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波乱の入浴を終えたイサムは脱衣所で目が覚める。ガバッと起き上がりまわりを確認すると、仲間たちはちゃんと服を着ておりイサムも勿論着用していた。
「あれ? 夢だったのか?」
「お湯にのぼせたんですね。タチュラとユキが待っていますよ、動けますか?」
何事も無かったかのようにノルが話す為、イサムは夢だったのだろうと自分を納得させた。エリュオンとミケットは何か言いたいのを堪えている様子だが、何も言わない。
「でも部屋から風呂までの記憶が全くない…」
「あっああ! それは多量に汗をかかれていたので、ロロ様がちょっとだけ乱暴に入浴させた為ですね」
周りにはノルとエリュオンとミケットだけで、他の仲間達はタチュラとユキが居る部屋に向かったらしい。
「そうなのか…じゃあ早くタチュラ達の所に向おう」
イサムは立ち上がり、ノルの案内で部屋へと向かった。その通路の先で扉の前に立つネルタクの姿が見える。
「待っていました。イサムさん、あの時はお礼も言えずに申し訳ありませんでした!」
ネルタクは感謝の言葉と共に深々と頭を下げる。それにイサムが手を頭に乗せて撫でる。
「気にするな! エリュオンとまた会えて良かったな!」
「はい! へへへっ…」
頭を撫でられて、凄く嬉しそうなネルタクを見てエリュオンも頭をイサムに向ける。
「私も撫でて!」
「はいはい、分かったよ」
「へへへっ…」
その嬉しそうなエリュオンを見て次は自分の番だとミケットが尻尾を振りながら待っていると、ノルが扉を開け案内する。その瞬間に部屋の中から冷気が外へと溢れだし、ミケットは身震いをする。
「さっ寒いにゃん…」
「確かに冷気が外に出てる感じがするな、ユキが何かしてるのか?」
「そうです。中で確認して下さい」
ノルはそのまま部屋の中へと入っていきイサムもその後に続く。そしてその部屋を見た瞬間に驚く、スタジアムと呼ばれる場所と同じ位の大きな空間に糸が至る所に張り巡らされ、その全ての糸を覆う氷が町や城や山などを形作っている。
「なっ何だ? 凄いな……3D地図見たいだ…」
「ようやく目が覚めたようだなイサム。これが地図だと良く分かったな」
そしてその糸の中心にユキが目を瞑り、正座しながら微動だにしていない。その周りに舞い散る小さな雪が儚くも美しく輝いている。
イサムがそれをじっと見ていると、急にフラフラとよろめき倒れてしまう。
「ユキ!? 大丈夫か!」
『ああ…主様……お目覚めになられたのですね……良かったです……』
イサムが下から覗くような形でユキの元に来るとフワッとユキが浮かび上がり姿が消え、そしてイサムの目の前に現れて抱き付いた。そのまま頭を胸に押し当ててまるで想い人を待っていたかの様にしっかりと背中に腕を回し抱き締めている。
「おいおい、大丈夫なのか? 力を使い過ぎてるんじゃないか?」
『大丈夫です……主様の為でしたら、例えこの身が朽ちてしまおうとも構いません……』
「いや…精霊が死んだら困る人が沢山居るだろう……」
『主様は困らないのですか? この世界など主様に比べれば取るに足らないと私は思っております!』
「困る、困るから少し離れてくれないと周りの視線が怖いんだ……」
ユキが周りを見ると、エリュオンを筆頭に視線でイサムに穴が開きそうな程に鋭い。
「イサム、精霊に男女と言う性別は無いわ。騙されちゃだめよ!」
「ここまで好かれるのも珍しいですね。名を与えると言うのはそれ程に強い絆が生まれるのでしょうか?」
「そうだな…私は精霊と対話出来ても使役しないからな……面白い事は確かだが」
『性別が無いなんて誰が決めたのかしら? 私はこの世界に存在を始めた時からずっと女よ! そして主様に生涯お仕えするのです!』
「生涯って…あんたに生涯なんてないでしょ!」
その仲裁に入ろうとビクビクしながらネルタクがユキに尋ねる。
「そっそれでユキ様! 私のアイスブランドは何処にあるのですか!?」
『ふん! あそこよ、かなり遠いわ』
ユキが指さす方向を見ると、遥か遠くに刀身を下にしたネルタクが所有する大剣アイスブランドが宙に浮いている。
「あの場所がどうかしたのか? まさか俺が最後に居た場所って事?」
『そうで御座います。東の最果て、ミウ族の国を超えた先を示しています』
ユキが座っていた場所がロロの大迷宮で、そこから東の町を超え真っ直ぐに進むと大きな国がある。そして海を渡り更に進むと見えて来る小さな島の上が、イサムが最後に居た場所らしい。
「ふむ……厄介な場所に居るな…」
「はい…困りましたね…」
「どうしたんだ? 厄介な場所って?」
イサムがロロルーシェとノルの明らかに嬉しくなさそうな会話に質問する。
「イサム、この大陸に居る種族の数を覚えているか?」
「ああ、七種だろ?」
「そうだ、だがそれは大きく分けて七種族なんだ。例えばミケットは獣人のヌイ族と呼ばれ、更に希少な多尾族だ。そしてタチュラはシムのモク族と呼ばれる」
「なるほど、獣人族とシム族は多様性に富んでいるのか」
ロロルーシェとノル、そしてメルも頷く。それを補足する様にロロルーシェが話を続ける。
「それと、ミウ族だな。獣人族よりも多種多様な姿の奴がいる。たがあの種族は水辺や海が側に無いと暮らすことが出来ない」
「そうなのか…まだ見た事無いな。それが厄介な事なのか?」
「それもあるが、その前に見てくれ。ここが東の町【ラスタル】、そしてその先にある街がミウ族の街【ガルス】、その更に先にあるのがミウ族の国【バレンルーガ】だ」
ロロルーシェが指で示す場所が赤く光り、そこに街や国がある事が良く分かる。だがそれを見てイサムは疑問に思った事を尋ねた。
「東の町からミウ族の街まで随分距離がある気がするな。他に町や村とかは無いのか?」
「それだよ…今回の困った事とは。その間には広大な荒野が存在している」
「荒野に何か問題があるのか?」
「はい…荒野には、シムのリア族が作った地下帝国があります。通り抜けるにはリア族の女王の許可が必要になります」
隣に居たノルが浮かない顔で答えてくれる。だがイサムには、魔法で空を歩ける彼女達が何故そこまで気を落とすのかが分からない。
「目的地の距離が遠い場所ってのは分かるが、リア族が危険な奴らなら、迂回するか空を飛べば良いんじゃないか?」
「迂回も出来るが、そうなると数ヶ月は掛かるだろう。そして上空を移動する場合、私だけなら問題ないが君や仲間たちが数日上空を常に歩き、食事や睡眠などは困難だろう」
「上空は確かにそうだな…そうなると迂回だが、数ヶ月か……」
その話をしていると、建物が少し揺れる。イサムは驚いて回りを見渡すが揺れは直ぐに治まる。
「地震か?」
「いや違う。闇の王が復活する兆しだ」
「本当か!?」
「ああ、まだ時間はあるが数ヶ月イサムをこの場所から離すわけにはいかない」
「なるほど、それで俺が直接リア族の女王に移動許可を貰うと言う訳か……」
「そうだ、私達は闇の王の復活に合わせて準備に取り掛かっている。君と共に行く事が出来ない」
ロロルーシェとノルとメル、そしてテテルにも寂しさと悔しさが表情から見える。
「ふむ……だがなイサム、あいつらは人を食う。お前はそれを見た時に気にしないで居られるか?」
「何だと……! それ以外は食わないのか?」
「私の人形に、一度帝国の中へ侵入させた事がある。その報告では奴らは人を捕まえて食べる事を止め、自ら人を繁殖させてそれを食べているようだ」
「……俺達が家畜を育てて食べるのと同じだと言うのか?」
ノルとメルが小さく頷く。
「あいつらは特定の物を食べる習慣があり、それ以外を食う事は少ない。確認した千年前に人を繁殖し食べ始めていた事を考えれば、今もそれは変わらないだろう。だが無視出来なければ、今回のイシュナ救出は困難だと考えたほうが良い。現在の帝国は広さだけでも地下数百キロになる、もし戦闘になれば数百万以上の兵士達を相手にしなければならないぞ」
腕を組みイサムは考える、するとスルスルと糸を伝って小さくなったタチュラがイサムの肩に下りてくる。
「ご主人様ご無事で何よりです!」
「タチュラ疲れただろう? 地図ありがとうな!」
「滅相も無い! ご主人様の為ならこの様な事など造作もありません!」
「それでタチュラも聞いていたと思うが、同じシム族としてリア族の事をどう思う?」
タチュラは定位置の肩で器用に前脚を組み考えながら話す。
「確かに私も人を食べる時、そこにあるのは食欲と言うものだけです。罪悪感や可哀想などと言う感情はありませんでした」
「そうか…だがそれは、俺らが動物の肉を食べるのと同じ感覚なんだろ?」
「そうです。ただ、人以外で主食に値する食べ物があれば話は別でしょうが…」
「なるほど! 人以外で繁殖出来て美味ければ、そっちが良いよな! そうか…!」
イサムは目を瞑ったまま、何度も頷いている。それが気になる周りの仲間たちは、イサムの答えを待っている。
「メメルメーを繁殖して食べさせたらどうだ? あれ程美味い肉を食べたらリア族も人を食べたいなんて思ったりし無いかもしれない」
「それは美味しいと私も思いますが、繁殖なんて出来るのですか?」
「ユキはどう思う? 凍らしては数を減らしてたんだろ?」
『はい、あいつらは直ぐに増えます。出産を見た事があるのですが、一匹が一回で産む数が数十匹です』
ユキが小さくメメルメーを氷の結晶で形作り、そこから沢山産まれると表現する。
「よし! ユキ、まずは転移魔法を使ってユキの暮らしていた場所で氷漬けしたメメルメーを全て俺にくれ! それを食べさせて、口に合えば人を食べない交渉が出来るかも知れない!」
「だがそれでメメルメーよりも人が良いと言えば、君は諦めるのか?」
「……これは俺のエゴだ…人が食べられたくは無いと言う自分勝手な考えだろう。だけど俺は、それを知って無視する事はどうしても出来ない」
仲間達がイサムの言葉を聞き、優しい顔で微笑んでいる。イサムはそれを見て気合を入れなおす。
『では主様、一先ず私が凍らしたメメルメー達が居る場所へと転移致します。その後またこちらへと飛びます。宜しいですか?』
「ああ! 頼む!」
「私も付いて行くわ!」
「ミケも!」
「あっ! 僕も!」
ユキが詠唱を始めた時にエリュオンとミケットがイサムにくっ付き、その瞬間イサム達はロロルーシェの家から瞬時にジヴァ山のユキの居城へと移動した。




