352手間
縁側に座り少し抉れてしまった霊峰フガクを眺めながら、お団子を食べるのの何と贅沢なことか。
不満があるとすればお団子のおこぼれを貰おうと、必要以上にじゃれてくる子狐たちだろうか。
子狐たちがのどに団子を詰まらせてはいけないので一片たりとも与える訳にはいかない。なのでワシがケチなわけでは決してない。
「おぬしらも随分と立派になったのぉ……」
こやんこやんとじゃれてくる姿はまだまだ遊びたい盛りの子狐そのものだが、見た目は随分とスッキリとして大人に近づいている。
ここに来た時点ですでに生まれてから二、三か月ほど経っていたのだろうか、となるとそろそろ子別れの時期のはず。
「となるとおぬしらも、ここから居なくなるのかのぉ…それは仕方ないことじゃが、ちと寂しいの」
「随分と神子様に懐いているご様子ですし、たまにでも顔を見せに来るのではないのでしょうか?」
「じゃといいがの。それにしてもワシとしては嬉しいのじゃが、なんぞ最近はお菓子が出てくる頻度が多くないかえ?」
串だけになったお団子が載っているお盆を回収にきたナギに、ふと疑問に思ったことをぶつけてみる。
ワシがちょっと街に出かけてからのここ数日、毎日の様にお団子やらのお菓子が出てくるのだ。
前までも高級品であるお菓子はよく出てきていたが、それでも毎日ではさすがになかった。
「それなのですが、ここ数日なぜかお菓子を神子様に食べて頂きたいと持ってくる方が多くて」
「なんかあったのかのぉ?」
「さぁ…私には心当たりは、持ってきた者も一様に、何となく食べて頂きたくなったと……」
「不思議なこともあるもんじゃなぁ」
ナギと二人して首を捻る。巨人を倒してくれたお礼とかならまだ分かるのだが、何となく食べて欲しくなったとはどういうことなのだろうか。
だがそれに喜びこそすれ否やはあろうはずもない、新たに注がれたお茶を啜りながら子狐たちがはしゃぐ間にちゃっかりワシの膝上を独占したコハクを撫でながら流れる雲を眺める。
あれから特に異常は何もない。以前感じていたピリピリとした感覚も無く、十中八九あの赤晶石を核とした精霊が悪さした結果だったのだろう。
残る問題は当の赤晶石の扱い方。カカルニアであれば魔具の研究機関にでもあげれば、それはもう狂喜乱舞したであろうが、残念ながらここにそれに類するモノは無い。
そもそも晶石が採れないのだから、それを調べようとする者がいないのは当たり前。
「晶石…どうするかのぉ……」
「晶石とは魔石のこと…ですよね?」
「似たようなモノじゃな」
「では魔石と同じように扱っても良いのではないでしょうか?」
この辺りでは魔石は薬の触媒や地金に混ぜ込んで使っているそうだが、それはそれで問題がある。
「それが良いのじゃろうが…アレを扱える者がおらんのがのぉ」
「魔石を扱う者であれば、問題がないのでは?」
「それが実は大ありなのじゃよ、アレはの魔石に比べて出力が強すぎるのじゃ」
「出力…ですか?」
「何と例えれば良いかの…ふーむ、出力とはつまりは火力じゃ。魔石の火力を炭火の様に強くはないながらも安定したものとするのであれば、晶石の火力は絶えず薪をくべておる焚火じゃ。凄まじく強いが扱い辛い」
「なるほど…」
それにここの魔石は生き物として存在している魔物からとれるせいか、魔石の中に不純物がだいぶ混じっている。だからこそマナに耐性の無い者でも扱えるのだが…。
それに比べ赤晶石は一点の曇りもないマナの塊だ、ある程度マナを扱えるモノでなければ削るのも困難だろうし、下手に手を出してマナが溢れたらそれこそ大惨事になる。
「ふむ…やはりここは女皇にやるかの」
「女皇陛下にですか?」
「うむ、世話になっておる礼というやつじゃな」
人ほどの大きさもある、カットの必要もないほど見事な両錐水晶型で、それだけで十分すぎる程の価値がある。
さらに透き通った丹色はサンストーンにも似て、素人目から見ても宝石としての価値もあると断言できる。いや、これを宝石と呼ばずに何を宝石と呼ぼうか。
「となれば転がして渡すわけにもいかぬし、台座がほしいのぉ」
「でしたらこの街に、よい木彫り職人がおります」
「おぉ、それは都合が良いのじゃ! 早速呼ぶことは出来るかの?」
「かしこまりました、すぐ使いを出しましょう」
「うむ、頼んだのじゃ」
何とも都合のいいことに、ナギ曰くこの街に国一の職人が居る工房があるという。
早速そこへ使いの者を出してもらったのだが、タイミングが悪くその職人は街から離れていた。
その後、ワシがその職人と会う事になったのは思い付きから半月ほど経ってからなのであった…。




