681手間
木々が密集しているせいか陽射しも少ない代わりに雪も無くなり歩きやすくなった森を進むことしばし、後ろを振り返らないまま、手で停止とその場にしゃがむことを指示する。
「おぬしらはここで待っておれ」
「どうしてですか?」
「獲物を見つけたから狩ってくるからの、おぬしらはちと……あー邪魔になるのじゃ」
「手を出しませんので我らも共に、せめて御身をお守りさせてください」
「それはならぬ。今、風がないからの、獣にこちらの位置がおぬしらの臭いでバレるのじゃ」
突然の待機命令に異を唱えたフレデリックに間髪入れずに答えれば、フレデリックら騎士たちは反論することも無く茫然とする。
如何にもショックを受けましたという顔をしているが、邪魔だと言われた事よりもどちらかと言えば臭いと言われたことに心を抉られたようだ。
フレデリックは何とか行動に移さずに済んでいるが、後ろの騎士たちは気絶から目が覚めた騎士も含めしきりに腕などを自分の鼻先へと持ってきている。
むろん彼らを不潔だとなじっている訳では無い、当然彼らも騎士というそこらの兵や一般市民とは違う立場なので行軍途中とは言え、いや、むしろだからこそ身だしなみには気を使っている。しかしそれは一般市民や兵に比べというだけであり、ワシの様に有り余るマナに飽かせて法術を使い身綺麗にしている訳では無い。
水浴びなどと言う贅沢は……というよりも水浴びという選択肢はこの寒さ厳しい神国では一般的ではないどころか、水浴びしようものなら自殺志願者とでも思われるだろう。
となれば温かい湯を作っての湯浴みだが、そうすると今度は川などでの水浴びと違い限られた湯を使う事になるので、その状態で体を綺麗にするとなると精々が湯に浸した布で体を拭く程度。
そうなればいくら頑張っても綺麗にするには限界がある、そしてそれは臭いにも……。
「まぁ、あれじゃ……うむ、大丈夫じゃろうたぶん」
臭いがということを言う時点で多少ショックを負うだろうことは予想していたが、ワシが想像していたよりも遥かにショックを受けた様子の彼らに少々居た堪れなくなり、何が大丈夫なのだろうかと内心思いつつもそんな言葉しか浮かばず、その場からさっさと退散することにした。
向かう先は当然獲物の気配を感じた方向、今まで寝ていたのかはたまた気配を隠していたのか、今までの小動物とは明らかに大きさの違う気配に向かって、ワシは森の中を音もなく駆けてゆく。
もう少しで見えてくるだろうという距離になった段で足を止め、タンタンと軽やかに丈夫そうな木の枝の上へと登り獲物の姿を確認する。
はたしてそこに居たのは子牛をすっぽりとその身で覆い隠せそうなほどに大きな体躯と、それに相応しい人など容易く貫けそうなほど長く立派な牙を持ったイノシシだった……。




