722手間
ニヤリと口角を上げたワシがスッと左手を横に差し出すと、段取りをあらかじめ決めておいたのではと思うほど間髪入れず、まるで儀仗でも差し出すかのように恭しく先ほどまでクリスたちが振るっていたのと同種の剣が渡される。
ダメになった剣を再利用しているのか、それとも長く訓練に使い続けてきたのか、随分と年季の入ったそれを主さを確かめるようにぶんと一振りして、剣先を地面に向けるようにだらりと片手で構える。
「さて誰からワシに手合わせして欲しいかえ?」
「ならば、お……自分が最初に」
ぐるりと準騎士たちを見回して言うことしばし、準騎士たちの合間を縫って出てきた男が俺と言いかけて口をつぐみ言い直してからまた一歩前に出てくる。
出てきた男はクリスと背丈はそれほど変わらないが、ガッチリとした体格のお蔭で一回りほど大きく感じる如何にも体育会系の熱血漢といった鋭い顔つきで、その表情には自らの技量に対する自信がありありと見て取れる。
その証拠に彼が出てくると周りの者たちが「おぉ」と、どよめいており彼の技量は周りも知るところなのだろう。ただクリスやフレデリック、あと一部の騎士たちが売られていく子牛を見る様な目で彼を見てるのが少々解せないが……。
「ふむ、では好きに打ちかかって来るがよい」
「貴女は、何か防具を着こまなくともよろしいのですか?」
「ん? おぬしは律儀じゃのぉ。大丈夫じゃ、必要ないからの」
今のワシの格好は皇国で着ていた浴衣姿、獣人が同じ獣人が着ることを前提にして作ったモノなので当然ヒューマンが獣人向けに作ったドレスよりも圧倒的に着心地が良いし動きやすい。
それに浴衣なので本来はかなりラフな格好なのだが、そんなこと知らない神国の人間からすれば異国情緒あふれる雅なドレスに見えるようで、その点もワシにとって都合がよい。何せ侍女たちは隙あらばワシにフリフリなドレスを着させようとするのだから……。
閑話休題ワシのあっけらかんとした言いように、ちょっとムッとした彼はその表情を隠すように兜を被る。
「準備は出来たようじゃな? いつでも好きにかかって来るがよい」
「わかりました、それではいかせてもらいます」
剣を受け取った男が一つ頷くと、ガンッと床を打ち付ける様な強い踏み込みと共に大上段から真っすぐに、ワシの頭目掛けて剣を振り下ろしてくる。
確かに真っすぐでフェイントも何も無い打ち込みは避けるも受けるも容易い、しかし防具も何も着こんでいない者に当たれば刃引きしてあるとはいえ片手で振り回すには少々重いくらいの重量がある、そんなモノが当たればどうなるかなど想像に容易いが……彼はずいぶんと肝が太いのか、速度を緩めることなく振り下ろしてきた。
しかし、所詮は大上段からの振り下ろし。足に脇に腹に胸にと隙だらけ、ワシは相手の鳩尾に向かい軽く突きを放ち、そのまま押しのけるように腕を伸ばせば「ゴアッ」という鈍い悲鳴と共に軽く彼の体が浮くと後ろへと倒れこむ。
「なるほど、芯もぶれておらんしなかなか良い膂力と脚力じゃが、ちょいと隙だらけじゃな」
伸ばした腕を引っ込め剣をポンポンと肩に当てながら言えば、周りの人間はみなあっけにとられた表情でワシと突き飛ばされ地面に横たわる男の間で視線をきょろきょろとさせている。
「見ての通りじゃな、格上に挑むときは先ず隙の無い攻撃で様子を見るのが良い、でなければ結果はこのとおりじゃ。ま、明らかな格上に挑むこと自体阿呆のする事じゃからの、まずは的確に彼我の実力差を見つめることじゃ、己が劣っておることを認めるのは悪い事では無いからの」
「し、しかし。それでは面子が……」
「なぁにを言っておるんじゃ、自らの力不足を認め退くのと負けて無様に屍を晒すの、どちらが面子を保てるかのぉ? 無論稽古で負けて転がるのは幾らでもするがよい、本番で屍を晒さぬためには必要なことじゃからのぉ」
いいこと言ったの胸を張っていると先ほど倒した男が立ち上がり、稽古を是非とも続けてくれと言うものだから調子にのってクリスが止めに入るまでのしばしの間、彼をしばき倒すのだった……。




