1348手間
再び地平線に広がり始めた黒いシミは、再びじわじわとこちらへ来るモノと思ったのだが。
何故か潮が引くようにゆっくりと地平線の彼方に消えると、今度は一つだけこんもりとした黒い山が地平線の影から現れた。
「むぅ? アレはなんじゃ?」
ワシは近くの見張りの兵に声をかけるが、返事が返ってこない。
何故と思い横を見れば、見張りの兵は黒いシミが消えたことを幹部に報告し、それを傍で聞いていた集められた兵士たちが無邪気に喜んでいる。
黒いシミが消えたことは見えても、黒い山は確かに地平線を覆うほどの魔物に比べれば遥かに小さい、だから気付かないのだろう。
だがそれでも事が終わったと喜ぶのは、まだまだ早すぎるのではないだろうか。
原因が分からぬモノが理由も分からず終わった、これほど恐ろしいことはないというに。
しかも、終わったと思っているのは彼らだけ、ワシには変わらず何事かが起こっているのが見えている。
「おい……。おい! 何を勝手に喜んでおるのじゃ、まだ終わっておらんぞ。何ぞまだこちらに来ておるからの」
「で、ですが何も見えませんが」
「それは、おぬしらの目が悪いからじゃ。ほれ、あそこ地平線の上を何ぞ、変な山のようなモノが動いておるであろう」
「……やはり、私には何も」
地平線のはるか向こうならばともかく、地平線の上を動くモノすら見えんのかと呆れのため息をつき、ワシはその黒い山へと視線を戻す。
のそりのそりと動くその速度は、先ほどまで押し寄せていた魔物よりも更に遅い。
あれでは砦にたどり着くまでに日が暮れるどころか、夜が明けるまでかかるだろう。
つまるところ喫緊の課題ではない、ということだ。
「まぁ、来るまでに時間が掛かるじゃろうしな。ワシは何ぞあるまで下がる、おぬしらは引き続き監視しておくのじゃ」
どうも納得してい無いようだが、ワシが何かあると、予想や想像ではなく実際に見て言っているのだ。
よもや逆らうのかと、じろりと睨めばビシリと姿勢を正し、ワシの言葉を肯定し平原を監視しますと駆け出していく。
「さて、ワシは貴人用の部屋がこの砦にもあるじゃろう? そこで休むのじゃ」
「魔物が残っているのでは?」
「ちらと見たところ、あの速度では明日の朝までかかるじゃろうしな」
「そう、ですか」
幹部の男も不安そうに平原を見るが、彼にも黒い山はまだ見えないのだろう、何やら納得したように頷いてからワシの貴人用の部屋へと案内する。
大抵どの砦にもある、指揮官などよりも高位の者を泊めるためだけの部屋。
やはりこの砦にもあったが、こういう場所に来るのは大抵男だけだ、だから豪奢ではあるものの何とも硬い印象を受ける部屋。
趣味ではないとはいえ、別にここで暮らす訳では無いのだ、最悪ベッドさえあればいいが仮にも王太子妃、威厳というものがある。
ふむと一息、部屋にひとまず満足すると、案内してくれた者を返し、軽く身を清めてからベッドの上で丸くなるのだった……




