679手間
森に踏み入る前に装備の点検を身につける時にもしたが念の為もう一度する。膝近くまで覆うブーツの紐に緩みなし、腰に結んだナイフを備え付けたベルトも綻びは無い。背負った矢筒も大丈夫、矢の本数にも余裕はあるし同行するらしい騎士にも持たせているので狩り程度では矢が尽きることは無いだろう。弓の張りも十分で引く時に壊れることも無いはずだ。
「んむ、それでは行くとするかの」
「いってらっしゃいませ」
アニスと管理人の男と残る騎士たちが揃ってする礼を背に、木々の隙間から降り積もった薄い雪が絨毯のように敷かれた森へとサクサクと踏み入る。
踏み入ってすぐは森の外縁だけあってリスや小鳥などの小動物の気配しかなく、雪が無ければピクニックや森林浴にはもってこいの穏やかな風景だ。
「セルカ様、我々は訓練や趣味の一環として狩りも嗜んでおりますが」
「手出し口出し無用じゃ。そもワシは獣人じゃぞ、そんなワシに狩りについて教えようなぞ、鳥に人が飛び方を教えるようなものじゃ」
「差し出がましいことを申し上げました」
「んむ」
無論、ワシの狩りは誰かに教えてもらった事では無いので、フレデリックらのやり方に学ぶ点もあるだろうが、そこは獣人としてのプライドに懸けて黙っておくべきだろう。
だが今はそれよりもと耳を忙しなく動かして周囲の音を聞く。雪で大部分掻き消えているが、いやそれでも音が消える程の雪があるというのにも関わらず、動物たちの気配を多く感じる。
「ふぅむ、この森は不思議じゃな、雪が積もっておるというに動物の気配が普通の森と遜色ないのじゃ」
「この森を管理している者の話によると、この森の中心に初代神王様が建立なされた祠があり、その加護によって豊かな森と雪に閉ざされても、動物たちが生きていける環境になっているとの事です。とはいえその加護では養うには人が多くなりすぎ、今ではこのように猟場として提供しているのだとか」
「ほほう、なるほどのぉ。不思議な祠もあったものじゃ」
フレデリックの小話に耳を傾けながらも、ワシは動物と水の気配を頼りに歩を進めてゆく。
森の中を歩き、外縁部にある町ほどでは無いものの狩りに来た人たち用の建物などから感じる人などの気配が薄れてきたころ、人の手が入った森から自然に木々が生える森へと変化しはじめ、木々は生える間隔を短くし根は地面をうねり、馬や森の中を歩きなれていない人にとっては辛い地形となってきた。
「ふむ、そろそろ何ぞ獲物でも探すかの」
「セ、セルカ様、お待ちください」
「ん? なんかあったかえ?」
「いえ、その、大変申し上げにくいのですが……歩くペースを落としていただけると」
「ふぅむ」
やや息の上がったフレデリックの言葉に後ろを振り返れば、木々に手をつきながら何とか歩いているといった具合の疲労困憊な騎士たちの姿。
その中でも流石というか、フレデリックだけは肩で息はしているものの他の騎士たちに比べまだまだ余裕がありそうだ。
「ふぅむ、まぁここまで休み無しじゃったしの。ここいらでちと休憩とするかえ」
ワシがそう言うと、騎士たちはあからさまにほっとした様子で木の根の上にかかる雪を払い、その上にどっかりと座り込み大きく息を吐きだす。
その姿を見てフレデリックは何か言いたげに愁眉を寄せるものの、こちらは小さく息を吐くと同じようにささっと木の根にかかった雪を払い、そこにポケットから取り出したハンカチを敷くとワシに座るよう促す。
ワシは疲れていないので木に登って周囲でも見ようかと思っていたが、どうもワシが休まねばフレデリックも休むということをし無さそうな雰囲気を感じたので小さく苦笑いしつつフレデリックがわざわざ用意してくれた席に腰を下ろすのだった……。




