理解出来ない人
サマンサは朝食後、家政婦長にお願いして織機のある部屋へと案内をしてもらった。部屋には織機が二台あり、どちらも既に経糸が張られていた。
「先程稼働を確認致しました。問題なく織れますよ」
「それでは織り方を教えてくれるかしら」
家政婦長はかしこまりましたと言うと織機の前に腰掛けて、ペダルを踏んで経糸を上下に分け、杼を使って緯糸を通し筬で整えていく。サマンサは隣の織機の前の椅子に腰掛けながら、その様子を観察していた。
「足も使うのね」
「はい。慣れればこれくらいの速さになりますよ」
そう言って家政婦長は速度を上げた。先程までとは違い、杼を通したと思ったら筬を打ち付け、杼を通してまた筬を打ち付ける。昨日見学した職人とさして変わらない動きにサマンサは目を丸くしていた。
「機織り職人だったの?」
「いいえ、これくらいは普通ですよ」
「そう。私にも出来るようになるかしら」
「えぇ。それではそちらの織機に向き合って下さい」
サマンサはもう一台の織機を勧められるとは思っておらず、驚きの表情を家政婦長に向けた。
「その続きで構わないわ」
「折角ですからサマンサ様が初めて織ったものはセリム殿下に贈って下さい」
「それは失礼になるのではないかしら。初めてだから綺麗に織れないわ」
「綺麗でなくても大丈夫です。サマンサ様が初めて織られた布は一枚しか存在しないのですから、きっとセリム殿下は喜ばれますよ」
サマンサは困った表情をした。確かにセリムなら喜んでくれそうな気がするが、王太子に歪になった布を贈ってもいいとは思えなかった。
「難しく考えなくても宜しいのです。枕カバーでしたら他の誰かが見る物でもありませんし、模様を凝る必要もありませんし、宜しいかと思うのですけれども」
「私が織るものはセリム殿下に渡すと決めているのかしら」
「出来たらそうして貰えませんか? セリム殿下はサマンサ様がこちらにいらっしゃるのを今か今かとお待ちだったのですよ。ハサン様が呆れるほどに」
「呆れる程?」
「サマンサ様に手紙を書かれると船便なので最初の一ヶ月は黙って待っていらっしゃるのですが、一ヶ月経つと毎日手紙の返事はまだかと尋ねられるので、ハサン様が嫌そうな顔をしていました」
家政婦長の言葉にサマンサは微笑んだものの、そんなに返事を待たれているとは思わず、軽い気持ちで書いてしまった事を少し悔やんだ。セリムの愛情溢れる手紙に同じ気持ちを抱く事が出来ず、それでも失礼のないようにと言葉を選んではいたが、果たしてそれで彼が満足したのか不安にもなった。
「そのように待ち焦がれる程の内容は書いていなかったのだけれど」
「セリム殿下はサマンサ様からの返事があれば、それだけで嬉しかったようですよ。レヴィに行きたいと言ってはハサン様によく窘められていました」
「手紙にもよく書いてあったわ。どうしても行けないと」
サマンサの中では二年はあっという間だったのだが、セリムにとってはとても長かったのかもしれない。しかしそれほど楽しみにしていた割には、エイメンとの事で悩んでいるのが腑に落ちなかった。
「贈っても使わずに保管されるかもしれませんけれど、最初の一枚だけはお願いします。セリム殿下は何か悩んでいらっしゃるようですし」
「そうね。これで悩みが解決するとは思えないけれど、いい方向へ向かうかもしれないものね」
サマンサはそう言いながら織機に向き合った。運命はまだ感じないけれど、どのような形であれ一緒に歩んでいきたいという気持ちを込めて織ればセリムも喜んでくれるかもしれない。彼女は真剣な表情になると杼を手に取った。家政婦長の指示の元、彼女は少しずつ布を織っていく。家政婦長は簡単に杼を通していたが、経糸の上下を縫うように通すのは初めての彼女には難しく、黙々と作業を進めた。
暫くして扉をノックする音がした。サマンサは手を休めず家政婦長が対応をする。
「ゼフラ様がサマンサ様に会いたいといらっしゃっております」
ミライの言葉にサマンサは手を止めると扉の方に顔を向けた。
「ハサン様の指示では、セリム殿下がいらっしゃらない時は別館内に御通ししないという事になっているのでお帰り頂いて下さい」
「しかしセリム殿下ではなくサマンサ様に会いたいという事ですから、ハサン様の指示とは違うと思うのですけれども」
「いいわ、会いましょう」
サマンサはそう言うと立ち上がった。家政婦長は踵を返し彼女の傍へ寄るとミライに聞こえない程の小声で話しかける。
「宜しいのですか?」
「えぇ。これはこのまま置いておいて続きが後で出来るかしら」
「問題ありません」
サマンサは家政婦長に笑顔を向けると、ミライの方へと向かって歩き出した。ミライはこちらですと歩き始めた。自室に通されるのは嫌だからポーラが抵抗している事を願おうと思っていると、辿り着いたのは応接間だった。
「お待たせ致しました」
サマンサは笑顔でゼフラに会釈をした。ゼフラはそれを不機嫌そうな顔で受け止める。サマンサも内心面白くはないが、ここで言い争っても仕方がないので、ゼフラの前の椅子に腰掛けた。
「回りくどい事は嫌いだからはっきり言うけど、ここを出て行ってくれないかしら」
サマンサは喉元まで出かかった文句を必死に呑み込んだ。彼女は王女であるが、仲良くなれば言葉が砕けても気にしない。しかしゼフラとは一回会っただけなのに、何故このような失礼な態度で接してくるのか理解が出来なかった。
「前回もお話したと思いますけれど、私達は国家間の結婚である為、簡単に離縁するわけにはいきません」
「何故結婚を反対しなかったの? 嫌なら来なければよかったのに」
「嫌だとは一度も申しておりませんけれど」
「でも好きでもないでしょう?」
サマンサは苛々が募り始めていた。セリムの好意がどこに向いているのか認めたくないとしても、ゼフラの行動は間違っているとしか思えなかったのだ。
「このような事をして、セリム殿下にどう思われるかは考えられないのでしょうか」
「セリムは少し現実が見えていないだけ。貴女がいなくなれば誰が一番大切か気付くわ」
「セリム殿下なら大切な事は常に見えていると思いますけれど」
サマンサは微笑んだ。話が通じない相手と会話をしようとしても無駄だと思い、何とか切り上げようとした。ゼフラと話す時間があるのなら機織りを再開したかった。
「この国の事を知らないだろうから教えてあげるけど、王妃は国王によっていつでも変えられるのよ。現状が王太子妃だからといって王妃になれるとは限らないの」
ゼフラに言われなくてもその話をサマンサは知っていた。そして国家間の結婚である以上、サマンサは王太子妃、また未来の王妃の座も約束されている。知らないのはゼフラの方なのである。しかしここでそれを指摘すると面倒な事になりそうだと思った彼女は黙っている事にした。
「その話は聞いております」
「それなら恥をかく前に帰りなさいという私の忠告を聞いたらどう? 私が王妃になる所は見たくないでしょう?」
サマンサは目の前の女性の自信の源が全く見えなかった。何から話したら通じるのか糸口が全く掴めない。彼女はレヴィ王宮では誰とでもうまくやってきた自信があったのだが、ゼフラは未知の存在で第一印象通り理解し合えないとしか思えなかった。
「まだこちらに嫁いで数日ですので判断するには日数が足りません。今暫く様子を見たいと思います」
「無駄だと思うわよ」
「何事にも無駄という事はありません」
ゼフラはサマンサを睨んだ。サマンサは無表情のままそれを受け止める。サマンサは苛立ちを通り越して呆れに変わっており、ただゼフラが諦めて帰る事だけを願っていた。
「それなら暫くしてから出直すわ」
ゼフラはサマンサをもう一度睨むと、立ち上がって応接間から出て行った。サマンサは息をゆっくり吐き出しながら、この事をセリムに言うべきか否か迷っていた。




