンサは考えたもののわからなかった。彼女にとって祖父はあまり近い存在ではない。

「服はセリムさんが購入してくれたの?」

「購入と言っても以前一緒に行った工房でお願いしただけ。色々な見本を見せて貰って選んで。毎日サマンサが違うものを着てくれるから嬉しい。どれも本当によく似合っている」

 セリムは嬉しそうに微笑んだ。彼が選んだものは凝った刺繍がされている物、凝った模様が織られている物、濃淡が綺麗に染められている物など統一性は感じられない。それでもサマンサは毎朝ポーラとどれにしようと楽しく選んでいる。

「ありがとう。どれも素敵だから嬉しいわ」

 サマンサは微笑んだ。二人の間に柔らかい空気が流れる。セリムは絡めている指に少し力を入れた。どうしたのかと彼女が彼を見つめると、そこには真剣な表情があった。

「エイメンとこんな雰囲気になったりしていないよね」

「していないわ。別段楽しくなかったし、次の約束もしていないわ」

「いくら護衛が控えていたと言っても、もっと緊張感を持つべきだと思う」

 急にセリムが何を言い出したのか、サマンサはわからなかった。彼にとってみれば王宮の食事の流れから全てが脱線であり、今話している事が本題なのだが。

「どうしたの? 怖い顔をして。本当に何もされなかったわ」

「サマンサは無防備すぎると言っているんだ」

 セリムはそう言うと空いている手でサマンサの肩を押した。彼女は後ろに倒れるように身体をソファーの肘掛に預ける形になった。その上に彼が覆い被さり、彼の前髪が彼女の額に触れる。彼女は急展開に理解が追い付かない。すると彼はふっと笑って彼女を起こした。

「俺はまだ男として意識してもらえないんだね」

「え?」

「いや、急にごめん。おやすみ」

 セリムは少し寂しそうに微笑むと、サマンサから手を離して部屋へと戻っていった。彼女は暫く彼の部屋へと続く扉を見つめて考えていた。しかし何故急に彼がそのような行動をしたのか、彼女にはわからなかった。

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