1052手間
そうとう慌てた様子の乱れた足音に、不謹慎ながらもワシはニィと口角の端が持ち上がる。
ちょっかいを掛けてくるというのならば、誰憚ることなく返り討ちに出来る。
それに偵察か斥候かしらないが、人口が少ないという向こうのドワーフたちにとっては貴重な人員だろう。
そんな彼らを絶対に勝てないと思わせるような、圧倒的な力量差で返り討ちにすれば、侵攻を諦めなくとも二の足を踏むのは間違いない。
かなり慎重にことを進めている輩だ、自信を取り戻すような何かを作り出すまでは手を緩めるに違いない。
そうなればしめたもの、時間を作ってからトドメを刺しに行けばいい。
「長老大変です! あ、隊長もここにいたんすか、丁度いい」
「何事だ」
つらつらとワシが考えているとバタンと扉を開けて、新たなドワーフが来るや否や声を荒らげる。
「赤蜘蛛の大群がこっちに向かってます!」
「なにっ赤蜘蛛だと! 何があった」
ワシが待っていた言葉とは違うモノが飛び出し、内心こけながらも伝令とドノヴァンの焦った様子に、気を取り直して彼らの会話に耳を傾ける。
「いつも通り盾越しに奴らと撃ちあってたんすが、あいつら臭い袋を投げ込んできた挙句に近くの巣を突きやがって」
「それで臭い袋の中身をかぶった奴は」
「バラバラに逃げてます、戻ってきたのは浴びてない奴だけです」
「そうか、とりあえずお前は今動ける奴らを集めて待機しとけ、俺もすぐに行く」
「了解です」
ドノヴァンが報告を聞き指示を出すと、伝令は指示を実行するためにワシには目もくれず踵を返し走り去ってゆく。
「ふむ、何ぞ大事なのは分かったが、何かあったのかえ?」
「地上には赤蜘蛛は居ないのか?」
「蜘蛛自体はおるが、何ぞあっても慌てるようなモノではないのぉ」
「そうか、赤蜘蛛ってのはここに来る時に乗ってた車を引いてた、あっちは青蜘蛛ってんだがアレの色違いだ」
何とも安直な名前だが分かりやすい、ワシはふんふんと頷きドノヴァンに話の続きを促す。
「この赤蜘蛛がやっかいで、青蜘蛛と違って肉を食うんだ。しかもこいつら体の中に臭い袋つって獲物をマーキングするための汁を溜めるとこがあるんだが、こいつを浴びた奴を自分が死ぬか獲物が死ぬまで追っかけてくるんだよ、しかも今は巣を突っつかれたせいでキレて目に入った動くもの全部を追っかけ始めてる」
「それは、確かにやっかいじゃな」
なるほど、彼らが慌てるのも無理も無い。
肉食の、しかも馬ほどの大きさもある蜘蛛となれば、街中に一匹でも入れば大惨事だろう。
しかもどう聞いても凶暴な性格な上に、巣を突かれて頭に血が昇ってるとなると、どれだけいるか分からないが一匹二匹潰したところで引くようなことは無いかもしれない。
どうやらドノヴァンはこれからその退治に行くようだし、折角だからワシの強さを知らしめるためにも、赤蜘蛛退治に同行するとドノヴァンに告げるのだった……




