354手間
街道といっても宿場と宿場を繋ぐ主街道ではなく、宿場町が出来る以前に使用されていた今や閑散としている旧街道。
その街道筋に頻繁にここへ木を伐りだしに来ているのだろうか、獣道というには立派過ぎる道の前に立っている。
「ここからは徒歩じゃな」
「えぇ、そうですが…本当に来られるので?」
「何をいうておるか、ワシがいかねばこの人数では巣は潰せまい?」
ちらりと振り返ればタガヤが連れてきたのが九名、ワシの傍にはスズシロ含む侍中が六名の計十七名。
巣の規模を推し量る偵察であれば十分だろう、規模によってはそのまま潰せるかもしれない。
しかし、潰すことを目的としているのであれば少ないくらいだ。
「な…なぁ、タガヤさん。ちょっといいか?」
「あぁ…どうした?」
タガヤが連れてきた内の一人が、不安そうに彼女を手招きで呼んでいる。ここへ来る前に説明くらい受けているだろうが、今更怖気づいたとしても何らおかしくはない。
弱いと評判の小角鬼だって数が集まれば脅威だ、あちらもそれは知っているので常に群れている。何より小角鬼による被害が減りはしても無くならないのが何よりの証左だろう。
だがタガヤを呼んだ人の心配事は別の事だったようで、当人はコソコソと喋っているつもりなのだろうが声が大きいせいでダダ漏れだ。
「もしかして…私の勘違いや見間違いじゃなきゃぁ…あれ…神子様だよな?」
「……その通りです」
「奉納で襲われたときに、外から見てたから強いのは知ってるけどさ」
「私もその場にいましたから知ってます」
「アレおかしいって、見てない矢を素手で払ったり腕に刺して止めたとかじゃなくて掴むとかありえないって。あれ見てた仲間内でやってみたけどさ……」
「どうだったんです?」
「無理無理、払うとか掴む以前の問題で反応すらできなかったですよ。しかも矢を射ったっぽい場所に目を移したらもうそこに神子様いたんだって、んで犯人と切り結ぶかと思ったら一発でのしちゃって、私が屋根から落ちてきた犯人に気を取られてたらもう元の場所に戻ってたしさ」
「で? 何が言いたいんです?」
タガヤのぺいっと伸ばされた手を払うかのような言い分に、盗み聞きしていたワシもうんうんと頷く。ワシを褒め称えたいのであれば堂々とすればいいではないか。
「いやぁ…前金貰っちゃってるんで仕事はしますし、決死の覚悟をしなくていいのはありがたいのですが…私ら要りますかね? 神子様お一人で巣くらい潰せそうですが…」
「えぇ……神子様もその様に仰せです、なので今回の私たちの仕事は木を伐りだすこととそれを運ぶことです」
「ですよね、わかりました」
彼女の言いたいことはそれだけだったのか、連れてこられた七名の輪の中に戻って準備をしはじめた。
「お待たせして申し訳ございません」
「おぬしはそれだけでよいのかえ?」
「はい、何十日も森に分け入るわけではありませんので」
タガヤは背負い紐が付けられて革製の覆いで刃を隠した木こり斧と背嚢を同じ方の肩に背負い、腰には刃を覆うだけの簡易な鞘に入れられた鉈だけ。
そして彼女が連れてきた九名の内ついて来る三名は、斧が無い分大きめの背嚢とタガヤが持つ鉈よりも武器として重きを置いたマチェットの様な刃物。
対して侍中、当然ついて来るスズシロとその他二名はさらに大きな両肩で背負う背嚢だけ、武器はいつもの小刀だろう。そしてワシは魔導器の刀だけ。
みな比較的軽装なのは意味がある、森の中でしかも小角鬼の勢力圏、悠長に一日三食など食べている暇は無いのでその分持っていく食料は少なくなる最悪狩ればいい、それが獣人の考えだ。
テントや天幕の類も森の中で広げる場所も確保し辛いので、雨除け用に木々の間に張る布と敷き布、あとは飲み水と傷薬などだけ。
「よし! では行くとしようかの、タガヤや道案内頼むのじゃ」
「かしこまりました」
タガヤとその護衛である三名を先頭にワシと侍中の計八名で森の中へと入っていく。
残る人たちが半数強なのは馬車などを守るためだ、野犬、小角鬼、盗賊だっていないとは限らない。
もちろん森の中だって決して安全ではない。いくら感覚に優れた獣人とはいえ、普段から森をテリトリーにしている者たちに比べたら言うまでもない。
普段タガヤたちはこれをワシら抜きでやっているのだから、護衛の者が決死の覚悟といっていたのもあながち間違いではないのだろう。
「タガヤや、やはり森深くの木の方が良いのかえ?」
「え? えぇ、その通りですが…そう言われたのは初めてですね。大抵はなんでそんな危険なことをとか言われるのですが」
「ちと護衛の者が少ない気もするが、危険とは分かっておるのじゃろうしそう聞くのは無粋というものであろう? ま、容易と考えておるようじゃったら場所だけ聞いてほっぽり出しておった所じゃがの」
「危険というのは承知しております、ですが国一と渾名されるからにはその名に恥じぬようこの程度のこと…」
「意気込むのは良いが国一の名も命あってこそじゃからのぉ…まぁ、ワシが言えた義理ではないのじゃが」
「神子様の御忠言痛み入ります…ですが」
「ワシの言葉一つで止めるようでは最初からやっておらぬであろう? ま、死なぬ程度にの」
命あっての物種とはいうものの、その物種の為に命なげうつような人が居るのはどこでも一緒なのだろう。
とは言えそれは後日気を付けてもらうとして、ワシが居る限り命の危険はないだろうとカンラカンラと笑うのだった…。




